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神の泉  作者: 中村いな
第一章
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第四話 今、

第四話です。楽しんでいって下さい!



 優子は専業主婦の母とサラリーマンの父との三人家族である。

 そして、所謂転勤族というやつで今は十階建てのマンションの一室に住んでいる。

 優子はマンションの入り口で慣れた手つきで番号を打ち込み、扉をくぐっていった。

 引越しの多い村上家だが、こちらに住み始めて5ヶ月程経ち、さすがにこのマンションの勝手は覚えた。

 いつも通りそのまま上の階に行こうと、床のタイルにローファーの音を響かせながらエレベーターへと向かう。

 しかし優子はエレベーターの前で立ち止まり、上の階へのボタンを押すわけでもなく動かなくなった。

 いつもならそのまま、部屋のある五階まで直行するところである。

 すると突然、優子はその身を翻したかと思うと、エレベーターを横切りいつもなら向かうことのない方へ進んでいった。

 そこにあったのは、階段ー。

 いつも通り何を考えているか分からない目で一度その階段を見上げると、優子はずんずんと上っていく。

 立っているだけで暑い時期に階段をわざわざ使う人なんてあまりいなさそうだなと、彼女は心の中で考えながら一階から二階までの階段を上りきった。

 一息ついて外を見るとここからは丁度、マンションの駐輪場が見渡せた。

 優子の住む五階からは、殆どこの駐輪場は見えることはない。

 なんてことない風景だったが、並べられたママチャリや子供用の自転車がここには沢山の人が存在することを再認識させた。

 どれかは分からないが、いつも登校する時や帰ってくる時に挨拶する親子や小学生の自転車も在るのだろう。

 夏の風が外を見つめる優子を追い越して、階段へと駆け抜けていく。

 再び、優子は階段を登り始めた。

 ようやく部屋まで辿り着いた優子はドアノブに手を掛けたまま案の定、肩を上下させて登る前に比べてずっと汗をかいていた。

 特に首や背中に汗を沢山かいたのか、風が吹くたび涼しく感じる。

 ここまでようやく登ってきた優子だが正直最後の一、二階を登っている間の記憶が殆どない。

 運動という程のものではないが、帰宅部にとっては階段を上るという動作さえなかなかしんどいものだった。

 それでも、このしんどさを心地よく思える優子がいた。

 一息ついて、家の鍵を開ける。

「ただいま」

 何処かに居るはずの母の花子に聞こえるように言う。

 すぐに返事は帰ってきた。

「おかえりー。ひるごはんは?」

「食べる」

 脱いだローファーを揃えて、優子は洗面所に向かう。

 手洗いうがいをして、べたついた顔を水で洗った。

 もう一度、頬を叩くように彼女は顔に水を打ちつける。

 一度、ふっと息を吐いた。

 その後は、顔をしっかり拭いて夏休みの宿題入り鞄を担いで部屋へと向かった。

 自分の部屋に入ると、窓は開かれているのだが涼しくはないのでとりあえず冷房を入れた。

 まだ階段を上ってきた余韻が残る体で冷房なしの空間は辛いものがあったが、冷房が効いてくるまではとりあえず我慢してお気に入りの動きやすいワンピースに着替えた。

 早速、階段を上がってきた勢いそのままの気持ちでスマートフォンと夏休みの宿題を取り出し、机に向かう。

 少しだが暑さが気にならなくなってきた。

 まずは電車を待ちながら書いたメモを見て、机の上に宿題を広げた優子は確実に今日のノルマをこなしていく。

 具体的に言えば、英語の問題集と数学一問である。

 人間やる気が出ない時は本当に何も出来ないもので、今までの夏休みの経験を踏まえて優子は自分がそういうモチベーションでしか取り組めないことを前提に一日のノルマをを設定した。

 しかし、いざ手を付けてみると解く問題、解く問題が順調に解けていった。

 最初の方なのでたまたま問題が簡単だっただけなのかもしれないが、それでもペンがどんどん動いていく事が嬉しかった。

 一瞬、こんなの当たり前過ぎるという言葉が彼女の脳裏を一瞬掠めたが、素直に喜ぶことを優子は選んだ。

 ー 今なら、いける ー

 優子の心と体は今程よく暖まり、今日のノルマのその先まで進めていける気がしてきた。

 それは、電車が来たことに気づかない程集中してまで立てた夏休みの計画を白紙に戻すことを意味したが、優子は迷わない。

 気の赴くままに、英語や数学だけでなく物理や古典なども「これだ!」と思ったものはどんどん進めていく。

 ー 私は、運が良い ー

 彼女は、心から思った。

 今日、千夏と出会ったことも、階段を駆け上ったことも、全てが全て今の自分に繋がった。

 どんなことでも人生のきっかけになるという事実が、唯々優子には嬉しかった。

「時には、いつもと違うことをするのも面白い。変化することは、驚きと発見の連続!」

 そんなことを突然言い放った優子は余程嬉しかったのだろう。

 いつもの彼女の能面顔が口の端を目一杯上げて笑っているように見えた。

「ゆうこー、ごはーん」

 扉の向こうから名前を呼ばれる声がして、優子は立ち上がった。

「よいしょっ」

 宿題は机の上に置いたままにして冷房を消し、部屋から母の花子が待つリビングに向かう。

廊下は暑い空気とソースの香りで満ちていた。

 お昼ご飯は焼きそばかなと考えながら、


ー もう一度部屋に戻って来た時には宿題の続きをしよう ーと心の中で呟いた。

 先程はやたらめったらフィーリングで宿題に手を付けていったが、それではいつか行き詰まる時が来るだろう。

 優子自身、ここからきちんと計画を立て直して、なおかつ続けることが出来るかが肝だと分かっていた。

 ー なんだか、今日は全てのことがはっきり感じられる気がする ー

 優子は、花子の待つリビングへの扉を開けた。

 

 

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