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人道的破壊兵器

作者: つくし賢二

SF短編賞に応募するもご縁のなかった作品の一つです。

連載作品掲載前の最後にコチラを試作投稿しました。


  人道的破壊兵器

                         

 2020年12月10日のノーベル平和賞は、イタリアから【ジョヴァンニ芸術省長官】65歳が受賞し、その授賞理由も兼ねて、世界中は大いに盛り上がった。


 その際、授賞式スピーチにてジョヴァンニは、ノーベル平和賞取得の決め手となった、その年の3月に自身に舞い降りた平和賞へのきっかけとなる、提案した計画【人道的破壊兵器ウマーネ・ディストリゾーネ・アルミ】について言及する。


「皆様は『非人道的破壊兵器』と言われると『クラスター爆弾』や『大型核兵器』に『地雷』など、専門的には『N(核兵器)』『B(バイオ・生物兵器)』『C(化学兵器)』『R(放射能兵器)』と略され、扱いによっては人類を滅ぼしかねない物を思い起こすでしょう。


 では『人道的破壊兵器』と文字をずらして考えると何でしょうか。非致死性兵器から、強盗に投げつけるカラーボールやネット発射装置? 暴動鎮圧の放水? それともアメリカが製造しようとしていた同性催涙用の『オカマ爆弾』や投入されつつも後遺症で問題化された『マイクロ波発射装置』でしょうか。


 それらの手段達はあくまで手段に過ぎず、芸術分野出身の私からすれば、尚更美しくありませんでした。そこで我々は、視覚的にも納得のいく【非殺傷で裁かれる人間も納得のいくフォルム】が理想と考えました」


 ノーベル賞授賞式会場で客席の人々は、パンフレットのジョヴァンニの項目を凝視して聞いており、その参考資料には数多くのギリシャ彫刻図録、更に何故かスペインの画家「アセンシオ・フリア」の作品「巨人」の図録も組み込まれていた。大きな巨人がファイティングポーズで山脈に佇む光景である。


「人間は人間同士1対1で、素手で殴り合うのが理由なき決闘では最合理でしょう。人体が人体を粛清しようとしているのですから、世界中の誰もが分かります。そんな視覚的人体の正義をヒントに、私どもイタリア政府は、視覚的にも納得のいく人道的破壊兵器を製造し、経済混乱が続くギリシャでの暴動を鎮圧するために向かわせたのです…」


 すると、その傍にいた付き添い人として参加していた、イタリア芸術省次官がすかさずフォローし、過去の事情を知る会場から笑いがこだまする。

「長官、先に今年10月のイグ・ノーベル賞を先行受賞と、ギリシャに忘れ去られていた神であり巨人であることもお忘れなく…」



 2020年・3月15日の「イタリア・トリノのマダマ議会宮殿のイタリア政府・特別上院議会」による緊急会議は、少数ながらもイタリアの国家を揺るがす上院議員の政治家や「フーベルト・現イタリア大統領」に抜擢された政府組織の長官達が、格式ある円卓のテーブルにてひしめき合って討論していた。


 内容は近隣諸国である【ギリシャ共和国】についてで、2010年以降ヨーロッパ最貧国となり、国家経済破綻が他国の支援を受けてもあと5年で崩壊寸前とされている。そこに左翼で保守・社会主義の新政党【国土回復・アイテオ(要求)党】が第一次世界大戦後のナチスドイツの如く登場し「全世界に散らばる、ギリシャ製のあらゆる美術工芸品の返還を求め、国内観光産業を主軸強化する【ギリシャ美術工芸品・全返還運動】を起こす」という大胆な要求を行い、特にイタリアには強い矛先が歴史関係上、迫られているという内容だった。


 早速の緊急会議はまず内密に行われるも、どの国でもありがちな年配者の集まる形式の中で、大統領を中心に議会は、主に以下のような意見が繰り返されるばかりである。


「ギリシャ・アイテオ党の支持は急速に普及しており、多くの市民は現・ギリシャ民主政党を退けるため、今ギリシャは日々暴動で市民と警察・軍が衝突しているのだ。よって、迅速な対応が問われている」

「元々、アテネ国立博物館やアクロポリス博物館を中心に、それなりに自国の美術工芸品はあるというのに、全世界から回収し尽くした、完全展示になりたいというのかね」

「更にあちらはギリシャ彫刻をよく参考に挙げているが、あれは現存8割以上が『ローマン・コピー』という、古代ギリシャで失われたブロンズ・大理石製像の傑作を、後に大理石中心で古代ローマ・ルネサンス期時代に復元した、実質イタリアでの複製品だぞ。それすらも変換対象リストに挙げている」

