死神さん、乗り越える。
「今日で最終日だ。上手くやれて良かった」
マイクがほっとしたように呟く。二日目を難なく乗り切り、三日目のノルマも無事に達成した。
「終わったらどうするんですか?」
シルヴィアの問いにマイクは帰るだけだと答えた。
「ん?あれは…」
マイクが声を上げて少し遠くを見つめる。
シルヴィアもつられるようにそっちに目を向ける。その先には、一人の男がいた。
「先生、じゃないな…冒険者かな?今年も出たのかもしれない。こっちに近づいて来ているし、話を聞いてみよう」
シルヴィアはそれを聞きつつサーチをする。
勝手に相手の情報を好き勝手見ることは、褒められた行為では無いが、習慣として考えるより先に体が動いた。
「…っ!皆、逃げて!」
シルヴィアが叫ぶと同時に男から放たれた風魔法が辺りを蹂躙した。
「うっ…皆大丈夫ですか⁉︎」
「大丈夫…だよ!」
この問いに答えたのはクレア一人だけ。土煙が晴れると倒れている皆が見えた。
「驚いたなぁ、何で分かったんだい?」
「何でもいいじゃないですか…っ」
シルヴィアの顔を汗が伝う。この男の持つ力を正確に把握した。だからこそ、冷や汗が流れる。
シルト
殺し屋 回収者
HP 1800/1800
MP 5600/5800
火魔法Ⅴ
水魔法Ⅴ
風魔法Ⅸ
土魔法Ⅳ
雷魔法Ⅱ
強化魔法Ⅵ
特技
暗殺術Ⅵ
剣術Ⅴ
「くっ…」
勝ちへの道が細く険しいことは一瞬にして把握できた。しかし、負ければおそらく命はないだろう。それに、逃げるならば、マイク達も運ばなければならない。シルヴィアがチラリと後ろを見る。
「大丈夫、大丈夫。気絶しているだけさ、死なれちゃ困るからね」
「それは…どういう…」
シルヴィアが会話を続ける。時間を稼ぐことぐらいしか出来ることがなかった。
「生贄にするらしいんだ。まあ、よく知らないけどね。何とかっていう教団に雇われたんだ」
「いいんですか…そんなこと私に話して?」
シルヴィアの問いに薄く笑ってシルトが答える。
「いいんだよ、君達も生贄になるんだから」
「…っ!」
シルトが加速し斬りかかってくる。シルヴィアも加速するが、熟練度の差で、距離が詰まる。
「サンドウォール!……ウィンド!」
作った壁が一瞬にして切り崩され砂が舞う。
続けざまの風魔法で砂嵐が起き視界が急激に悪くなった。
「目眩しのつもりかい?」
シルトの風魔法が全てを吹き飛ばす。
「っ…クレア!」
「ゾーンバインド!」
しかし、一瞬の隙をついたクレアの魔法がシルトの自由を奪い取った。
「シルヴィア、今のうちに!」
「分かりました!」
シルヴィアがマイク達を起こしに向かう。
「まったく、驚かせてくれる子供達だ…」
そう言ったシルトから弾けたスパークがクレアの魔法を弾き飛ばした。
「えっ⁉︎」
「ゆっくり眠るといいよ」
クレアが地面に倒れる。シルトがゆっくりとこっちを向いた。
「な、なんで…」
シルトが答えるように懐から魔導具を取り出す。
「これは魔力を阻害する魔導具なんだよ。最初は魔力の流れを悪くするぐらいだったんだけど、つい先日完成したんだ。まさか使うことになるとは思わなかったけどね」
「くうっ…」
失った活路をもう一度見出すため、シルヴィアは前を向く。
「そこの白い子、えっと…クレアだっけ?あと君は…シルヴィアか。君達は将来強くなれるよ、僕が保証する」
シルトが無駄口を叩きにこにこと笑う中シルヴィアには余裕がない、魔力もさほど残っていない。
「ぅ…あ、し、シルヴィア、逃げて…」
「まだ意識があるのかい?でももうまともに動けないだろう?シルヴィアが僕を殺せることを祈っているといい、人生には希望が必要なんだ」
殺す、その言葉がシルヴィアの耳に入った瞬間。シルヴィアからじっとりと嫌な汗が出始めた。急激な戦闘の流れが止まった今、意識していなかったことが、奥底からゆっくりと顔を覗かせた。それはシルヴィアを強固な鎖で縛り付ける。
「こ、殺す…?」
「うん?どうしたんだい?震えているじゃないか」
「うっ、あぁ…」
震えを止めようとしても止まらない。体が言うことを聞かない。
「そうか、そうか。シルヴィア。君、殺せないんだ!」
シルトがゆっくりとシルヴィアに近づいていく。
「こ、殺さないと、私がやらないと!」
いくら言葉を発しても体が動くことはなかった。
「おやすみ、シルヴィア」
シルヴィアにはシルトが振り下ろす手刀がひどくゆっくりに見えた。まるで思考が加速しているかのように、多くのことを考えることができた。
皆を助けたい。自分が情けない。殺すことができたなら。怖い。死にたくない。せめてクレアを助けたい。
恐怖の鎖に繋がれながら、死を覚悟しつつも生に引き摺られ、しがみついたシルヴィアは怯えながら生を求めた。
「う、ぁあああああっ!」
シルヴィアが叫ぶ、その瞳は狂気に染まり、
口元は裂けるような笑みを浮かべる。
