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神の泉  作者: 中村いな
第一章
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第二話 夏は始まっていて

第二話です。楽しんでいって下さい!


 帰宅部エースと称された優子はその後、帰り道をほぼ初対面のクラスメイトの千夏と一緒に歩いていた。

 國代高校は住宅街の近い静かな場所に建っており、頻繁に車が通ることもなかった。

 しかし少し道を出ると、今二人が歩いているような歩道と車道がしっかり分かれる所に出て、普通に車も走る場所に変わる。

 なかなか、駅も近く通学しやすい立地だ。

「本当、優子と一緒に帰るなんて珍しいこともあるね」

「確かに、そうですね」

 そう返事をしたが優子だったが、珍しいどころか夏休みが始まる今までクラスメイトということ以外なんの接点もなかった二人が、今ならんで下校している状況が彼女には不思議というか、疑問でしかなかった。

 しかも、いつの間にか下の名前で呼ばれている。

 とりあえず、自分だけ一方的に話しかけられるのも申し訳なく感じたらしく、優子は思いついた話題を振ってみることにした。

 今日は夏休み前最後の登校日で、授業は午前中までだったのだが、だからといって午後から部活はあるはずだと優子は考えた。

「そういえば、部活はないんですか」

 今一日の中で、一番高い位置に太陽は登っている。

 その光は二人が歩くアスファルトに照り返し、じりじりとした暑さを増していた。

 時々吹く風も、日を追うごとに暖かくなってきているように感じられる。

「今日は午後から学校の整備で生徒は学校の中に入れないの。だから部活はオフ」

 千夏はやれやれという素振りをした。

 優子は、千夏はきっと部活が大好きなのだろうなんて、ほぼ初対面だが今隣にいて一緒に帰っている、元気すぎるクラスメイトの事を思った。

 そしてまた、千夏が話を振る。

「ところで、なんでずっと夏休みの宿題一覧プリントを見てたわけ?」

 突然、優子を見降ろす頭が可愛らしく小首をかしげた。

「ほら、さっきじっと見てたじゃん」

 優子は少しの間なんと答えようか考えて、「うん。それは、 」と前を向いたまま答えた。

「私は学校がないとだめみたいで。家に居ると怠まけてしまうタイプというか、生活リズムが無茶苦茶になります。そうやって、無駄に時間を浪費して、最後までいつも溜めてしまうんですよ、夏休みの宿題」

 顔は見ていないが、千夏が何も言わないのでとりあえず話を続けることにした。

 この場をもたすためにも。

 「それで、また今年も夏休みの最期の方で慌ててしまうのかなってプリントを見て思った時に、本当にもう夏休みになったんだなって実感しました。だから、なんて言うのか、ああ今年もいつの間にかもう夏休みなのかって戦慄? してたんだと思います」