「フランス・イギリスなど、他の数多くギリシャ収集品を持つ国は、応じる気はないそうで、主に『要求国の今の経済事情では、守り通せるとは言いがたい。よって要求は飲みながら、保管する』という名義とのことだそうです」

「うちもおんなじ様な理由でいいんじゃないか? 奴らもフランス・ルーブル美術館から、人気古代彫刻・サモトラケのニケを奪還出来なくて、さぞ悔しかろう。だがギリシャは放っておくと、EU全体を余計不況の道ずれに陥れてしまう」

「しかも我がイタリアは、古代イタリア時代のローマ帝国の因縁で無理に関連付けられた。下手にだんまりでは、国交断絶、責任転嫁もあり得る。ギリシャの見かけなら全て返さんと奴らは満足せんだろう。こちらイタリアが同じ観光資源が主軸でも、上手く経済上昇しているのだからな」


 この様な現状に、ギリシャ産でなくても「ギリシャの影響にある美術工芸品であれば、何でもいちゃもんを付けられている」と気付いた大統領は、この問題で主軸の政府関係者である「ジョヴァンニ芸術省長官」に意見を求める。


「と言うことはジョヴァンニ芸術省長官、アイテオ党の返還リストの一覧は、ほぼ全てのイタリアにあるギリシャ縁の重要文化財ということになるのかね?」

 御年65歳で、大統領と同年代のジョヴァンニ芸術省長官はここで一つの疑問を打ち上げた。

「それがですね大統領、一つだけ『紀元前1世紀のアテネで作られた大理石彫刻ですが、有名にも係わらず、返還対象のリストに無いギリシャ産の彫刻品』があるのですよ」

「なんだそれは、何故対象でないのか分かっておるのかね?」

「はい、見当がついています。大統領は、『イコノクラスム』という偶像破壊を意味する言葉をご存知ですか?」

「知ってはおるが、原形を留めていない美術品だというのか」


 ジョヴァンニが返還対象リストに無いと、会議関係者全員に紹介したギリシャ彫刻とは、【ベルヴェデーレのトルソ】という、ヴァチカン市国博物館に展示公開されている、古代ギリシャ産の破損した彫刻で、男性体の胴体と両足の太ももしか原型が保たれていない、全長約1メートル50センチ・幅1メートル以内の謎のギリシャ神話の像とされている。


 ローマンコピー説もあるが、イタリアには15世紀頃にメディチ家が持ち込んだとされ、あのミケランジェロが当時熱心に研究するほどだった。


 貴重な欠損彫刻で、返還要求対象の一つでもいいはずだが、肉体胴体の印象以外は何なのか分からない破損彫刻だからか、イタリアへのギリシャ美術品返還リストには有名にも関わらず、人気の無さか忘れられたのか、何故か含まれていなかった。


 その事実に驚きと呆れを感じる議会に集う人々の目が、ジョヴァンニに集中し、議員の討論も加熱する。


「このリストに欠けた彫刻を盾に全世界へ、ギリシャ美術工芸品全返却など、単なる見栄えとパフォーマンス目的に過ぎないと訴えればいいのだ!」

「言い包められるだけだ。だが返しても、国民の怒りで潰されそうな経済混乱の情勢だが」

「くそう…トロイの木馬でもあって、神話と逆にギリシャ側を偽装偵察出来ればな…」


 これを聞いたジョヴァンニは、トロイの木馬が美術的価値観と有効的な偵察移動ができる軍事的目的の2つのメリットを持つことに気付く。しかし、現在再現されたものはイタリアにもギリシャにもない。

「かわいそうなトルソですが、彼には古代に破壊されたのか、頭がない故に何者でもない、非偶像の存在です。言わば神に最も近い存在は、彼とも言えるのですがね…」


 流石に高度なジョヴァンニの解説には、辺りは中々応じなかったが、ここでもう一つのヒントがジョヴァンニにやってくる。

 

 それはその場にいた、右足の悪いイタリア国防省の長官が、急に異変を催した時だった。

「国防次官来てくれ、今日で2回目だ」

国防次官が駆け付けると、国防長官の右足の長ズボンを下からめくり上げ注射器を用意し、恐らく麻酔を注ぎ込んでいる。足に白い皮膚の膝が一部分伺え、気になった大統領が国防次官を呼びかけた。


「これは数年前、アメリカで開発された『人工筋肉』です。アメリカ軍で動物と同等の瞬発力に長けたロボット兵器を生み出すため開発されたもので、我が国防長官は世界で数少ない先行的に医療用の義足として使用しているのです。現在急速に普及と低価格量産化が進んでいますよ」