その表情にシルトは一瞬だけ怯んだ。
「ぐ、ぁあっ!」
シルヴィアがシルトを蹴り飛ばす。
「まさか、まだ動けるとはね。でも、終わ……り?」
シルトが目を見開き固まる。
シルヴィアからは本来、無色透明なはずの魔力が、赤黒く染まり霧のように溢れ出していた。
「な、何をしている⁉︎」
シルヴィアに問いかけるが返事はない。
シルヴィアがゆっくりと立ち上がる。
同時にシルヴィアの真上の空間が大きく裂けゆっくりと、ゆっくりと。
何かが姿を現した。
同時に立ち込める濃厚な死臭。蒸せ返るような血の臭い。ゆっくりと現れたソレはボロボロのローブを身に纏い、血糊で錆び付いた鎌を握り、覗かせる顔には肉など無く、空っぽの瞳には青い炎が鈍く輝いていた。
一言で表すならば。
死神がそこにいた。
「な、なんだそれは!おい!」
シルトの声を聞くことも無く、シルヴィアが前へ進む。一歩を踏み出す度に、草木は真っ黒な灰に変わっていく。かと思えば瑞々しく成長していくものもある。
生と死、恐怖と希望、相反する感情に板挾みにされたシルヴィアは、生と死を際限無く振りまく力を掴み取った。
「くっ、一旦逃げるか」
シルトが駆け出す。しかし、もはや彼は死に魅入られていた。シルトを殺すために掴み取った力はついに彼をも飲み込んだ。
「そ…んな、ばか、な」
最期の言葉を発すると同時に、シルトは灰に変わった。
目的の達成と同時に全てが霧散した。残ったのはシルトまで伸びた黒い灰の道と、異常な成長を遂げた草木。そして、倒れ伏したシルヴィア。
これら全てを正確に見ていたのはクレアただ一人だった。
「ん…んぅ…はっ!こ、ここは⁉︎」
シルヴィアが目を覚ましたのはベッドの上だった。カーテンの閉まっていない窓からは出発の時に集合した校庭が見える。
「私、どうしたんでしたっけ…」
シルヴィアは記憶を辿り始める。辿るべきでない記憶を。
思い出したのは死の臭い。真っ黒な灰。死んでいく動物、魔物、そして一人の男。
シルヴィアの鼓動が速くなる。体は無意識の内に震え出した。
両手が血に染まって見えた。
シルヴィアは備え付けられていた洗面台に向かい、吐いた。
「おえっ、うっ、ぐっ」
もう吐き出す物も無くなったシルヴィアは狂ったように手を洗った。しかしどれだけ洗っても血は落ちない。
「なんで⁉︎なんで!」
そんなシルヴィアのいる部屋に一人、扉を開けて入ってくる。
「目が覚めたんだね!良かった」
入ってきたのはクレア。その声はぱっとシルヴィアの意識を正常にした。
「く、クレア。どうしたんですか?」
「話があってね、訓練、三日目のこと」
「へ、へぇ…」
「私、全部見ていて、知ってるんだ」
その言葉はシルヴィアに動揺を与えるのに十分な威力を持っていた。
シルヴィアが崩れるように前に倒れる。クレアがそれを受け止め抱きしめた。
「私、私、たくさん、こ、殺して、あぁ」
「ごめん、辛いこと、させて…ありがとう、無理して、助けてくれて」
クレアがシルヴィアの頭を優しく撫でる。まるで母が子にするように優しいそれは、シルヴィアの心の不安や恐怖をゆっくりと溶かした。
安心は不安をかき混ぜて、シルヴィアから涙となって流れ出た。
「う、うわああああああん、あああっ、怖かった、怖かったです」
「…ありがとう、私達を助けてくれて、本当に、ありがとう」
「すんっ、すん。ううっ」
「落ち着いた?」
シルヴィアが鼻を鳴らしながら頷く。
「また、恥ずかしい所を、見られました…」
「私は気にしてないよ?」
「私が気にするんです!」
「うん、いつも通りのシルヴィアに戻ったみたい」
言われて始めて、シルヴィアは自分の体が震えていないことに気付いた。手も元通りになっている。
「良かったです…無事いつも通りです」
「本当にね。…シルヴィアが危ないって教えてくれなかったらもう今頃ここにはいなかったんだって思うと、ね?…あの時なんで分かったの?」
「あぁ、あれはサー…えっと…」
「……何か、私に隠してるのかな?」
「そ、それは…その」
「シルヴィアのことをぜーんぶ先生に話そうかなー、泣き虫なこととかー、怖がりなこととかー」
「うっ……」
シルヴィアはクレアにサーチについて話していない。サーチはいわば覗き見なので、すれ違う人皆にかけていたとは言いづらかった。
しかし、弱みを見せ続けたシルヴィアはクレアの圧力に耐えられなかった。
「……覗きはいい趣味とは言えないよ?まぁそのおかげで助かったんだけども」
「わ、分かってます。乱用はしないようにします…」
「じゃあ、部屋に戻ろう?暗くなる前にね」
「そうですね」
シルヴィアは返答後自分にサーチをかけた。
変わったことが確かにそこにはあった。
死霊魔法Ⅸ
【恐怖】
暗闇
幽霊
「どうしたのシルヴィア?行こう」
「そうですね、行きましょう」
新たに得たもの、乗り越えたもの。シルヴィアは、クレアの後を追って歩き出した。