初恋は苦く、この恋は叶わない
『蒼い月に導かれたその先に』スピンオフ短編
アリスの親友と兄の話です。
―――あれは私の初恋だったと思う。
その日は高校の入学式だった。
学校の敷地内でもあまり人が近寄らない場所に1本、大きな桜の木があって、式典の後にそこへ立ち寄った。両親がいない私は一緒に記念写真を撮る人もいなくて、せめてもと思って桜の木をバックに自分で写真を撮ろうと思ったのがきっかけだった。
でも、そこには先客がいた。
「…っ…」
息を呑んだ。
その男性はあまりにも儚げに桜の木の下に立っていて、どこかへ消えてしまいそうな空気を出していた。それでもその美しさに私は見惚れてしまい、彼から目が離せない。
「ん?…あぁ、すまない。ここで写真を撮るのか?」
すると男性が私に気が付いたみたいで、こちらを見ながら声をかけてくれた。見た目はすごく綺麗な人なのに、その声は低くしっかりとした男性的な声だった。
「あ、いえっ!…その、お構いなく…」
あまり聞きなれない大人の男性の声にうっとりしていたので、返事をする声が裏返ってしまった。なんだか急に恥ずかしくなり思わず下を向く。
「いや、そこは遠慮するなよ。君も新入生だろ?日本じゃ、桜は新学期の象徴なんだし写真撮っとけ」
初対面のその人にとって私の何が面白かったのかわからないけれど、ものすごく笑われた。それが私の羞恥心に拍車をかけて、動けなくなった。
こういう時は自分の性格を恨むものだ。
「あ、えっと…その…しゃ、」
「しゃ?」
「しゃ、写真一緒に撮ってください!」
その私の言葉の後数秒間、風が通り抜け無言の時間が経過した。
そしてすぐに私は自分がとんでもないことを言ったと気付いた。よりによって初対面の人にいきなり写真を一緒に撮ってと頼むだなんて。とてつもなく変だ。おかしい女の子だと思われたに違いない。
でもどうしてそう言ったのか自分でもわからなかった。
「くっくっ、面白い子だな。俺は別にいいけど?ご両親はいいのか?」
「あ、私…両親はいない、です」
聞かれたことに対し素直に答えると、その人は小さくそうか、とだけ返してくれた。何も聞かずこっち来いよと言ってくれる。
とんでもないことを言ってしまったという恥ずかしさはあったけれど、私は彼の方へ歩み寄った。
「へぇ、使い捨てカメラか。すげぇ久しぶりに見た」
「デジカメが家になくて、使い捨てだと安いから買ったんです」
「スマホじゃなくていいの?」
「はい。こっちの方が残りますから」
本当はデジカメがよかったけれど両親もなく1人暮らしの私にはそんなものを買う余裕はない。だから両親が亡くなってからはこうして思い出は使い捨てカメラで撮るようにしていた。このカメラには高校入試、中学の卒業式に関する写真が入っている。今日使えばちょうどなくなるから、また新しいカメラになってどんどん思い出を記録する。
私の唯一の趣味だった。
「じゃあ俺がカメラ持つから、隣に立って」
「は、はい」
「緊張しすぎ。言い出したの君の方…って、そういえば名前は?」
「あ、結衣です」
「ユイね、俺はアデル」
今近寄って気が付いた。この人、アデルさんは瞳が薄いグリーンだった。髪は黒かったし最初はカラコンかとも思ったけどどうやら違うらしい。本当に外国の血が入っているみたいだった。
「ほらユイ、レンズみて?」
「は、はい!」
「顔硬すぎ!笑えよ、入学式なんだから」
またアデルさんに笑われてしまった。
よく笑うなって思うけど確かに彼の言うとおりだ。
今日は入学式。笑顔の写真を撮って、お母さんとお父さんに見せるんだ。
その意気で、シャッター音の鳴る前に私は笑顔をレンズへ向けた。
取り終わった後にはアデルさんに言い顔してた、と褒められながらどうしてか頭を撫でられた。なんだか“お兄ちゃん”に可愛がってもらうような気分になった。本当に兄がいるわけじゃはないから本当のところ分からないけど、きっとこんな感じだろう。
「俺の妹もユイみたいに可愛げがあったらよかったのになー」
「妹さん?」
「そ、今日は妹の入学式を見に来たんだ。日本の中学・高校を見たいからって去年から留学しててな?親が来れないから俺が代わりに」
なるほど、それで高校の入学式に若い男性がいたのかと思った。最初は先生かとも考えたけど先生がこんなところで時間をつぶす筈はないから、納得できた。
だから、優しいお兄さんですねとアデルさんに言うと彼は突然表情を消した。
