3.住居案内と賊
「これってお風呂?」
「そうだよ。クーに掘り当てて貰って作ったんだ」
「随分と贅沢な事をしてるわね」
最初はどこから案内しようかと思案しているところ、リーネがある物を聞いてきたのでその流れのまま風呂場から案内している。
因みにリーネが聞いて来たのは暖簾だ。何と無く雰囲気を出そうと設置したもので、そこから中に入ると脱衣所があり奥に風呂場がある。
「どうしても入りたかったから作ったんだ。クーも風呂は気に入って貰っているしね」
「あまりドラゴンの事は分からないけど、少なくともその為に掘らせるのは間違いだと思うわよ」
「それはまぁ、うん・・・」
今更にしてドラゴンに温泉掘りをして貰った事実に流石に無いかなと思ってしまった。今度お願いする時は本来の力を発揮できる事に使おう。
「でも良いなあ、普通に湯を用意すると大量の木を使うことになるから」
「それなら小さ目に入る場所を作れば使う木の量も減らせるんじゃ無いのか」
「忘れたの?私達エルフは森を守っているのよ。使える木は自然と折れたりして落ちた枝ぐらいなのよ。だから風呂に使う余裕は無いわよ」
「それじゃ体を洗ったりは川で済ましているとか?」
「そうよ。流石に寒い時期は落ち葉などを集めて少しだけお湯を沸かしたりはするけどね」
中々難儀な事をしている。倒木でも見つけない限り無理だろうな。
「ねぇ、あとで入っても良いかしら?」
「良いけど、替えの服は?」
「そこまで汚れてないから大丈夫よ」
「それなら良いか」
ふとリーネを見ると何故かにやにやしながら俺を見ていた。
「ねぇリョータ。入れてくれるお礼に一緒に入らない?」
リーネからの思いがけない誘いに俺は困惑する。だがすぐに冗談と言う事に気がついた。
俺の表情を見てか、リーネの笑みがより強くなっていたからだ。
「冗談よ。リョータ素直過ぎよ」
「はぁ、そんな事だと思ったよ」
「私の体が見たいのなら相応の覚悟で挑むことね」
相応の覚悟って何だよと心の中で思いいつつ次へと案内した。次は倉庫である。内部は仕切りで二つの部屋に区切られており片方は食料庫になっている。食料庫には洞窟広場の湖から水を引き入れ涼しい環境を作っている。これにより大型の天然冷蔵庫となっている。
「よくこれだけの肉があって腐らないわね」
「そういう環境を作ったからな。と言っても少し長期保存できるだけでずっとじゃないぞ」
「ある程度持つなら十分よ」
食料庫から隣の倉庫に移動する。ここには錬金の素材やら魔獣狩りした際の革や骨などが置いてある。勿論トカゲから手に入れた袋の中身も整理して置いてある。
「ここは素材を置いているの?」
「うん、錬金に使う素材が殆どかな」
「へー・・・あれ?」
リーネはある棚を見つけたようだ。そこは何の効能があるのか分からない薬液が置いてある棚だ。
「これ消費した魔力を回復する薬よね」
「えっ、そうなのか?」
「この辺りだと結構貴重よ、これ。どうしてこんなところに置いてるのよ」
「トカゲの魔獣から手に入れたんだよ」
「ああ、それなら何度か戦った事があるわ。多分死んだ冒険者から奪った物ね。あいつら少し知恵があるから適当な武器を使って戦うのよ」
「なるほど。この棚にある薬液だけど他に分かるものがあれば教えてくれないか?」
「良いわよ。そうねこれとかは・・・」
用途不明な薬液をリーネに見せ、分かったものにはメモを付けていった。
中には毒物や幻覚を見せるような危険物があったり、逆に何であるんだと言った高級な薬液もあった。因みに中身は欠損した部位を元に戻すと言う夢のような代物だ。流石ファンタジー。
「流石に全部は分からなかったわね」
「これだけ分かれば十分さ。分かった分だけ別の棚に移しておくか」
「それにしても驚きの連続で飽きないわ。この部屋だけでも中々よ」
褒められているのか呆られているのか、多分前者なのだろう。別の棚に薬液を移し替えながらそんな事を思っていると、リーネは別の棚に興味を示したようだ。
「リョータ、この棚は?」
「そこは宝石とか置いてる棚だな」
「そう・・・ねぇリョータ、この宝石なんだけど、えーと、そのー」
リーネは棚から取り出したエメラルドのような緑色の宝石を手に何か言いたそうな、だが直前で言葉を発せずにしどろもどろしている。そんな様子に何が言いたいのか何となく分かった。
「あげるよ、それ」
「えっ、良いの?」
「欲しいんだろう。先程のお礼も兼ねてあげるよ」
「え、でも・・・あ、ありがとう」
リーネには今日だけでも大分世話になっている。薬草について、エルフについて、魔法について。本来なら得られなかった事だ。それなら宝石ぐらいあげても良いだろう。
「薬草の事で世話になったしな。これぐらいで申し訳ないけど」
