甘いパン
愛だの恋だの、俺たちには無かった。気付いたら仲良くなっていて、ボディータッチが性器に及んだとき香はこう聞いた「ねえ、わたしたちどういう関係」と。
香と英一は高校の同級生だったが特に親しくはなかった。英一は一年だぶっていた。精神病で。
香も精神病院に入院し、そこに通院している英一に会った。外来患者の来るところに香は迷い込んでしまったのだった。
「あ、高須せんぱい」
「同級生だろ」
香は手を引かれて入院棟に戻った。ジャージを着て、その下にロゴのはいったTシャツを着て。
ノーブラ。と、思い、英一はもやもやしたのだった。
香と英一はなんとか高校を卒業した。でも、仲良くはなかった。二十歳くらいになった頃、また、病院で会った。
「あ、高須せんぱい」
「同級生だろう。」
英一は自販機で買ったミルクティーを香に渡した。白いワンピース。夏だった。香は黒いカーディガンを着て金古美のブローチで前を閉じていた。
川沿いを歩いて、商店でコッペパンを買った。焼きそば入りとポテトサラダ入りの。
小さな石の橋の上からちぎったパンを落とす。
パンの味の付いていない部分を二人はちぎって、英一は焼きそばを食べる。香もポテトサラダを食べてパンを川にいる鯉に投げつける。
英一は叫んだ。
「就労時間長すぎーっ、障害者いじめーっ」
「うるさっ」
香は英一の手をたたいて川に焼きそばを落としてやった。英一は香の手からポテトサラダコッペサンドを奪い川に投げた。
「社会が悪いんだよっ」
英一の口癖である。
二人は商店でクリームパンを二つずつ買い直し川沿いを歩く。雑草を踏みながら名前を言い合う。
スズメノカタビラ
カラスノエンドウ
はこべ
たんぽぽ
アカバナ
花だいこん
斜面に座ってパンをかじる。
「カスタードクリームだけかよ。ホイップクリームも入れろよ。」
英一の文句たれからパンを取ると、香は自分のクリームパンのクリームを英一のパンに移す。
「おい。きたない。」
「ほら。ぱんっぱんだよパン。満足しろよ。」
英一のクリームパンは膨らんでいる。英一はクリームパンを二つに割って香と分けて食べた。クリームが無くなった方のパンも二人は分けて食べた。
精神障害者の二人は、働かず、親元で生きていた。それでも不満はあったし、不安もある。
「俺たちなりのスタンダードやスタイルって、出来てくると思うよ。」
英一は物書きらしく言う。
「変わらない心地よさを見つけてさ、気に入ったものだけ足していくの。ね。」
香はアーティストらしく感覚で言った。
二人は背中をくっつけて空が黄色くなっていくのを見た。あたたかな背中。
作家もアーティストも、プロとかアマチュアと言う以外の、あり方を二人はそれぞれで探し求めていた。 香は、英一との関係性で変わったり、変わるから変わらないものを見つけたりした。
二人は何となく立って、帰路に着く。
帰る家がある。
「あした作業所だよ。」
「俺は休む。」
社会活動。ありのままでいさせてくれる場所。
「香。」
英一が手を振った。