最強の少年、逃げる!
俺とロビンさんはギルドマスタールームに戻って来た。戻って来たのだが……ここまで来るのが大変だった。
「ごめんなさいごめんなさい…私がバカだった私が身の程知らずだった…ごめんなさい…ごめんなさい…」
ロビンさんは相当ビビってしまったらしく、俺がオーラを消してからも暫くガクブルしながら同じ事を呟いていた。
そんなロビンさんを抱きかかえてようやくギルドマスタールームまで連れて来たのだった。
さらに暫くして、ようやくロビンさんが少しだけ落ち着きを取り戻し、引きつってはいたが笑顔を浮かべてくれた。
「…ホント、君は凄いのね…。て言うか、師匠に聞いてはいたけど、君みたいなのがあと十人以上いるって…牙狼ってなんなのよ。」
「なんかスミマセン…。」
「き…君が謝る事じゃないわ。むしろ、あそこまで人は強くなれるって教えてくれたんだもの。どれだけ厳しい訓練をすれば辿り着けるのか…想像しただけでも恐ろしいわ…。」
「う~ん、百回位死にそうになれば誰でも強くなれますよ。」
「そ…そう…覚えておくわ…。」
引かれてしまった…。やっぱあの訓練は地獄だったんだな…。
まあ、ランクCからBの実力がどの程度かは分かった。これなら、ギリギリ勝てた風を演出する事は多分可能な気がする。勿論、ディーノやジークとは絶対に戦わないようにはしたいが…ディーノがまた絡んでこないとも限らないんだよね…アイツ、多分単純一直線馬鹿だから。
それより気掛かりなのは、先程までは俺に対して大人の余裕を醸しだしていたロビンさんが、今ではスッカリ怯えてるような目で俺を見ている事だ。
なんか、とてつもない喪失感を覚える。やっぱりやり過ぎてしまったんだな…俺は。良かれと思っての事だったが、別にあそこまで本気のオーラを纏わなくても良かったんだ。
「あの…ロビンさん、凄い強かったですよ?クソ勇者なんかより全然!女の人でそれだけの強さがあるんだから大したもんですよ!いや~感動したな…~。」
少しでもロビンさんの機嫌を直したかった。実際、女性としては俺が知る限りトップクラスの実力だったと思うし。
……でも、そんな俺の下手糞なフォローはロビンさんの"何か"に触れてしまったのだろう。ロビンさんの表情は、あの怯えている表情から…怒りに変わっていた。
「その”女”が!君にとってはちっぽけな力でしかなくても、女がここまでの力を手にするまで、それこそ死ぬ程の努力はしてきたつもりだったのよ!それを…簡単に百回位死ぬ気になれば…なんて、私には死にそうになる経験なんて二回三回でも充分、それで満足していた自分が情けなるわ!」
…悔しそうに、恨めしそうに、ロビンさんが叫んで俺を睨んでいる。瞳からは涙が流れていた。そして、その視線は明確に俺の事を”バケモノ”を見るような目だった。
何も言えず、気まずい空気が数分流れる…。
「あの…ロビンさん…今日はすみませんでした。自分がどれ程異常なのか、身に染みて分かりました…。それじゃあ…帰りますね。」
いたたまれなくなりギルドマスタールームを出る。どこかでロビンさんが呼び止めてくれるかなとも思ったけど、そんな事にはならず…静かにギルドを後にするのだった。
ロビンさんに嫌われてしまった…。あんなに親しく接してくれたのに…。それがショックで、俺はそのまま寮に帰り、飯も食わずに眠りに着いたのだった…。
翌日、何事もなく時間が流れたが、ロビンさんの事が気になってボ~っとする時間が多かった。怯えさせてしまった…怖がらせてしまった…傷付けてしまった…。
でも、謝りに行きたくても、また怖がらせてしまっては本末転倒だし…このままギルドへはもう行かない方がいいのかもしれないな…。
「今日のリョーマ君、元気無いですね?何かありました?」
放課後、ロルシー、ユリア、ジーク、アンナさんと一緒に教室でだべっている。と云うより、机から立とうとしない俺を皆で囲んでいる。
「どうしたの?リョーマ。ホントに元気無いわね。」
「まぁ、色々と社会勉強中なんだよ、俺も。」
