第十話
気がつけば1月も終わりですね。
そして、2月がやって来ます。
では、第十話の始まりです。
先に入っていった母を追って玄関の敷居を重い荷物と共に一歩、また一歩と入っていく。
優子は荷物を降ろすと、込めていた力の分だけ息を吐いた。
少し冷んやりと感じる玄関は、夏の日差しに慣れた目では暗く、時折点滅しているように見えてしまう。
優子は瞬きを繰り返した。
玄関の先はすぐ右に曲がるようになっており和室が続いているのが見える。
「優子。交代、荷物貸して」
先に家へと上がった母は上から荷物へと手を伸ばし掴むと、前につんのめった体制のまま「部屋、どこを使えばいいの! 」と、どこかにいる祖父母に尋ねたようだった。
突然の家中に響きわたるような大声に優子は少しひやりとしてしまった。
周りに人がいないので御近所迷惑に発展することはないであろうことは分かる。
だが、ここに来てから声を出すことが雑踏ばかりの街よりずっと偲ばれる気がしてならなかった。
「一番奥の、部屋じゃあ」
そう返事が返ってくるなり「はーい」と答えて荷物を持ち上げると先に和室へと入っていってしまう。
そんな母を追うようにして家に上がると、優子は気休め程度の大きさで「おじゃまします」と呟いた。
和室は襖で二部屋に分けられる仕様になっており、今は全て開けられた状態で奥行きがあった。
右を向くと家から少し張り出している、今では珍しい縁側とその向こうに田んぼが広がっているのが見える。左側には廊下だ。
見慣れぬ縁側に心惹かれつつも母の後ろを追いかけていく。
そうだ、後で戻ってこれば良い。夏休みの間はずっとここにいるのだから。
和室を突っ切って廊下に出ると、右に曲がった。便所とお風呂を過ぎてそのまま突き当たりまで行くと、さらに左に廊下は伸びている。
フローリングとは違う木の板の感触が新鮮だな、なんて考えながら部屋を一つ過ぎて、さらに一番奥の部屋に辿り着いた。
「さあ、ここが優子の部屋。よっこらしょっ」
そう言って荷物を置いた母は、優子の方を振り返ると一瞬、彼女の顔を見てから微笑んだ。
優子のその視線は母の姿を超えた、ずっと遠くを捉えている。
優子に与えられた部屋は、家のどの部屋よりも見晴らしが良いに違いなかった。
角部屋であるおかげで四方向ある内、二方向にも設けられた縁側がある。そのおかげで部屋自体は六畳程で然程広くはないものの不思議と、ずっと開放感があった。
開け放たれた縁側からは常に新しい風が吹きこみ家の中も外も関係ない、空間の一体感を感じられる。
そよ風が黒い髪を撫でていく。
優子は入り口から一歩入った所で立ち止まったまま何も言わない。
そんな彼女の横に並ぶと同じ方角を向いて、母は尋ねた。
「どう? 」
優子はそう聞かれて、こくんと小首を掲げると、初めて部屋の中をゆっくり振り返る。
そして、また景色に視線を戻すと、ただ一言「気に入りました」と答えた。
この度は神の泉を読んで頂き、ありがとうございます。
いつでも、皆さんの声をお待ちしております。
それでは、またお会いしましょう。