第十二話
まだ夏の虫達が鳴き出さない朝、私は目を覚ました。
私は普段めったに夢を見ない。
けれど、久々に昨日は夢を見た。
身体を起こすとこの家が少し高い所に建っているため、蚊帳越しに広い田園が見渡せる。この蚊帳は昨日の夜に祖父に付けてもらったものだ。
私はまだ目覚めきっていない体で思い切って立ち上がると、布団を直すよりも早くこの部屋に唯一元々置いてあった机へと向かった。
その机は、畳の上に座って使うもので長机の
ような形をしている。一般的な勉強机のように右側の机の下には三段の棚が備えられていた。
机に向かうと、昨日から置きっぱなしにしていた新しいノートの表紙を開いた。また一頁捲って、真っ白な頁に今日の日付を書き込む。
今すぐ書き出さないと、ついさっきまで見ていたあの美しい夢を忘れてしまいそうだったから。
夢を書き留めるなんて私は、初めてだった。
後で読み返した時に思い出せるぐらいには書き記し、少し満足した。
「優子ちゃん、おはよう」
庭の方から声がしたので、縁側へ寝間着姿のままだったが向かった。
「昨日はゆっくり休めたんかい? 」
ゆっくりとした穏やかな声は、この田舎の朝に似つかわしかった。
「おはようございます。とても良く眠れました」
そうかいな、そうかいなと頷いた祖母は、机の上のノートに気づいた。
「優子ちゃん、宿題しとったんか? 朝から偉いねえ」
「いえ...、これは日記を書いていて...」
私は少し気恥ずかしかった。
「日記のお。優子ちゃん、何事も続けることは大事じゃあ」
そう言ってくれた祖母に何か言わなければと思ったのだが、結局私はやめてしまった。
けれど私はこのとき、きっと笑っていたと思う。
「はい」
「じゃあ、また朝ご飯が出来たら呼ぶけえ、ゆっくりしときんさい」
私が頷くと、祖母はゆっくり歩いて行った。