牙狼の実力
放課後、俺は足早に傭兵ギルドへと足を運んだ。
因みに、ロルシーもユリアもギルドには登録していない。その上、ジークも父が騎士団だからかギルドには登録していないそうだ。この国の騎士団と傭兵ギルドはあまり仲が宜しくないらしい。
ギルドに到着すると、何人かの傭兵が俺に注目していた。俺がゴブリンキングを討伐した事を知っている人達だろう。
受付にロビンさんの姿は無い。流石にそういつもギルドマスターが受付にいたらギルドの運営にも支障を来たすだろうからな~。とりあえず、受付の20代前半であろう綺麗なお姉さんにギルドマスターへの面会をお願いする。お姉さんは、この若造何言ってんだ?みたいな目で俺を見ていたが、一応ロビンさんに伺いを立てに2階へあがっていくと…血相を変えて降りて来てひたすら俺に頭を下げ始めた。
…え?何このロビーの空気?俺、このお姉さんに何もしてないよね?
恐縮しっぱなしのお姉さんに案内されてギルドマスタールームへと向かう。頼むから涙目になるのはやめてくれ…。
「あら、いらっしゃいリョーマ君。」
ロビンさんの机の上には大量の書類が積み重なってる。前髪をカチューシャで上げている事から、たった今まで書類仕事に追われてたんだろう。…なら受付で油売らなきゃ良いのに。
「ていうかロビンさん、あの受付のお姉さんに俺の事をどんな風に教えたんですか?」
「フフフッ、あの子は私の愛人…とでも言ったかしら?」
「あ…いじん!?え?え?」
「嘘よ。あの子は外国の傭兵で過去に国一個滅ぼした事がある凶暴な男って言ったのよ。」
なんだよその微妙な嘘は!7割事実じゃん!!
「まったくもう…、今日はお願いがあって来たんですよ。」
模擬戦で手を抜くにしても、相手の実力も分からない状態でどの程度手を抜けば良いのか分からない俺は、この国の学生のレベルをロビンさんに聞こうと思ってやって来たのだ。
「お願い?”筆おろし”なら…夜にまた来なさい。」
ふ!筆おろし!?それって、あの…”アレ”ですか!?
「…って違う!」
「あら?違うの?…ホントに…違うの?」
あうっ……ええ?本気なの?って、お願いして良いの?筆おろしって…大人になっちゃうの?俺?
「ウフフフッツ、ホント、リョーマ君はカワイイはね。で、お願いってなんなの?」
………同年代のロルシーやユリアとは普通に会話出来る様になったが、やはりロビンさんには大人の美人さんの余裕を感じて緊張しちまうな。
「オホン、え~、今度授業で模擬戦があるんですけど…ロビンさんはケースケ先生とは知り合いですよね?」
「勿論、ケースケさんは私の師匠よ。」
「じゃあ、ケースケ先生と親父が親友だって事も?」
「ええ、コンドー局長がこの国に来た時は必ず一緒に一晩中呑み明かしてるもの。」
「そうなんですか…。それで、ケースケ先生は模擬戦では適度に加減しろって言ってたんだけど、どの程度加減すればいいのか分からなくて。」
「なるほど…。いいわ、頭使いすぎてリフレッシュしたい所だったし、ちょっと闘技場行きましょ。」
二人でギルド内の闘技場へ移動する。結構広いな…。
「それで、今年の入学生には勇者とかがいるのよね?」
「ええ。クソ勇者ですけどね。」
「随分な言い方ね、勇者と何かあったの?まあいいけど、多分現段階で勇者の強さをギルドランクで例えるとランクBに限りなく近いランクCだと思うのよね。」
ふむ…勇者と云えどランクCか。
「そうなんですか…。でも、勇者クラスの奴と模擬戦を行う気はサラサラないので、ランクC位の奴をギリギリで倒したと思わせる加減が必要かなと。」
「…まあ、ギリギリでも勇者なんか倒したらこの国の中枢が動き出すからね…貴方の力を隠す為には仕方無いんだろうけど、貴方にその気が無くても、向こうが貴方が模擬戦をしなければいけない状況を作って来たらどうするつもり?」
「そんなの、逃げますよ。問答無用で。」
「そう上手く行けばいいけどね…取り敢えず、勇者と同等の力を知っておくべきだとは思うけどね。」
んな事言われてもな~。確かにジークの話だと何人かは既に俺の力がディーノより上だと察している奴等がいるって言うし、だとすればやっぱりディーノにギリギリで勝つ位のレベルも知っておいて良いのかもしれない。
「でも…勇者はギルドランクCなんでしょ?だったら別に大騒ぎする様な事でも無いでしょ?」
「何を言ってるのよ、これだから牙狼は…。いい?今はランクCだけど、勇者は今後大きく成長する可能性は秘めてるの。で、15歳でランクBに届きそうなんてのは普通異常なの!つまり、ランクSでもおかしくない君が異常なだけなの!」
「俺でランクSなの?牙狼には俺より強いのが…」
「だ~か~ら~、牙狼の隊長クラスがこの国に来たら、全員Sランクだって事よ!師匠にも忠告を受けたでしょ?」
