不思議な絵本~妄想ストーリー~
不思議な絵本シリーズ3作目になります。
チヂヒメの力も少しだけ強くなっています。
武藤昇平は33歳独身、不動産会社に勤務している。真面目だが人見知りという、不動産営業には最も向いていない人間だ。
物件案内をしていても、ほとんど話が出来ない。そのうえ、客から質問を受けると、生来の真面目さから余計な事を答えてしまう。
「ここは駅からどのくらいですか?」
「そうですね、チラシには徒歩8分って書いて有りますが、僕が実際に歩いてみたら12分かかりました」
「今日は雨で良くわかりませんが、日当たりはどうなの?」
「日当たりですか? 夕方になるとあのマンションの切れ間から西日が入ります。それ以外の日当たりは期待できませんね」などと答えてしまう。
自分の足で時間を確認したり、実際に陽が当たる時間を確認していたり、真面目に調査をしているのだが、物件のマイナス部分を隠す事が出来ない。ある意味、信用のおける人なのだが不動産営業としてはどうなのだろうか?
当然、営業成績は良くない。上司や先輩どころか後輩、それも新入社員にさえ及ばない成績だ。朝礼のたびに上司から言われる言葉は既に暗記してしまっていた。
「また最下位は武藤君か! 君はお客様と契約をする気が有るのかね? この営業所の成績は君がひとりで下げているんだよ。君を除いて集計すると、ここも上位を狙える営業所なんだがねぇ。少しは貢献してくれよ!」
上司の『貢献』という言葉に『辞めてくれ』という意味が含まれていることはわかっている。しかし、会社を辞めたら即、死活問題が発生する。成績最下位爆走中の昇平に、満足な貯金が有るわけが無い。まして、すぐに次の仕事に就ける保証などない。再就職がかなりの難関になることは明白だ。
昇平への嫌がらせは、上司の言葉だけでは無かった。営業所内には昇平に対してのルールが存在していた。それは、どうせ契約なんか出来ないのだから、優良客や優良物件は昇平以外の者が担当することだった。昇平に回って来る客は、何度も何度も案内をさせ、物件の文句を並べたてる様な客ばかりだ。こういった客は、いつまでも部屋を決める気は無いのに不動産屋へは頻繁に通うタイプなのである。だから、滅多な事では顧客リストから消えることは無い。いわゆる『不良顧客』というヤツだ。昇平の担当顧客リストはその『不良顧客』の氏名で埋め尽くされている。
新入社員にさえ、「武藤先輩はこの営業所でも一番お客様を抱えているんですよね」などと言われている。もちろん、昇平の客が『不良顧客』であることを知っての発言であった。
そんな昇平の精神が良からぬ方向へと傾倒して行くのは当然の事だろう。
昇平は休日でも、ほとんどの場合自宅で過ごしていた。外に出るとついお金を使ってしまうからなのだが、今日は何かに誘われる様に外出をした。何か目的が有るわけでもなく、ただ街を歩き回っていた。そして、一軒の古本屋の前で歩を止めた。古本屋の前で立ち止まった事に、一番驚いていたのは昇平自身だった。昇平が読む本と言ったら、コンビニに売っているマンガ雑誌位なものだった。それ以外の本を読んだのは、学生時代が最後だろう。
古本屋に入った昇平は、本の背表紙を眺めていた。普段から本など読まない昇平にとって、特に興味を持つ様な背表紙が有るはずが無かった。
なんの興味も持てない店を出ようとした時だった。平積みになった古本の山の上に有った絵本に目が止まった。その絵本を手に取った昇平は、ページをめくったが、何が書いて有るのか全くわからない。絵本は日本語で書かれているので、文字が読めないのでは無く、何が書かれているのかがわからないのだ。
妙に気になる絵本なので、昇平はこの絵本を買って帰ることにした。
自宅に帰りついた昇平は絵本を眺めていた。表紙に描かれている模様が何を意味しているのかがわからない。中の文字は読めるのに、何が書かれているのかを理解することが出来ない。当然、文章とリンクした絵が描かれているはずの絵も何が描かれているのかわからない。昇平は独り言を言っていた。
