誰から君はうまれたの。ちょうどいいね。
白昼夢。香は目を細めて、頭がぼんやりするにまかせた。目の前では餅つきが行われている。
祭り。障害者の祭り。場所は、身体障害者の施設、餅つき会場は駐車場で。
少し疲れたのだろうか。
自分の通う作業所もブースを構えて出店をしているので、覗きに来た。売り子の手伝いをしている。臼が、目の前のスペースにずっとあった。餅が無料で配られていた。きな粉と、アンコで調理された餅。大手企業の地域参加部署がこの祭りを手伝っている。大量の餅。
肝心の障害者は、いるのかいないのか。いるが少数か、見えないところにいる。自分も障害者だと香は思い、自覚に欠けると自嘲した。脳がおかしいという重大事な病気なのだが、心だとか精神にすり替えられていて、病気とは思えないような印象にされているのが滑稽だ。英一はそれで怒っているのだが、と香は思いほくそ笑む。
企業の方が餅をついている。作業所の精神障害者が杵を持って餅をつかせてもらった。楽しげであった。
土曜に楽しい思いが出来たと思い、香は気分も軽く帰路に着いた。県営バスに乗り込み、携帯電話で自分のブログや投稿小説サイトに意味もなくログインした。投稿や更新はノロノロなのだが、手軽に表現できることが香には楽しかった。
万年床で、英一にメールする。返事が来た。その祭りは今日でしたか。お疲れい。とのこと。
香は仰向けになり、眠気の中で覚醒を保つ。それは瞑想状態にも似たふわふわで醒めた感覚。ああ、自分は、病気が治ったら、何がしたいんだろうと考え、病気は、治りたいんだろうかとも考える。今やっているアート活動は、病気でなくてもやっていたのかと。考えるとぞっとした。病気だからアーティストになろうと考えたんじゃないのか。病気じゃなくちゃやれないとさえ考えているんじゃないかと疑う。
自分は近々死ぬんじゃないかとも思う。これは、死にたいと思うのではなく、本当に近い内に死ぬような気がすると言うだけだ。
死んでからアートを認められて、ムカつくという妄想もする。本人を抜きにして、なんで人の作品で楽しんでいるんだ。高額が行き交っているんだ。ムカつく。と。
たぶん病気じゃなかったら、普通に就職して、縁があったら結婚して、パートタイムしながら家庭を切り盛りしていた。病気じゃなかったら、普通に生きようとした。
病気でも、それで良いじゃんと思う。
病気でも、就職を目指して頑張り、縁があったら結婚し、闘病しながら出産、子育て、ときどき入院。それでいいじゃん。目が熱くなる。
でもそれじゃダメになっちゃったんだ。自分は見つけてしまった。世に問いたいことが自分にはあると知ってしまった。子供の頃から性差について苛々していたことを思い出した。少年と大人の中間の青年に美を感じ表現することが好きだった。
自分が障害者というマイノリティーになったことがショックでショックで、なんとか抜け出そうともがいた。不治の病だが治ろうと誓った。なぜ、一生薬を飲まねばならぬ。治療薬ではなく、症状を抑えるだけの薬。分泌の狂った脳内物質は二度と正常には戻らぬ。薬で調整し続ける一生。
だが、自分は、病気でいたいのだろう。無意識では、病気でいたがっている。
誰から君はうまれたの。ちょうどいいね。
大丈夫なのだ。病気だろうと病気で無かろうと。病気はアートを志すきっかけに過ぎなかったと、マイノリティーに視野を開いたに過ぎないと分かっている。もし病気が治ったら、アルバイトをしながら自活して創作活動するだけだ。苦手な人間関係も、気にはなるが、年齢的にもやりすごせるようになっているはずだ。余計な言動さえ取らなければ、と無理矢理思ってみる。
本当は何もしたくない。誰とも関わりたくない。傷つくのが怖い。もう、死にたい。
いつかは死ぬ。
目を覚ます。
昼食後の薬を飲み忘れていた。不安症状に効く薬だ。水で嚥下する。
楽なワンピースに着替えて眠る。
苛々し出すので頓服薬を飲む。トラウマを忘れない脳なので、どんなに昔のことでもリアルに感情を思い出す。一種の記憶障害である。胎内記憶もある。苦しかったこと、辛かったことや悲しみ怒りはほぼ忘れない、ただし二十歳頃までの記憶だ。衰えとともに記憶力はガタ落ちした。
誰から君はうまれたの。ちょうど良いね。
人間が大嫌いである。社会も世間も馬鹿だと見切りを付けていた少女だった。歯車になりたくないと願っていた。だから、病気になるしか選択肢は無かったのだろう。
これが香のちょうどいいなのか。香自身も分からない。