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神の泉  作者: 中村いな
第一章
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第一話 いつの間にか

第一話です!楽しんでいってください。


 ー 夏が始まっても、私は私だった ー


 彼女はどこにだってあるような、色々な生徒や先生がいて、青春したりしなかったりする普通の日常が広がった学校に通っている。

 彼女とは國代高校くにしろこうこうの一年三組二十九番、村上優子むらかみゆうこという名の娘だ。

 今、夏休み前の最後の終礼は、担任教師の「礼」という一言で終わりを告げ、今まで溜まっていた何かが弾けたように生徒は各々帰り支度を始める。

 机や椅子を引きずるガタガタという音がどんどんと大きくなっていく。

 黒板の横に掲示されている学校年間行事予定表には、明日の日付である七月十九日から夏休みだと書いてあるが、実質上この瞬間から夏休みは始まったのだ。

 教室や廊下には夏休みへの喜びや部活や講習に対してげんなりした声など色々な声が飛び交っていたが、生徒の誰もが学校という日常から解放された安息の喜びと学生特有の雰囲気を放っていた。

 そんな中、教室の真ん中の一番後ろの教室一帯を見渡せる席で、村上優子は一人帰る様子もなく座っていた。

 その顔は肩に揃えられた黒髪によって表情は読み取れなかったが、その白い手には先程の最後の終礼で配られた一枚のプリントがしっかりと握り締められていた。


『夏休みの宿題一覧表』

『計画的にコツコツ終わらせましょう!』

 

 優子は、黙ったままプリントを見つめて動かなかった。

 あまりにじっとしているため、本当は何か別のところに意識があるようにも見えた程だろう。

 彼女がそうしている間にも、どんどん生徒は帰っていってしまう。

 教室のドアは帰っていく生徒によって常に開け放たれ、一年三組の教室の温度は少し上がったように感じられた。

 それにしても、クラスメイトが「夏休み、どこ行く?」など話しながらせっせと帰っていく中で、一人じっとして動かない彼女は普通ならかなり教室の中で浮いて見えるはずだが、周りは皆夏休みに浮かれていて優子のことなど気づかない様子だった。

 いや、よくよく考えれば、彼女を気にしないのは普通の光景だった。

 普段の優子はとても大人しく、どの瞬間をとっても椅子に座っている様子が見られると思われる程だ。

 表情はいつも変わることなく、口は一直線に結ばれている。

 優子のその漆黒の瞳を真っ直ぐ見つめたものは、吸い込まれそうな感覚を感じてしまうだろう。

 真正面から彼女と目を合わせるものなど、なかなかいないのだが。

 そんな優子も遂に、俯いた顔を上げた。


ー落ち着くのよ、私ー

 

 まるで、自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

 その瞬間、優子の頭の上から突然聞きなれないが親しげな声がした。

「さっきからプリントを見てるけど、どうしたの?帰宅部エースさん」

 少しの無言が続く。

 まさか自分が話しかけられたはずがないとは思いつつも、彼女は声のした方をゆっくり振り返る。

 一瞬、白色のシャツに優子は視界を奪われたが、視線を上へ上へと移動させると顔が見えた。

 優子を見下ろす彼女は、同じ一年三組でバレー部主将の佐藤千夏さとうちなつだ。ここの学校は、最近女子バレー部が出来たため、一年であるが千夏が主将を務めている。

 彼女は、明るく茶色かかった髪を短くしており涼しげであった。

 顔立ちは可愛らしくそばかすが少しあるので、より人懐っこそうな印象を受ける。

 しかし、何より目立つのがその身長である。高校一年の女子としてはかなり高めの173センチだ。

 一年生でありながらバレー部の主将となったにも関わらず、貫禄が出ているのもそのためだろう。

 それより、優子にとって突然言われた千夏の発言に聞き捨てならないことがあった。


「帰宅部エースってのは、やめてください。帰宅部なのは認めます。けど、絶対エースではないです。」


 そもそも、何が基準でエースだなんて目の前の女子生徒は優子を呼んでくるのか。

 そもそも、同じクラスとはいえど、今初めて話をしたようなものなのにそんな風に呼ばれても正直、優子は反応に困っていた。


「えー、いつもホームルームが終わったらすぐ荷物まとめて帰っちゃうんだから、それはもうエースでしょ」

 

「でも今日は違うんだね」と、いつの間にか殆ど人気のなくなった教室で千夏が言った。

 普段ならばその通りですぐ帰宅するのだが、優子はよく見ているなと思った。

 それより釈明するが、優子はたまたま、帰る準備をして教室を出ると一番なだけなのだ。

 むしろ、準備が出来ているのに帰らずしてどうしろというのか。

 優子はそう千夏に言おうとしたが、やはりやめておく事にした。

 彼女と面と向かって話したのも今が初めてだったので、あまりに快活な千夏の雰囲気に優子は少し気圧されていたのだった。


「何か言いたそうだけど」


 千夏がうながしてくるが、彼女は絶対に言わない。

 今ここで思ったことを言ったとしても、何か言い返されて終わってしまう気しかしなかった。

 そして、これ以上このやり取りを続けても優子自身をむなしくなるだけな気がしたのだ。

「帰宅部だっていいじゃないか。」優子は、心の中で訴えた。

 そして、千夏にはこう言う。


「いえ、特になにも」


 いつの間にか殆ど人気のなくなった教室で、担任の「お前らも、早く帰れよー」という言葉を合図に二人はこの教室を後にした。

 夏休みが終わるまで、一度でもここに戻って来ることはないだろう。



Twitterもやっています。


中村いな【@Ina_syousetsu】です。


更新する度に

こちらでお知らせしますので、

よろしければどうぞ!

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