「何言ってるのよ、十分過ぎるわよ」
「んーまぁいいじゃないか、次を案内するよ」
何かまだ言われそうだったので無理やり話と止め、次の部屋へと案内した。
次は寝室、ここは特に見所は無い。錬金術用の部屋でもあるが慣れた頃からは湖の広場でするようになったので自室みたいなものになっている。
この部屋の奥には先人が残した錬金術により作られた武器を保管している倉庫がある。この部屋には俺が作ったものも保管している。
「そういえばリョータは無詠唱で連金をしてたわね」
「リーネも魔法を使う時何も言わないだろ?」
「そう見えるだけで小さな声で詠唱してるのよ。詠唱中は無防備になるから小声で詠唱して相手に気づかれないように訓練してるの」
リーネはいつ詠唱してるのだろう。気がついた時には魔法が発動してるから全然分からない。俺の周りにいると言う精霊に対して魔法を行使した時も目の前にいながら分からなかった。
奥の部屋にある武器の保管庫へ案内する。乱雑に置かれたものや、綺麗に置かれたもの等、リーネは一つ一つ興味津々で見ていった。
「あれ、この弓変わった形してる・・・」
「それは・・・」
目の前には銀色の弓に似たようなものが置いてあった。一応弓ではあるが少し構造が違う。
所謂コンパクトボウと言うものの試作機だ。実際に見た事が無いのでこんな感じかと思って作ったものを置いていた。
ただ性能がどのくらいなのかを調べたかったのだが、この世界の標準な弓がどんなものか分からず、そもそもを使うぐらいならハルバートで戦う方が簡単だと思ってしまい、作るだけ作って放置したままであった。
リーネにそれらの事を説明すると試しに使ってみたいとの申し出を受け、簡単な的を用意した。
「うわ、軽い。これ壊れない?」
「大丈夫だよ。いつも通りに使って貰えれば良いよ」
リーネが軽く矢を番え、的に向けて放つ。見事真ん中に当たった。その後数回、全て真ん中に当たるのは予想外だった。弓を武器にしてるだけあって流石である。
「どんな感触だった?」
「何よこれ。引く時も少しの力で良いし、放つ時もぶれが無いし、一体どうなってるのよ」
「まぁそう言う物なんだよ」
「ふーん、でも良いわねこれ」
やけに気に入ったのかリーネはコンパクトボウの具合を何度も確かめるような動きをしては矢を番えたりしていた。
「何ならそれもあげようか」
「え、うーん・・・欲しい、けど」
先ほど貰ったばかりで再び貰うのに抵抗があるようだ。俺からすればリーネは弓が得意のようだから、そのままリーネに使って貰う方が良いと思っている。それに実践などにより気がついた点などを調整をして行けばより良い物に仕上がるだろう。
「やっぱり遠慮するわ。何だか貰ってばかりで申し訳ないもの」
「じゃあさ、貸すからしばらく使い続けてくれないか」
「え?」
あげるのでは無く貸す。これなら受け取るだろうと思った。
「実際に使い続けて不都合な部分、気がついた事を教えて欲しいんだ。リーネなら実際に今やってもらって使って貰っても大丈夫だからさ」
「何よそれ。少し言葉を変えただけじゃないの・・・でも、うん。それなら借りるわね」
何だかんだ言いつつも欲しいものを手に入れて嬉しそうだ。ただ弓で嬉しがる女性ってのはどうなのだろうかと思う。
「何だかリョータを見ていると私の中の人間そのものが崩れそうになるわ」
「どんなイメージをしていたんだよ」
「何かこう欲まみれで薄汚くて、暴力で解決するような」
「ああ、うん。大体分かった」
どこの悪逆非道の暴君だよ。でもリーネを襲った奴等は結構当てはめても違和感無いような気もする。
その後、部屋の案内を終え広場に戻った。戻った際、リーネは風呂へと向かった。
「あ、風呂から上がったらこれ使ってくれ」
「これ随分と上等な生地じゃないの?」
リーネに数枚タオルを渡した。何も持たずに入ろうとしていたので、体を拭いたり上がった後はどうするのかと思ったからだ。
「いや結構な量があるよ。無くなればまた蜘蛛の魔獣を狩りに行けば素材は集まるから」
「これ蜘蛛の糸?」
「そうだよ」
戦った時に口から糸を吐き出したのを見て、服や布に使えないかと思い回収したものだ。粘り気は水で簡単に洗い流せる為、貯蔵している。
「どうかした?」
「もう突っ込む気にもなれないわ。リョータはそういう人。私の中で今そう決めた」
何だか失礼な事を言われた気がするが反論しようにも先にリーネが風呂場へと入ってしまった。
リーネが戻るまでどうしようかと考えていると脱衣所から音が聞こえて来た。一応見えないようにしてはいるが音までは普通に聞こえてくるので、中がどういう状況なのか分かってしまう。恐らく今リーネが服を脱いでいる所だろう。
「外に出るか」
頭がそちらに気をとられても良い気はするが落ち着かない。
