まっすぐと日々
香は作業所からの帰り道、大手古本チェーン店に立ち寄った。
作業所とは、障害のある人が日中の活動の場とする施設だ。障害の種類や個人によって、その施設を利用する目的は様々だ。
香は、家にばかり籠もらないでいるために作業所に通っている。たいてい、家で創作活動をしている。英一と会うのもたまにだったりする。
古本チェーンで、香は芸術のコーナーをなめるように見た。安い画集が欲しい。だけれど、興味を引かない絵の画集はいらない。有名な、アートならあった。サディズムの、マゾな女性を描いたあの。
じっくり見たけれど買わなかった。刺激の強さを楽しんだだけだ。
歩道を歩く。小学生の帰宅時間帯らしく、子供が走り回っている。
缶ジュースを買おうと思って自販機を見るが、見送る。もう少し行った先の自販機の方が安い。たしか十円か二十円をサービスで安く売っている自販機があるのだ。どこか企業の駐車スペースらしく、気を付けないと見落としそうな陰にその自販機はある。市のメインストリートを歩む香は、自販機から近い神社に入り休んだ。手には白ブドウの果実入りジュースがあった。
クッキーの自販機の前で買うか悩んでから、買わずに信号のある横断歩道を渡り、野菜の無人販売を覗き、メインストリートを抜ける。登山道に至る経路に入る。さらに、住宅街へと進む、細い道に折れる。
小学生の男女の声がする。ぶつからないようには気を付けるが、見ないようにする。不審者だと保護者に思われてしまうのが怖いからだ。実際に子供を見ていて、不審者扱いをされたことはない。英一が、転んだ幼女の脇を持ち上げてひょいっと立たせてあげたら保護者の女性に不審者扱いされたことがあった。お巡りさんまで呼ばれてしまった。それを聞いて怖くなって、香は子供を避けるようになった。
話し声だけを聞く。
女の子が、イベントに参加したくないのと言っている。足手まといになっちゃうからいやなのと相談している。男の子は大丈夫だよと明るく言う。大丈夫だよ僕みたいに足をケガすれば参加しなくていいんだよ。と、言っているのを聞いて香は笑いそうになる。
無理よケガなんて出来ないもん。簡単だよ、棒と棒で足を挟んでね、くきっとひねるとケガをするんだよ。ケガなんてイヤよ、痛いもの。
香は笑いをこらえて足早に自宅に向かう。
家族と暮らすアパートで、香は万年床に倒れ込む。
この歳になって、変に焦ることは無くなった。早く社会復帰しなくちゃとか、自活できなきゃとか。思い込むのをやめた。焦って活動する度に入院するほど調子を崩した。
うしろを向いて
前を向いて
回って
回って回って
まっすぐと日々
スタートラインをふみ出す
入院中に書いたポエムだった。紙には、目を閉じて腕を組んだ人間がちょっと一歩を踏み出す絵が描かれている。香が描いたのだ。
入院中に、英一のことを思った。強く、強く、平穏な日々をこの人と過ごしたいと願っていた。実際には、この人はゲーマーなので、同じ方向を二人で向くことは無いのかなと香は感じていたが。
今日も会えなかったね。同じ作業所に通っているのに。
香は着替えてカフェオレをいれた。母が、テレビを見ている隣に座って、少し甘えた。