死神さん、入学する。
シルヴィアは六歳になった。
今は王都魔法学園に通うための試験を受けるために馬車に乗ってアリアと共に王都に向かっている。
「シルヴィアも学園に行くし、私も王都に帰るわ」
シルヴィアが五歳の時アリアがそう言った。
「そうなんですか?てっきり一人かと」
「シルヴィアも大きくなったし、仕事に戻ろうかと思って」
シルヴィアはサーチで見た拷問官という仕事をするのだろうと思った。
王都へと一週間かけて向かう。シルヴィアはその道中の夜を、持ってきた魔灯を抱きしめて眠った。
そして今シルヴィアは試験会場に一人で立っている。
「まぁ、余裕です。余裕」
今回のテストは筆記と魔法実技である。
魔法については使えるかどうか見る程度だとアリアが事前に言っていたので、シルヴィアからすれば筆記のみのようなものである。
しかし、シルヴィアは少し緊張しているのか表情が固い。頭では余裕だと分かっていても雰囲気に緊張してしまうのである。
「と、とりあえず行きましょう」
シルヴィアは試験会場に向かい用意された椅子に座る。周りには同年代の子ども達が皆、緊張した顔で座っている。シルヴィアが周りの子どもを見渡していると、一人の子どもと目が合った。
真っ白な髪に深い青色の瞳。他の子ども達と違って落ち着いている。
「……まぁ、気にすることもないです」
試験が始まる。六歳児にしては難しい試験ではあるが、シルヴィアからすればどうってことはない試験である。その証拠にシルヴィアはスラスラと問題を解き、制限時間の半分を過ぎる前にペンを置いた。
「ふふっ…余裕です」
試験終了後は部屋を移動して魔法の試験を受ける。試験官に連れられて一人ずつ部屋に入る。シルヴィアは試験が上手くいって緊張もほぐれたようである。
「次、シルヴィア・リートルートさん」
「はい」
シルヴィアが部屋に入る。目の前には三人の試験官がいる。
「魔法は使えますか?」
「はい」
試験官が少し驚いた顔をする。試験を受ける子どもで魔法を使えるのは少数派だからである。
「では、見せて下さい」
「はい」
シルヴィアの周りに魔力が漂う。
「アイスフィールド!」
地面が凍りつき霜が降りる。天井には氷柱ができる。
「どうですか?」
「………」
試験官三人は声も出ない。ただ目を見開いて部屋を見渡すだけである。少し経ってはっと気づいたように声をかけた。
「もう、大丈夫です。退出して下さい」
「はい」
シルヴィアが退出する。
魔力供給を断つと氷も消えた。
シルヴィアの現在の能力値はこれである。
シルヴィア・リートルート
HP 150/150
MP 815/1015
魔法
火魔法Ⅵ
水魔法Ⅵ
風魔法Ⅴ
土魔法Ⅲ
炎魔法Ⅰ
氷魔法Ⅰ
回復魔法Ⅲ
強化魔法Ⅱ
生活魔法Ⅱ
特技
礼儀作法Ⅲ
【恐怖】
暗闇
幽霊
殺害
「氷魔法の習得が間に合ってよかったです」
試験を終えたシルヴィアは宿に戻った。
「まあ合格でしょう」
宿にはアリアはいない。これからシルヴィアは学園の寮で過ごすのである。
そして翌日。
合格者の名前が学園で貼り出される。
「えっと……あった!…特待クラス?」
そこに書かれていた名前は二つだけ。
シルヴィア・リートルート
クレア・フルール
シルヴィアは指定された教室に向かう。
教室にはまだ誰もいなかった。席は二つしかないので片方に座る。
しばらくして扉が開き一人の少女が入ってくる。真っ白なショートカットに青い瞳。
「あの時の……」
少女もといクレアがシルヴィアに反応する。
シルヴィアはアリアと同じ黒髪黒目、この世界ではあまり存在しない。故にクレアも覚えていた。
シルヴィアが話しかけようとした時、教師が入ってきた。
クレアが席に着く。
「……サーチは後にしておきましょうか」
教師の自己紹介は簡素なものだった。理由としては二人が優秀すぎて初等部の教師では教えることもあまりなく、夏には高等部と混じって授業をすることになるから付き合いが短いためとのことだった。
この日は授業もないので、二人はそれぞれ荷物を持って寮の部屋へと向かった。