レムとクーに留守番を頼み外に出る。入り口から出てすぐの場所は少し開けたような形になっている。
元々は木々があったが家具などを作った際に使った為、このような広場ができてしまった。
近くにあった木の根元に寝転びながら空を見上げた。
「良い天気だな・・・」
青空に流れる雲を見ていると次第に睡魔が襲ってくる。このまま昼寝をしても良いかもしれない。そう思い目を閉じる。
聞こえてくるのは風の音のみ・・・のはずであった。
「ん?」
少しだが別の音が聞こえて来た。内容までは分からなかったが話し声が聞こえて来た。話し声が聞こえると言う事は結構近くまで来ている。
一度聞こえると気になってしまい、考えるよりも先に体が動いていた。話し声の聞こえた方へゆっくりと歩きながら近づいて行く。
音が近づいて来る。茂みに身を隠しつつ相手の姿が見える位置まで近づいた。
(集団?結構いるな)
見えるだけでも男女合わせて数十人いる。ただ女性ばかりが破れた服を着ていた。そして一番気になったのは女性の手足には印のようなものが刻まれている。
(もしかすると奴隷なのかもしれないな。あとでリーネに聞いてみるか)
男の方は一人を除いて防具を身に着けた者ばかりだった。
(あの男だけは奴隷なのか・・・)
恐らく奴隷であろうその男は他と違い直立不動のまま周囲を警戒するように目を睨み付かせていた。何か男達で話しているようだが、この男に見つかる可能性を考えてしまい、これ以上近づけない。
ここである事に気がついた。武器を置いて来たまま来てしまった。せめて剣ぐらいは持ってくるべきかと思ったが今更遅い。とりあえず今は情報を集める事のみにしようと思い集団の様子を伺った。
(それにしても男はあの警戒している奴以外は人間だが、女性は見える限り別種か。腕のところに羽が生えている)
腕からは白い羽を生やしおり一見すると綺麗な羽に見惚れそうになるが、別の物が現実へと引き戻した。
(手足の痣が酷いな。それにちゃんと食べてないからか痩せ気味だ)
手足にある印を中心に青い痣かある者が多い。また大半が痩せ気味であり、一部は憔悴して寝転んでいる者もいる。
そのまま観察していると数人の男が女を連れて奥の方へと移動していった。
だが警戒している男は未だにその場から動かないでいた。それなら少し遠回りして奥の方に移動しよう。そう思い動き出そうとしたところで警戒している男と目が合った・・・気がした。
気がしたのは、男が全く動かずにこちらを見ているからだ。その為俺も目線が外れるまで動かない選択をした。
今見つかるのはまずい。武器も無い状態で戦えない上、例え武器があっても人間相手に躊躇する気がする。
だから頼む、目線を外してくれと一生懸命に祈った。
だがそんな祈りは虚しく、男は片手に持っていた槍を構え投げて来たのだ。
これには予想外だった為、咄嗟に動けなくなり槍の穂先が目の前に来たところで目を瞑った。
(・・・あれ?)
いくら待っても痛みが来ない。恐る恐る目を開けると俺のすぐ横に槍が地面に刺さっていた。堪らず生唾を飲み込んでしまう。そしてその場に警戒していた男が現れた。
やられる!と思ったが男は俺を素通りし槍を抜く為にしゃがみ込んだ。
「・・・明日の夜、エルフの村を襲う」
「えっ」
小声で誰にも聞こえないように、しかしはっきりと男は言った。
男は槍を抜くと元の位置へと戻って行く。それを見ながら俺はすぐにもと来た道へと引き返して行った。
彼らの目的を理解したからだ。すぐにリーネに伝えなければならない。
「あっ、リョータお帰り」
「リーネ、丁度良かった」
帰宅すると、丁度風呂から上がったばかりなのか、リーネは髪の毛を梳きながら頭を乾かしていた。
「丁度良かった?どうしたの?」
「リーネ確認だが、魔獣の捜索は夜中もやってるのか」
「えっ、そうね。毎日荒らされているから交代で昼夜捜索してるわよ」
「もう一つ、エルフって夜目は効くのか」
「どちらかと言えば苦手ね。視界が悪いから狩りには適さないし。ねぇ、どうしてそんな事を聞くの?」
「実は、」
先程の事をリーネに教えた。最初は驚いたリーネだったが、段々と冷静に考え込むようになっていた。
「確証が無いから罠の可能性はある」
「でもリョータは信用するのよね」
「ああ」
「なら十分よ。リョータ、私と一緒に村に来て」
「それは構わないが部外者の俺よりもリーネの方が信用されるんじゃないのか?」
「ううん、私よりもリョータ、貴方とクーを一緒に連れて行く方が信用されやすいわ」
「何故?」
疑問に思う俺に、リーネはこう言った。
「クーが貴方を信頼しているからよ」
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