完全にフラグが立ちました
「ロビン…さん?」
ドアを開けると、そこに立っていたのはロビンさん。その姿は緊張している様で、やはり会った頃の様な余裕は感じられない。
「あの…リョーマ君……その荷物、何?」
何かを話しかけようとしたロビンさんが、俺を見て言葉を失う。
俺の今の姿はこの国に入国した時と同じ黒の軍服にマント、背には大きなバッグを背負い刀を腰に差している。…明らかにこれから出て行こうって格好だ。
「まさか…ヒノクニに帰るの?」
不安そうにしているロビンさん。非常に気まずい…。ロビンさんのせいでは無いと言いたい所だが、実際ロビンさんの影響が大きいのは事実なのだから。
「えっと……そうです、ハイ。」
気まずそうな返事しかする事が出来ない俺。自分で自分が情けない。
「一応…理由を聞いても良いかしら?」
理由って…。ロビンさんの反応が原因ですよとも言え無いし…。
「…もしかして、私のせい…みたいね。」
「いや…、やっぱり俺には無理だったんですよ、普通に生活するなんて。親父もそれを知って欲しかったんじゃないかな?ウン、だから、ロビンさんには寧ろ感謝したい位ですよ。ハハハハッ…いでっ!?」
頬に衝撃が走る…ロビンさんの平手打ちだ。正直、全く予想していなかった上に、流石はBランク以上の平手打ち。全く反応できなかった。
「ちょ…ロビンさん…」
さらに突き押され、ロビンさんも部屋の中に入って来てドアを閉める。その視線には、先日とは違う種の怒りがこもっていた。
「ちょっと!ロビンさん!?」
「君…逃げるの?」
「逃げるんじゃないですよ。さっきも言った通り、バケモノはやっぱり普通の生活なんて出来ないんですよ。ロビンさんにも…ケースケ先生にも散々言われた様に、俺の力を知られればこの国のパワーバランスが崩れる。散々言われてたけど先日のロビンさんとの一件で身に染みて分かったんですよ。ロビンさん程の人から見ても俺は規格外の存在で、それがもし一般の人にとったら…やっぱりバケモノでしかないですよね。
だから…今回それを理解できただけでもう充分です。短い時間だけど色んな経験もさせてもらったし、バケモノはバケモノの巣に帰りますよ。」
これは俺の本心…のはずだ。これが現実だ。
「で?結局逃げるんでしょ?三年間の予定が一週間しかもたずに帰るんだから。」
言われて…少しだけいらついて来た。誰がそんな現実を俺に教えたんだ?俺だってこんなに早く帰る事になるなんて思ってなかったんだ!
「…君はバケモノよ。正真正銘の。でも、だからって何?師匠が言っていた様に、君が上手く調整すればいいだけじゃない?」
「……アンタ、自分が言った事を…した事を忘れたのか!?勝手に俺の強さに興味を持って、勝手に本気になったじゃねーか!今後もそうならないと誰が言える!?その度、俺はバケモノを見るような視線に晒されなきゃなんねーのか!?その都度、俺を利用しようとする奴らを黙らせなきゃならないのか!?だったら!その前にいなくなった方がいいだろう!?」
感情のままに、思わず声を荒げてしまった。こんな事久しぶりだ…。でも、我慢出来なかったんだ。
ロビンさんにも自覚があったんだろう。少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、それは直ぐ様強い決意を秘めた表情に変わった。
「それについては謝るわ…。私は私で、女と云う事も捨てて死ぬ気で強くなる為にやって来た自負があった。でも、君に比べれば、私が死ぬ思いでやって来た努力なんてちっぽけなものだったと思い知らされて自分が恥ずかしくなったのよ…。
ただ、私があの時君に抱いた感情は…畏怖も確かにあったけど、それよりも、圧倒的な力に対する悔しさと羨望…。君の強さは決して卑下するものではないわ。寧ろ誇るべきもの…他の誰でも辿り着けない領域にいる事を。」
そんな事言ったって…実際バケモノ扱いじゃねーか。
「少なくとも私は、君の事を尊敬してるわ。そして、もっと共にいたいと思う。それで私自身も成長できる気がするし…もっと多くの人達を君は導く力があると思ってるわ。
君は確かにバケモノの様に強いわ。でも、君の行動次第でその力はどの様にでも変化する事が出来る…師匠、ケースケ・サンナンの様にね。」
ケースケ先生?彼は牙狼の創設者の一人…。親父と親友っていう位だ、弱い訳が無い。でも、彼はこの国に上手く溶け込んでる様に見える。