「こんな絵本が存在して良いのか? 存在する意味すら無いだろう?」
その時、昇平が眺めている絵本の表紙の模様がユラユラと歪み始めて、次第に美しい女性の顔へと変化して行った。
「な、なんだ?」
昇平が驚いて声を出した時だった。昇平の頭の中に何者かの声が響いた。
『ふふふ、驚いた? 私はチヂヒメ、本の女神よ』
「本の女神?」
昇平はスマホを操作してチヂヒメを検索していた。
『あんた、何やっているのよ! 人の話はちゃんと聞きなさいよ』
「あった、あった、チヂヒメね。チヂヒメって織物の神様じゃない? 本の女神なんて書いてないよ」
『何をしているのよ? それなに?』
「女神のくせに、スマホも知らないの? ネットに繋げばなんでも調べられるんだよ。これによると、チヂヒメは本の女神では無いね。美人で働き者だったみたいだけれど……」
『あんたね、そんな小さい機械と、私のどっちを信用するのよ!』
「当然ネットでしょう? 得体の知れない古本なんか信用できないよ」
『はー、本当にやりにくい世の中に成っちゃたわねぇ。じゃあ、補足説明をしておくわ。私は確かに機織りの神様になっているけれども、私の兄が誰だか知っている?』
昇平はスマホのディスプレイを見ながら答えた。
「兄は思兼命だね、父親が高皇産霊神ですか、有名人いや有名神ですね」
『そうよ、兄は高天原の知恵袋って言われたオモイカネなのよ。そんな兄を持つ私がこの絵本に憑いて、人々に知恵を授けようとしているんだから感謝しなさい』
「兄が知恵者でも、妹にも知恵が有るって言う論理は成り立たないと思うよ。オレ的には、兄は秀才だけれども、妹はちょっと抜けていて可愛い設定の方が好きだなぁ。それならば妹を主人公にした物語が出来そうだよね」
『あんた、なんの話をしているのよ!』
「だって、兄妹がそろって秀才なんて、兄貴はちょっと不良っぽいヤツにヒロインを持って行かれて、妹もずっと思い続けていたイケメン男子を、ちょっとおバカな萌え系女子に横取りされて、兄妹そろって失恋っていうパターンだろう? 完全に脇役兄妹だよ」
『な、なんで私が脇役なのよ! もっと前向きな妄想をしなさいよね。私だって、もうシリーズ3回目で、力もかなり戻って来ているんだからね。あんたが会社でいじめられていて、家に帰ると不毛な妄想で精神の均衡を保とうとしているから、わざわざあの古本屋まで呼び出して、ここに来てあげたのに……。それなのになんで私が……脇役なのよ……』
「そんな……、泣かないでよ。オレ、目の前で女の子に泣かれた事なんて無いから……、どうして良いかわからないから……」
昇平は戸惑っていた。自分は女神で知恵を授けに来たなんて、上から目線で言っていた女が、いきなり泣き出すなんて……。こんなシチュエーションは初めてだった。
『あら、私泣いていた? ごめん、泣いている場合じゃないよね。あんたも変な事言わないでよね!』
「わかった。オレの方こそ、ごめんなさい」
『うん、素直でよろしい。最近素直じゃない女ばっかり相手にしていたからね。今回は仲良くやって行こうね』
「はい、よろしくお願いします」
チヂヒメは、ほっとしていた。前回、前々回は相手にペースを握られてしまった。しまいに駅前広場の植え込みに捨てられたり、マッチ片手に燃やすぞと脅されたりで、さんざんな目にあって来たのだ。今回こそは自分が主導権を握ってやると意気込んでいた。
「それで、オレにはどんな知恵を授けてくれるの?」
『いきなりどんな知恵って言われてもねぇ……。だいたい、あんたはろくな妄想をしていないわよね? あんな妄想じゃ、気持ちも晴れないでしょう?』
「そうなんですよねぇ……。いまいち、スッキリしないんですよ」
『上司をやっつける妄想なのに、最後は上司が家族とまったりしているってなによ! あんた本気で上司のこと嫌っているの? 自分が悪いから……とか考えてないよねぇ?』
「ちょっと考えているかも……。だって、みんなで幸せになった方が良いでしょう?」