部屋はベッドが二つ並べられた二人部屋である。広くなく、しかし狭くもない。二人で過ごすなら十分だろう。
シルヴィアはクレアがシルヴィアの方を向いていない時サーチをかけた。
クレア・フルール
HP 180/180
MP 910/910
魔法
火魔法Ⅴ
水魔法Ⅴ
風魔法Ⅵ
土魔法Ⅳ
雷魔法Ⅱ
回復魔法Ⅳ
生活魔法Ⅱ
束縛魔法Ⅲ
特技
礼儀作法Ⅲ
【恐怖】
高所
すれ違う人にサーチをかけているシルヴィアだが【恐怖】の欄を見るのは自分以外では初めてである。さらに言えば束縛魔法などという魔法を見るのも初めてである。
サーチで情報を得ている以上クレアに直接魔法について聞く訳にもいかないので、束縛魔法を実際に使うまで待つしかないだろう。
『恐らく…固有魔法でしょうね。珍しい筈なんですけど…』
「二人だけだし仲良くしよう?シルヴィア」
「え?あ、はい。そうですね」
考えごとをしていたシルヴィアは返事に詰まる。クレアが不思議そうにシルヴィアを見るが切り替えたようにシルヴィアが自己紹介をする。
二人は自分のことをゆっくりと話した。
クレアが窓の外を見る。外はもう真っ暗だ。
「じゃあ…そろそろ寝ようか?明日も早いしね。シルヴィア、明かり消して?」
「えっ…えっと、その…」
「…どうしたのシルヴィア?」
シルヴィアは下を向いて黙ってしまう。
シルヴィアは見た目こそ六歳ではあるが中身には死神として何年も生きた記憶や感情がある。つまり、自分より年下のクレアに対して怖いので明かりを消したくないですとは恥ずかしくて言えないのだ。
「もしかして……怖いの?」
シルヴィアがビクッと震える。返事などしなくても答えは分かってしまうことだろう。
しかし。
「べ、別にそんなことないけどっ?」
「ふーん…じゃあ消すね」
クレアが一瞬にして明かりを消す。
明かりが消えた瞬間シルヴィアのベッドだけが再び明るくなる。
「………」
クレアがシルヴィアの掛け布団をめくると、魔灯を抱きしめて、真っ赤な顔をした涙目のシルヴィアが出てきた。
「怖いのならそう言えばいいのに…」
「……だって、恥ずかしいじゃないですか」
「もうばれちゃったんだから、気にしない方がいいよ。誰だって怖いものの一つや二つあるよ。ね?」
クレアに慰められることで、余計にシルヴィアの顔が赤くなっていくがクレアはそんなことは気にしていないようだ。
「……私は寝るね。シルヴィアも魔灯つけてていいから、おやすみ」
「うぅ……この体が恨めしいです」
シルヴィアはいつものように魔灯を抱いたまま眠った。
そして翌日。
シルヴィアが目を覚ます。続いてクレアも目を覚ました。二人は準備をして教室に向かった。
今日の授業は魔物や野草についてである。夏に外での訓練を高等部に混じって行う為である。
「……退屈です」
シルヴィアは始まって早々暇を持て余している。それもその筈、死神時代に溜め込んだ知識にその辺の魔物や野草のことなど勿論入っているのである。
「……そうだね。もう覚えちゃったし」
シルヴィアとは違いクレアは今この場で本の内容全てを記憶した。本物の天才児というわけである。
教師も困った様に二人を見るばかりである。
「大人顔負けですね。これは…二人共賢いし落ち着いているし、手間がかからないのもそれはそれで寂しいですね」
教師がそう言って、寂しそうな笑みを浮かべる。シルヴィアがそうかもしれないと思っているとクレアが話しだした。
「そんなこともないですよ。シルヴィアは昨日の夜…」
そこまで話した所でシルヴィアがクレアの口を塞ぐ。
「ち、ちょっと!何言ってるんですか!」
「先生が二人は大人びていて寂しいって言ったから、シルヴィアの意外と子供っぽい所を教えてあげようかなって」
「言わなくていいです!昨日のことは忘れて下さいっ!」
結局はシルヴィアの抵抗も虚しく最後には話されてしまうことをシルヴィアはまだ知らない。
「……いつかクレアに仕返ししますっ!」
クレアのいない所でシルヴィアはぐっと拳を握りしめた。