「師匠も、君に並ぶ程のバケモノよ…。でも、それは強さだけ。中身は心優しく、正しい心の持ち主よ。だからこそ、自分の力を上手く使って、自らこの国でも重要な立ち位置に身を置いている。私は、君にもそうなって欲しい…それを、ずっと傍で見守っていたいと…願ってる。」
「…自分の力を上手く使って…か。なんだよ…分かってるよ、そんな事言われたら俺がいろんな良い訳を考えてこの国から逃げ出す事を肯定しようとしてたのに、負け犬みたいで逃げる事が出来なくなっちゃうじゃねーか…。」
力無く、その場に座り込んでしまった。そうさ、分かってたんだよ。俺は逃げたかっただけなんだって。力を畏怖される事が怖い。そんな力を上手く扱って立ちまわる自身も無い…。ただの負け犬だって事を。
「君に…そんな事を考えさせてしまったのは全て私のせい…。私は、君がこの国で自由に生きていけるよう、コンドー局長に頼まれた。それだけでは無く、私自身の意思で、君の手助けがしたい…。そう、思うのは駄目かしら…?」
急に優しく語りかけてくるロビンさん。……………ありがたい、素直にそう思った。
俺は確かにバケモノかもしれないけど、理解者がいる。それは、俺の勇気を力強く後押ししてくれた…。
「やっぱ…ロビンさんには敵わないな…。分かったよ。俺、もう少しこの国で頑張ってみるよ。」
心の闇が晴れた様な気がした。俺の心を救ってくれたのは、俺が一番傷付けてしまったロビンさんだった。
「フフフッ、よろしい。」
そして、いつもの様な余裕を持った笑顔を俺に向けてくれたのだ。…綺麗だなあチクショウ。
「…でも、私も今回の事は責任を感じてるの。何かお詫びをしなければ気が済まないのよ。だから……考えたんだけど、今、ここで…”筆おろし”しちゃおっか?」
「!!!!???んなっ!?なんですと!?」
筆おろしって!?マジっすか!?
「ええ。まあ、私も女である事を捨てて今まで生きてきたから慣れてる訳じゃないけど…知識だけはあるから優しくしてあげるわよ?」
そう言って妖艶な雰囲気で近寄ってくる…。え?ちょっと、さっきまでと空気が違いすぎるよ!?こんな落差、耳がキーンってなるわ!?
「心配しないで…天井見てる間に終わるから…」
それ!男のセリフじゃないんですか、ロビンさん!!
ロビンさんが俺に覆い被さってくる。喰われる…そう覚悟して、瞳を閉じた瞬間…部屋のドアが勢いよく開いた。
「リョーマ入るぜ~。昨日から元気無いみたいだったし、飯でも……って、ああ?」
ジークが入り口で唖然としている。彼の視界には、今にも肉食動物に喰われそうになっている草食動物の姿が映っている事だろう…。
「わ、悪い、邪魔したな!!」
「待て、待ってジーク!!」
「…んもう、折角良い雰囲気だったのに…。」
慌てて帰ろうとするジークをなんとか呼び止め、落ち着いた所で仕方なく三人でお茶を飲む事になった。
「…いやあ、それにしてもビックリしたな…。っていうか、なんでギルドマスターのロビンさんがリョーマの部屋にいるんだ?」
「勿論、貴方が見た通りの関係だからよ?ジーク君。」
「ちょっ!?違うぞ、違うからな!ジーク!」
「…お前は聖女に王女にまで好かれてるんだから、まぁ国内最強の女性に好かれるのも仕方ないのかもしれない。だが……」
なんか、ジークの目が怖い。つーか好かれてるって!俺はそんなリア充じゃ無いわ!…俺の方は確かに好きだけど。
「君…ウブな顔して、もうそんなに?流石はバケモノね。」
心なしか同じバケモノって単語も、今のロビンさんからの言い方には親しみを感じられる。
「やっぱりお前はロビンさんが言う程のバケモノなのか…。やっぱり今度の模擬戦は絶対に俺とやってくれ。そして息の根を止めてやる…。」
だから目が怖いって!?
「ジーク君…悪い事は言わないからやめておきなさい。貴方にまだその心構えが出来てないわ。私もそうだったから言えるんだけどね。」
「……それ程なんですか?ますます気になる…けど、"ギルドランクA"のロビンさんが言うんだ、今は我慢しておくか。」
え?ロビンさんって、ランクAなんだ?そんな人が、俺がちょっと本気だそうとしただけであんなに怯えるのか…気を付けよう。
取り敢えず、俺の周りには俺を理解してくれる・理解してくれそうな人がいてくれたんだ。逃げ出す事は止めよう。…取り敢えず、もう少しだけは…。