明日明後日は休日で、休み明け初日が模擬戦なのだが…ここに来て少しだけ不安になっている自分がいる。もし、何かの間違いで俺が本気になってしまったら…ロルシーやユリアも、俺を化け物だと思ってしまうんだろうか?もしそんな事になったら…。
「そうだ、明日は休日なんだし、良かったら街を案内しますよ?まだこの国には一杯見て回るスポットがありますからね。どうです?」
ロルシーからありがたい申し出を受けたのだが…なんとなくそんな気分では無いな…。
「…スマン、ロルシー。明日明後日はちょっと休もうかと思って。…ほら、一ヶ月の船旅の後、此方に着いてからも忙しかったからさ…スマン」
ロルシーが残念そうにしている。
「ふむ…本当にらしくねぇな、リョーマ。昨日はギルドに行ったんだろう?何かあったのか?」
ランクAのギルドマスターをオーラだけで震え上がらせて嫌われたなんて言える訳が無い。
「いや、本当に疲れてるだけだから。心配かけて悪かったな。んじゃあ帰ろうぜ。」
帰りも上の空のまま気が付くと寮の自室で空の急須にお湯を注いでいた。
重傷だな…こんなに心が乱されるとは…。別にロビンさんとは恋人関係にあった訳でも無いし恋愛感情が明確にあったのかと考えるとどうなのかは分からないのだが、これが失恋という感情なのだろうか?失恋するたびにこんな想いを抱くのだったとしたら…恋愛、恐るべし。
そんな感じで食欲も無く、ぼ~っとしたまま眠りについてしまい、起きたのは次の日の昼だった。
学校生活が始まってから初めての休日。ギルドに行って生活費を稼ぎたい気持ちはあるのだが、ロビンさんに会うのが怖い。また、あんな視線で見られたとしたら…自分が化け物だと突き付けられている様で。
ふと、ヒノクニの皆を思い出す。トシ兄やソージ、他の仲間達は誰も俺を化け物扱いしなかった。当たり前だ。世間からしてみれば、牙狼の仲間は皆が化け物なんだから。
てゆーか、もう帰ろうかな…?このまま力を隠し、いつ化け物だとバレるのかヒヤヒヤしながら三年間も生活していくのは、俺には無理だ。先日のロビンさんの視線で、それがハッキリ分かってしまったのだ。
そう決めると心の中がどこかスッキリした。そうだ、別に逃げ出す訳じゃないんだ。その気になれば俺はゴタゴタ言う奴等全員を力で黙らせる事が出来るほどのバケモノなんだから、そう、これは逆に俺が見逃してやるんだ!うん!そうと決まれば、もう直ぐにでもこの国からはオサラバしよう!
荷物をまとめる。ヒノクニに、家族が待っている牙狼に帰れると思うと、何処か嬉しくなってきた。
ソージの奴、元気かなあ…。こんな早く帰って言ったら、親父やトシ兄は呆れるのだろうか?でも、そもそも俺には普通の生活なんて無理だったんだよ…うん、バケモノなんだから。
比較的荷物は多くなかったし、折角勝った畳や布団セット一式だが、このまま置いて云って処分してもらおう。必要経費はあとから払えばいい。
よし!準備OK!…ロルシー、ユリア、ジーク達の事が気にならないかと云えば嘘になるが、俺の正体がバレれば皆も俺の事をバケモノを見る様になってしまうかもしれない。それは、絶対に避けたい。
皆にはあとで手紙でも出そう。で、正直に正体を教え、素直に俺では普通の生活は無理だったんだと告げよう。
…多分、もう二度と会う事は無いだろうけど、少ない時間だったが友人になってくれた皆へのケジメとして。
部屋を見渡す。たった数日だけど、何もかもが新鮮で驚きの毎日だった。恋人を作る目標は達成出来なかったが、ロルシーやユリアみたいな超美少女とも仲良くなれたし、デートも出来た。それだけでも、俺はこの国に来て良かったんだと思う。
自分の存在が周りにどう写り、どんな影響を与えてしまうのかも分かった。うん、良い経験をした。
そう思い込むようにしてドアノブに手を掛けよううとした瞬間、ドアの向こうからノックする音がした。
同じ寮だからもしかしてジークかな?俺の様子を心配して様子を見に来てくれたんだろうか?
…気まずいな…。面と向かって正体を見せる勇気は俺には無い。でも…最後に顔ぐらいは見ておきたいし…。
無言のままドアを開ける。するとそこには…俯きがちに此方の様子を窺っているロビンさんが立っていた…。