『あんたバカか? 嫌いな奴の幸せなんか考えていたら、いくら妄想したって気持ちはおさまらないでしょう!』
「じゃあどうしたらいいんでしょう?」
『本当にお人好しだなぁ。例えば、上司がたまたま接客した客を怒らせてしまう。実はその客はクレイマーなわけよ。会社に上司のことでクレームをつけるんだな。有ること無いこと言って……。会社は対応に困って、とりあえず上司を地方の営業所に移動させるって言うのはどう?』
「良いですねぇ、何だかスッキリしてきました」
『あんたバカぁ? この程度でスッキリしてどうするのよ! まだ続きが有るわよ。移動先の営業所は、ええと、寒い方が良いわね。東北の営業所にしましょう。東北の営業所の所員達にとって、東京から左遷されて来たヤツに大きな顔をされるなんて許せないじゃない。だから何かと理由をつけて、上司をいじめるのよね。営業所のみんなに嫌われているし、単身赴任だから家に帰っても誰も慰めてくれないわけよ。それで、毎晩飲みに行って、そこで女と知り合う事にしましょう』
「安本さん、安本さんって言うのは上司の名前ですが……。素敵な女性に出会うんですね?」
『バカ! 大バカ! 素敵な女性に出会ってどうするのよ! 最低な女に決まっているでしょう! その女は最低で、上司、安本だっけ?』
「そうです、安本です」
『その安本からお金をまきあげるのね。やっぱり色仕掛けよね、神代の頃も男は色仕掛けに弱かったからね。安本は女に弱みを握られて、ついに会社の金に手をつける。それが会社に知られてしまい、安本はクビになる。懲戒解雇だから退職金ももらえないし、賠償金で家も売らなくてはならなくなる。当然奥さんからは離婚を言い渡され、ひとり寂しくホームレスになって行く。こんな感じでどう?』
「すごいです、何かスッキリしますね」
『じゃあ、このストーリーで良いわね』
「はい、でも……、これをどうしたら良いんでしょう?」
『はぁ? あんたは本当にダメだねぇ。しかたが無いから、このストーリーで夢を見せてあげるわよ。シッカリ夢をみなさい! そして、明日安本に会ったら、夢の話を思い出すのよ。わかった?』
「はい、頑張ります」
昇平はチヂヒメが作ったストーリー通りの夢を見た。翌日は安本になにを言われても、昇平は落ち込まなかった。昇平の頭の中の安本は、ホームレスにまで身を落とし嘆いているのだ。今の昇平の状況なんて、それに比べればたいした事では無いと思えた。
夕方自宅に戻った昇平は、チヂヒメに言った。
「ありがとうございます。今日は上司になにを言われても大丈夫でした。安本営業所長がホームレスにまで落ちていく姿をおもいだしたら、怒られているのに爽快な気分でした」
『あんたの性格も結構歪んでいるね』
「それでですね、今日は先輩の高木さんと事務の星川さん、このふたりの妄想を希望します。よろしくお願いします」
『よろしくって、あんたは自分で妄想も出来ないの? 情けないわねぇ』
チヂヒメはあきれていたが、自分は昇平を救うためにここに居る。救うためには妄想ストーリーを昇平に授けなくてはならない。などという、妙な義務感を持ってしまった。
『じゃあ、どんなストーリーが良いかしら? えっと、高木は結婚しているわよね?』
「はい、結婚して子供が一人います。まだ3歳ですが、スッゴク可愛いんですよ」
『あんたが高木の子供を可愛がってどうするのよ! 既婚者なら、やっぱり不倫ね! 男はバカだから、すぐに不倫をしたがるからね!』
「チヂヒメさん、もしかして旦那さんに不倫されました?」
『そうなのよ、私が身ごもっている間に……。って、私は関係ないでしょう! 変な事言わせないでよね! あーあ、不倫はヤメ! 変な事を思い出すから……。高木&星川のストーカー事件にしましょう。この方が手っ取り早いからね。高木が星川の帰りを見計らって尾行し、アパートの場所を突き止める事にしようかね。星川は性格に問題ありだけれど、見た目は良いからね。高木は妻子持ちのくせに星川を好きになっちゃったんだね。いくら高木が口説いても星川は相手にしてくれない。完全にストーカーになってしまった高木は、毎晩のように星川の部屋を監視していた。ある日、どうにも我慢が出来なくなった高木は、星川の部屋のインターホンを鳴らす。星川が玄関ドアを開けると、高木は無理やり部屋に上がり込む』