 優子は自分でそう言ったものの、何が戦慄なのかと自問自答してやりたくなっていた。


「うん、なるほどね。でも、凄く意外だなー」

 その言葉を聞いて、優子は顔をついに彼女の方に向けた。

 優子は千夏を見て、初めて彼女が笑っていることに気づいた。その笑みは小馬鹿にした笑いとかではなく、優しく安心したようなほほ笑みだった。

「なんで意外なんですか?」

 優子の方が身長が低いので、必然的に千夏を見上げる形になりながら、彼女はまた素直に疑問を口にした。

 そうすると、千夏は笑顔で「だってね、あなたのことを超真面目みたいに思ってたから」と前を見て答える。

 これまた、優子には疑問だった。

 自分は真面目だなんて行いはした覚えがないし、向上心が無いと言われるかもしれないが、真面目になろうと意識したこともほとんどなかった。

「だって、まずは学年順位、上位五十位以内ってことでしょ」

 いや、まずなぜその事を知っているのかと優子は思ったが、学校というのはいつのまにか情報が回っている場所だと、自分を納得させることにした。

 しかし、そういう情報もいつも正しいというわけではない。とりあえず、今回は事実なのだが。

 でも、優子に言わせれば学年生徒の四百人中、五十位以内というのは然程さほど凄いわけではなく、むしろ低いと言えた。

 だから、千夏にはこう言ったのだ。

「別になにも凄いことではありません。私は部活に入ってないから、部活動してる人が殆どのこの学校では人より勉強する時間が多く確保出来るだけです」

 千夏は「なるほど」と相槌を打った。

「次は、凄く人として根性があって、運動も出来ること。あれは体育祭の障害物競走の時のことだったよね。優子は、自分の番が回ってきた瞬間、誰も見たことのない機敏な動きでダッシュして網をくぐり抜けたかと思うと、これまた猛ダッシュして迷うことなくあの小麦粉のトレイ、だったかな?あの中に顔を突っ込んでぶっちぎりで飴を見つけてゴールしたんだよね。その時、あなたは小麦粉だらけのなかなかの顔でいつもと変わらない表情をしていて、すっごく格好良かった」

 途中からあの時を興奮を思い出したのか、身振り手振りも交えて千夏は熱弁していた。

 そんな千夏とは反対に、優子はかなり恥ずかしく感じて話の途中から少し冷たい汗をかいてしまっていた。

「あと、もう一つ」

 まだあるのかと、優子は身構えた。

「優子は、勇気がある」

 ほんの一瞬、せみの声と二人分の足音、車の追い越して行く音だけが大きさを増して優子の耳に響いた。

「あ、りがとう、ございます」

 自分が言われたことが理解出来ておらず、とりあえずお礼の言葉が口に出る。

 そんな戸惑いを隠せずにいる優子の反応を見て、千夏は肩を揺すってこれまた笑っていた。

「それは、ついさっきのことでした。」

 調子が上がってきたのか、物語調に千夏は語りはじめる。

「クラスは、夏休み明けの文化祭での目標を決めようとしていました。でも、いくらホームルーム委員が呼びかけても反応がありません。というか、ホームルーム委員声が小さいし、聞いてもらうという意思がないんですね。まあ、周りも聞こうとしてませんでしたが。とりあえず、クラスの誰も何も言わないわけですよ。そんな時です。一人の少女がクラスの危機を救ったのです!」

 優子はこの物語の展開が進むに連れて、またもや冷や汗が出てきた。

「あなたは堂々と手を上げてホームルーム委員に当てられたかと思うと、こう言ったのです。『私がまず最初に意見を出しますので、その後どんどん前の方に順番に意見を発表していく。どうでしょうか。』ってね」

 そしてその後、皆を纏められずにいたホームルーム委員は「じゃあ、村上さんがそういう案を出してくれたので」ということで、優子の案で話を進めていったのだった。

 文化祭の目標も「協力して、思い出に残る文化祭にする」に決定した。

「本当すごいよ。優子って、成績良くて、運動出来て、根性あって、勇気もあってさ。人として良く出来てるというか、垢抜けてるというか。同じクラスメイトとして誇りに思う」