無表情で桜の木を見るアデルさん。
私はいけないことを聞いただろうかと不安になった。
「アデルさん?」
「ん?いや、なんでもないよ。そうだユイ、俺の妹と同じクラスだったら仲良くしてやってよ」
「あ、はい…それは勿論です」
話をはぐらかされたような気がした。でも私は何も聞かなかった。きっと何か事情があるのだろうと思った。もしかしたら昨日その妹さんと喧嘩をしたとか、そういうことがあったのかもしれない。
さっきの表情は気のせいだと、そう思うことにした。
「そういえば、妹さんの名前は何て言うんですか?」
「あぁ、あいつは…「アデル兄様!!」
アリス、とアデルさんは呟いた。
私越しに後ろを見ていたアデルさん。
その瞳はとても切なく、最初桜を見ていた時と同じ顔をしていた。
「一体どこにいったかと思ったら、まさか女子高生をナンパしているなんて思わなかったわ」
「人聞きの悪いこというなよ」
私を通り過ぎながら妹さんに弁解をするアデルさんは既に普通の表情に戻っていた。
妹さんもとい、アリスちゃんは私よりも背の高い女の子だった。綺麗な顔立ちをしているけれどどちらかといえば可愛さの方が勝るように思えた。黒く長いウェーブがかった髪に、透き通るような青い瞳をしている。
でも、アデルさんもアリスちゃんも綺麗だけど、2人は全く似てなかった。
「あなた、兄様に何もされてない?」
「う、うん。平気だよ」
「ほら、なんもないだろ?ユイに頼まれて写真撮ってただけだよ」
「どうして呼び捨てなのよ。慣れ慣れしすぎるわ、兄様」
―――確かにあの時の2人は傍から見れば仲のいい兄妹だった。少し違和感を感じたけれど、あの時はそれが何かわからなかった。
「…アデルさん?」
高1の夏。
期末テストが終わり、夏休みの直前。
先生との面談が始まった頃だった。
その日は台風でもなんでもなかったけれどすごい雨の日だった。
入学式以来私はすぐにアリスちゃんと仲良くなった。夏休みもたくさん遊ぶ約束をした。でもここ最近アリスちゃんが学校へ来ていなくて物足りない日々だ。
それでも日課にしている、アデルさんとの思い出の場所だった桜の木を訪れることは欠かさない。
会うことはないと思っていたから、まさか会えるとは思わなかった。
しかも彼は、大雨の中傘も差さずに桜の木を見上げている。
「何してるんですか!?風邪ひきますよ!!」
大慌てで駆け寄って傘を差しだそうとするけど、彼はずっと桜を見ていた。
「…ユイか。元気だったか?」
「そんなことより、早く傘をっ「あいつには、もう二度と会えない」
「え?」
アデルさんが私の言葉を遮って言ったことに私は戸惑った。
どういうことかと考えている間に、彼が私を振り返った。
雨で濡れているだけだろうか、でもなぜか、アデルさんが泣いているように見えた。
「アリスにはもう二度と会えない。なぁユイ、俺はどうしたらいいと思う?」
「…っ」
とても苦しそうに顔を歪めていた。絶望を感じている表情だった。
どうしてアデルさんはそんな表情をするのだろう。
それに、アリスちゃんに二度と会えないとはどういうことだろう。
聞きたいのに、聞けなかった。
「“見たくもない”モノが見えて、“聞きたくもない”コエが聞こえて、ずっと俺なりに守ってきたのに…」
何のことを言っているか私にはわからない。
でも今彼を一人にするのは危険な気がした。
初めて会った時の違和感はコレだったのだろう。
アデルさんはアリスちゃんが好きなんだ。直接確認はできないけれど。
「…私が守ってあげますよ」
自分は嫌な女だと思った。
でもこれはチャンスかもしれないと思った。
「…守る?俺を?」
「だってずっと守ってきたんですよね?じゃあ次はアデルさんの番ですよ」
私はそういいながら後ろから彼を抱きしめた。
「俺が君を見ることはないよ、ユイ」
「…それでもいいです。私があなたを守りたい」
「バカな女…」
私の意図は伝わったけれど受け入れてはもらえなかった。
でもそれでいい。いいと思ったから伝えたんだ。
アデルさんが私の方を振り返った。
その顔に表情はない。
「それでもあなたが好き」
はっきりと彼に伝えると、引き寄せられて乱暴なキスをされた。
あなたが好き、それは事実。アリスちゃんの代わりでもいい。
こんな私が代わりになれるかもわからないけど。
きっとこの恋は叶わない。
なんだか、続きそうな終わり方ですがここまでです。
需要があれば続きを書きたいなとは思います。