「そんな事をしたら、星川さんは怒りますよ。彼女怒ると怖いですよ……」
『そりゃ怒るでしょよ。怒るけれど、高木は星川を無理やり押し倒す。そうして、あんな事やこんな事をしてしまう』
「えっ、星川さんにあんな事やこんな事? すごい!」
『それだけじゃないわよ。ああしてこうしてこんな事までしちゃうんだからね』
「凄すぎですよ」
『しかし! 星川の悲鳴に気付いた隣人が、警察に連絡しちゃったのね。最近には珍しいタイプの隣人だけれども、その方が話の展開が早いわね。それで、警察が来ちゃって、高木は逮捕されちゃうんだね。当然、妻から離婚を言い渡されるよね』
「星川さんはどうなるんでしょうか?」
『星川は、あんな事やこんな事の最中に警官が来たわけだから、当然そんな恰好だったわけよね。近所の人にも、会社の人にも、あとは友達とか、ネット大好き人間達にも、いろいろと晒されちゃうわけよ。一応実家に帰るんだけれども、実家の周りの人も何が有ったのか、みんな知っているから肩身が狭いわよね。簡単には結婚だって出来ないし……。こんな感じでどうかしら?』
「オッケーです。それで夢の方をお願いします」
『あんた、本当に他力本願ね! おっと、これは仏教用語だったわね。私が使う言葉ではないけれど、それ以外に適当な言葉が見つからないからまあいいか』
チヂヒメは、高木&星川ストーカー事件を夢として、昇平に見せた。翌日の昇平は、高木と星川が会話をしているだけで、ついニヤついてしまった。ふたりからどんな嫌がらせをされても、平気だった。
それから1週間が経ち、昇平は元気になっていた。上司の安本が何を言おうが、高木と星川がどんな嫌がらせをしようが、昇平は気にしなかった。それどころか、3人は何をされても薄笑いを浮かべている昇平に恐れさえ抱くようになっていた。
「チヂヒメさん、お願いが有るんですが……」
『なに? また何か問題でも起きたの?』
「いいえ、問題は何も無いですよ。でも……」
煮え切らない昇平の態度に、チヂヒメはイライラしていた。
『だったらなにさ! 男なら言いたい事はハッキリ言う! わかった?』
「はい、それではお言葉に甘えて言わせて貰います。チヂヒメさんの事なんですが……」
『私がどうかしたの?』
「あのぉ、チヂヒメさんは絵本じゃないですかぁ。えっと、絵本だと、いろいろと困るわけでしてぇ……」
『あんた、何が言いたいのよ? 私が絵本だとなにが困るのよ。絵本は食費もかからないし、洋服やアクセサリーを買えとか言わないんだから、あんたは困らないでしょう?』
「しかし、絵本だと、えっと、あんな事やこんな事も出来ないわけで……」
『げっ! あんた何考えているのよ!』
「いや、勘違いしないで下さい。オレ……、チヂヒメさんが好きです。け、け、結婚して欲しいんです! はぁはぁはぁ」
昇平は息を切らしながら言った。チヂヒメは大いに驚いた。まさか絵本にプロポーズする男が居るとは思ってもみなかった。
『あ、あんたバカぁ! ホントにバカでしょう! な、何を言っているのよ!』
「あ、あ、あの、落ち着いて下さい。オレ、本気です。絵本から出て来る事は出来ないんでしょうか?」
『出来るわけ無いでしょう!』
どうやら昇平は本気のようだ。うっとりと絵本の表紙を見つめている。しかし、いくら昇平が本気でも、無理なものは無理だ。チヂヒメは嫌な予感がしてきた。
『あんたの所には長居し過ぎた様ね。そろそろ次の人間に知恵を授けに行かなくちゃ……』
「そんなの、困りますよ。まだオレの件は終わっていないですから……」
『終わっていないって言われても……。あんたはもう大丈夫でしょう? すっかり元気になったし、仕事だって上手く行き始めているでしょう?』