 そんなに褒められると今までかいていた冷や汗もすっかり引いてしまって、逆に今度は照れてしまい優子は顔が火照ってしまったようだった。

「ありがとうございます」

 優子は素直にお礼を言った。

「いいえ。本当に真面目なんだから」

 千夏は笑顔で言う。その姿は優子から見ると少し見上げる形になり、太陽の光と一緒になって凛としたように見えた。

「けど、そんな優子が夏休みの宿題を溜めちゃうことを悩んでるなんて本当以外」

 そう言って、にかっとまた笑ったかと思うと、急に千夏は真面目な表情になって黙り込んでしまった。

 優子は突然、不安になった。

 おそらく千夏は村上優子という人間の怠惰さを知って、がっかりしたに違いない。

 今まであれだけ喋っていた千夏が、いきなり黙ってしまった理由がそれしか思いつかなかったのだ。

 そう気づいたと同時に、あの冷たい汗の感覚が再び戻ってきた。

 恥ずかしいとかではなく、優子はただ千夏の期待に応えられなくて申し訳なかったのだ。

 そんなことを考えてるうちに、だんだんと駅が近づいてきた。

 白のブラウスは、いつの間にか少し汗で濡れていて風が吹くたびに冷んやりとした。

 千夏と出会ってからここまでの約十五分間を優子は、一瞬で頭の中で振り返りはじめる。

 最初はかなり快活な子で身長が高いことが千夏の印象だったが、この短い間で彼女は人のことをよく見ていて、話上手で褒め上手なことが分かった。

 今なら千夏が、女子バレー部の主将なのも納得がいった。

 今日はこんなクラスメイトの存在に気づけたことを優子はとても嬉しく思っていた。

 しかし、千夏を幻滅させてしまった事が、優子の心に後悔の念を抱かせてもいた。

 人によってはそれは考えすぎで、神経質すぎると思うかもしれないだろう。

 けれど、優子にとっては自分が傷つくことより、自分以外の誰かが傷つくことの方がずっと問題なのだ。

 村上優子とは、そういう娘だ。

 駅に近づくに連れどんどん気持ちが沈んでいく。

 優子の心は、真っ青なあの夏の空の中に、ひとり埋れてしまいそうだった。


 しかし突然、「うん。これがいい!」と意気揚々とした声が隣から聞こえ、優子は現実に引き戻された。

「優子、私と約束しよう。こうやってノルマを設ければ、優子の夏休みをダラダラしちゃう悩みは解決できるはず!今年は、絶対に有意義な夏を過ごすこと。で、夏休み明けに私に夏休みの思い出を話して合格できればOKっていうことで!合格できなかった時のことは、またその時に考えるから。とりあえず、約束ね」

 まさに屈託のない笑みを向けられ、しかも一気にまくし立てられたので、優子は最初は何と言われたのか分からなかった。

 しかし、冷静になった途端、千夏の言葉に耳を疑った。

「えっ、約束って何。合格が何ですか。呆れて私の顔なんか見たくなくなったのではなくてですか?」

 千夏は笑って、「何が?」と一言。

「いや、夏休みの計画もきちんと立てられない私のダメさを知って、呆れてものも言えなくなってたんだとばかり」

 そんな優子の思いを吹き飛ばすように、千夏は元気良く笑った。

「何で呆れるのよ。むしろ完璧すぎる優子の女子高生らしいところを見れて、ちょっと嬉しいぐらい」

 優子はその時、きっと間抜けな顔をしていたに違いない。

 というのも、千夏の言葉がまだ理解できなかったからだ。

「嬉しい、の?」

「うん。あなたはいつも殆ど完璧って感じだから、そういう弱さっていうか、人らしさっていうのかな、そういうのが見れて優子との距離が近くなった気がしたの」

「じゃあ、突然黙ったのはどうして?」

「ああ。それはね、嬉しくてつい力になりたくなって、どうしたら優子の悩みを解決できるかなって考え込んじゃっただけ」と千夏はまた笑う。

 いつの間にか駅に着いていた。

 ここからは、二人別々の電車に乗って帰路にく。

「優子、約束だからね。ちゃんと合格してよね」

 合格の基準こそ分からなかったが、優子は今年、絶対に計画的に夏休みを過ごすと決意した。

 そして、千夏をびっくりさせるような思い出をたくさん作るという目標を心の中で掲げた。

 これはもちろん、決して簡単なことではない。

 なんといったって、学生になってから十年間ずっと引きずってきた、かなり阿呆らしいが歴とした優子の悩みなのだから。

 でも今なら、この真っ青な空も自分を包み込むような暑い大気も頬を撫でていく暖かい風も、全てが優子を味方していると思えた。

「分かった。約束する」

 優子と千夏は、目を合わせて笑った。

 夏休みは、始まったのだ。

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