まあ、確かにケースケ先生は牙狼隊長クラスはVIP待遇で迎えられるって言ってたっけ…。でも、同じランクSだったとしても、俺とトシ兄でも全然レベル差があるんだから、ランクってあてにならないな。
「……君、今ギルドランクがあてにならないなんて思ったでしょ?普通ランクSなんて稀有な存在なのよ?この国にも5人しかいないし、一つの組織に10人以上ランクS相当の猛者がいる方がおかしいの。」
そうか…親父はそういう部分も俺に知って欲しかったのかもしれないな…。気を付けよう。
「じゃあ、今から私がランクC相当の力で相手してあげるわ。言っておくけど、加減してよね?」
そう言ってウインクをするロビンさん。今の言い方だと、ロビンさんが本気を出せば少なくともランクB相当の実力者だって事か。…流石ギルドマスターだな。
「分かりました。取り敢えず俺からは一切攻撃しませんから、いつでもどうぞ。」
ニヤリと笑った瞬間、ロビンさんは一気に間合いを詰めてくる。10メートル程の距離を2秒で移動か…。一つ一つの攻撃も速い。10秒間で手足織り交ぜて40回の手数、力もしっかり込められている。
「もうオッケーです、ロビンさん。」
まだ攻撃中だったロビンさんを手で制する。時間にして10数秒程だったが、ランクCの実力がよく分かった。
「…まだ軽く手を合わせただけよ?今ので実力が分かったって言うの?」
ロビンさんは驚いてると云うより憮然としている。納得行ってないんだろう。
「分かりますよ。今の状態がまだ手を抜いていたとしても、そこから全力を出した状態の予想はつきます。確かに、このレベルがランクBだとすれば、牙狼の隊長…いや、隊員達も何人かはランクSですね。」
ただ呆然とするロビンさん。理屈では分かっていても、実際に俺の口から聞いた事により、牙狼の実力に恐れを抱いている様だ。
「……ちょっと…ショックだな…。私、これでもランクAなのよ?ランクAだってこの国には10人しかいない程なのに。…プライドが傷付いたわ…。」
ロビンさんの表情が変わる。この顔は…完全に戦闘モードの顔だ!
「ロ…ロビンさん…、もう分かりましたんで、これ以上は結構ですよ?」
「ごめんね、リョーマ君。やっぱり、君は勇者クラスと戦う準備をしていた方がいいわ。力に誇りを持っている人間が、君程の得体のしれない絶対強者を目の前にしたら、思わず自分の力を試したくなっちゃうもの…と云う訳で、行くわよ!!」
さっきより動きが一段速い!本当にさっきは手を抜いてたのが分かる!
攻撃もより鋭く、力強くなっている。…が、それでも、俺からしてみれば50歩100歩なんだけどね。
ロビンさんの攻撃の終わりに合わせて背後に周り、羽交い絞めにする。
「気が済みましたか?ロビンさん。」
「なっ…!?目にも止まらぬとはこういう事なのね…でも!!」
ロビンさんの頭突き、油断していた俺は浅くだが鼻っ柱に衝撃を受ける。
「ちょ…ロビンさん!?」
「フフフフッ、私だってこの国を代表する実力者なのよ?それが、自分よりも遥かに強い相手と戦える貴重な機会を、こんな短時間で満足する訳が無いでしょ!」
ロビンさんの手から炎の球が飛び出す。魔法か!?
軽く避けたのだが、続け様連続で炎の球が俺を襲う。合間に、ロビンさんは短刀で俺に斬りかかって来た。いつの間に武器まで!?
ロビンさんの動きは、スピード重視でトリッキーだった。攻撃が読み辛いし、少しでも読み違えれば一気にスピードある斬撃の嵐に飲み込まれてしまうだろう。ヒノクニで言う所の忍者に近いかな?
「クッ…涼しい顔が癇に障るわね…可愛くないわよ、坊や!!」
ロビンさんは決して弱くない。いや、多分相当な実力者なんだろう。だろうけど、それでも残念ながら俺には響かない。牙狼の隊員との模擬戦に比べれば遊んでる様にしか感じられない。
俺がおかしいのか?……おかしいんだろうな…。ロビンさん程の人が、この国ではトップクラスの実力者が、俺達牙狼こそが異常だと言う程なのに、俺にはそんな自覚が一切無かったんだから。親父が言っていた…見聞を広めろという言葉。広めろと云うより、自分という存在を見つめ直せって事も含まれてたのかな?
なら…、俺は俺なりにロビンさんの想いに応えてやろう。自分の力を理解した上で、相手に対して敬意を表して、全力を見せてやろう。
「ロビンさん…今から俺、本気出すから…。無理だと思ったら直ぐに言ってね。」
俺の言葉に反応し、ロビンさんは立ち止り俺の様子を窺っている。かなり緊張している様だ。
「ようやくその気になってくれたのね。こっちはもう………え?」
全身にオーラを張り巡らせる…。先日ディーノと揉めた時の比では無い程のオーラを。さて…行くか!
「ごめんなさい!!まいりました!!!!」
気が付いたらロビンさんは地に頭を打ち付ける程の勢いで土下座をしていた…。