「でも、いまチヂヒメさんに居なくなられたら……、オレ、生きて行けないですよ!」
『そんなこと言われてもねぇ……』
「本から出て来るのが無理なら、妄想ストーリーでも良いです! オレとチヂヒメさんの幸せな未来を見せて下さいよ。お願いします」
『えー、妄想ストーリー? 自分の事は難しいよ……。えっと、私とあんたが結婚して、楽しい生活をおくる感じで良いのね?』
「そうですが、細部まできちんと作り込まないとダメですよ。現実感が無いと……」
『現実感って言われてもねぇ、現実にはあまり無いパターンだからねぇ……』
「まずは、チヂヒメさんが絵本から出て来なくちゃダメですよね。えっと、チヂヒメさんを好きになったオレが、絵本にキスをしましょう」
『えっ、キスするの?』
「そうですよ、ファンタジー系の物語では、魔法を解くにはキスが付き物です。オレが絵本にキスをすると、魔法が解けてチヂヒメさんが絵本から出て来るんです。魔法を解いてもらった感謝の気持ちと喜びが相まって、オレに恋をするんです。オレとチヂヒメさんは、幸せな日々を過ごします」
『それで良いのね?』
「そんなに急がないで下さいよ。まだ続きが有りますから。ある日、レストランでの食事後、デザートを食べているときに、オレがポケットから指輪を出すんです。チヂヒメさんの前に指輪を置き、プロポーズをするんです。オレを見つめるチヂヒメさんの目には涙が光っているんです」
『私は泣くの?』
「そうです、感極まって涙が止まらなくなります。そして泣きながら『よろしくお願いします』なんて言うんです。オレも感極まって、チヂヒメさんの手を握り、涙します。そして、『ふたりで幸せになろうね』なんて言うんですよ。どうですか、良いでしょう?」
『結構ベタだねぇ』
「ベタだって良いんですよ。いいえ、ベタなくらいが良いんです! そして、結婚式ですね。チヂヒメさんは真っ白なウェディングドレスを着て、教会で結婚式を挙げるんです」
『あの、私は神なんですけれど……。教会はまずいんじゃないかなぁ』
「いいえ、チヂヒメさんはウェディングドレスが似合いますから、絶対に教会です! 両親や友人達に祝福されるんです。そういえば、チヂヒメさんのお父さんも来てもらえますよね。高皇産霊神や思兼命とも会えますね。そして、幸せな結婚生活を送るんです。子供はふたり欲しいですね。上が男の子で、下は女の子が良いなぁ。お兄ちゃんは妹が可愛くて仕方が無いんですよね。妹に近付こうとする男達を……」
『あのぉー、そのくらいで良いんじゃない? 夢で見るならそのくらいにしないと、何日も眠り続ける事になるよ』
「大丈夫ですよ。チヂヒメさんとの幸せな日々の為ならば、何日眠り続けたって大丈夫です」
昇平はその後も妄想を語り続けた、話は止めどなく続き、とうとう昇平が死を迎えるところまで来てしまった。
チヂヒメは妄想通りの夢を見せる事を約束し、昇平に絵本を古本屋まで持って行かせた。
その晩から昇平は夢を見た。妄想通りの幸せな夢だった。
1週間かけて妄想ストーリーの夢を見た昇平は幸せだった。こんな幸せを現実世界で感じる事は無いだろうと思った。昇平は目覚める事を拒否し、この妄想ストーリーのリピートを繰り返した。
昇平は二度と現実世界に戻ることは無かった。
古本屋の片隅でチヂヒメがつぶやいた。
『今回はなんだか後味が悪いなぁ……。アイツが目覚めないのは私の責任じゃないからね。アイツが勝手に起きないだけなんだから……。あーぁ、まだ遥や心愛の方がましだったじゃない!』
チヂヒメは次の人間を捜すべきか、もう止めるべきか悩んでいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
チヂヒメは悩んでいます。作者も悩んでいます。どんどん話が病んで行く様で……
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