「この義足はまだ入れたばかりで痛みが時々伴うが、すぐに元の肉体と大差がなくなるそうだ。それがあまりに精密過ぎるからか、見分けの為に国際規約で白い皮膚にしなければならないとされておる」


周りの政治家や政府機関関係者と一緒に驚くジョヴァンニだったが、彼はその白い人工筋肉に、白きギリシャ彫刻の印象と連動し、彫刻品による作戦は生かせないかと、彼の長期会議での尿意と共にアイデアの靄が浮かんでくる。

 更に彼は、休憩時間のトイレの小便器にて、中に彷徨いている小さな虫へ尿をぶつけるという、何気ないお遊びによって、計3つのアイデアが1つとなり、彼に英知結集した。

「(いっその事、『人工筋肉で出来た巨人が、こんな風(陰部の水圧)に混乱するギリシャを鎮圧』してくれないだろうか)」



 議会から2週間後、3月15日の議会で、ジョヴァンニ芸術省長官と大統領を中心に決まった「ある結論」がイタリア政府内で極秘に波紋を呼んでいたが、想定よりほんの少し安い予算ユーロで製造運搬が可能であることが判明したため、イタリア国防省が「ギリシャ首相・民主党」に対し、弱体化で国を制御出来なくなりつつある現状のギリシャで、非常事態宣言が出た際は力を貸すと、ある結論を渋々極秘認証させる。


 そしてアメリカに対し、ある結論の為の素材を大量発注後、それのイタリア内での成型を更に1か月近く費やして、ある結論は遂に完全完成する。


 その極秘である、ある結論作戦開始から1か月半後、ギリシャではいよいよ世界中のどこからも支援を貰えぬまま、国の都市部での暴動は首都アテネを中心に激化し、非常事態の段階まで発展。


「過度な汚職と政策失敗で国を再起不能に陥れた、民主党系の国会議員全員を解散へ!」

「ヨーロッパ諸国なのに発展途上国じみた経済へ衰退した!(やや過剰な意見ではある)」

「我が歴史ある祖国を取り戻せ!」

「アイテオ新党の『ギリシャ美術工芸品・全返還運動』を促進せよ!」

などのプラカードと声が入り乱れる事態となった。


 ギリシャ全土で述べ2万人近くが暴動デモを起こし、アイテオ党支持者でなくとも、とにかく現政党を降ろせという声や、市民と警察・軍の衝突、暴行、放火で、述べ1000人近くが怪我で病院へと、犯行で警察署へが、入り混じって搬送される事態が進む。


 そしていよいよ、ギリシャ民主党から「ある結論の力が欲しい、道路使用許可は黙認で自由管理通過にする」とギリシャ民主党の首相に電話で泣き付かれたイタリア・フーベルト大統領は、自国の巨大空母に積んである、ある結論をギリシャへ半日かけて運搬させ、午後3時までを目標に、現地にてイタリア国防軍の遠隔操作で起動させる作戦を決行する。


 その緊張が迫るギリシャの一方で、平和快晴なイタリア・トリノの大統領邸に呼ばれた提案者のジョヴァンニは、大統領と共に、ある結論の一部始終を見守ることになっている。


「ジョヴァンニ君、やはり腕ぐらいはあっても良かったのではないかね?」

「必要ありません。これは『人道的破壊兵器ウマーネ・ディストリゾーネ・アルミ』そして『ベルヴェデーレのトルソ』であるのです。両腕と手で摘まんだり、殴ったり、投げることなど一切必要ありません。

 他にも頭と皮膚色が無く、誰か分からない非偶像性による後の国際問題回避、破壊行為は人々の暴力行為心そのものへの破壊のみ、兵器の点は、放水する最低限の発射限定点なのです。

 これはギリシャが返還リストに忘れていた彫刻を態々新造して返すのですよ、更にパフォーマンスも込めた、非常に大きな親切です」

「間もなく、ギリシャの人々の大多数が空を見上げて、しぶきを浴びることになるな」



 午後4時頃、その日のギリシャ・アテネでは空を見上げるものが、それ以外の地方ではテレビ画面を凝視する者が後を絶たなかった。


 首都アテネの南港にて、突如姿を表したイタリア軍空母のデッキ上から全身70メートル・幅15メートルはある、全身が白く筋骨隆々な男性の胴体と陰部と足しか無い謎の巨人体が、イタリア軍護衛に安全と歩行場所確保の為に囲まれて参上し、散歩でもするように中心街の暴動が最も加熱している地帯へ無人遠隔操作ながら、戦車とほぼ同じ速度で歩いていく。


 途中、多くのギリシャ人がイタリア兵に「あれはなんだ?」と通じるよう英語で聞こうとするも、帰ってくる返事は一貫して「『ウマーネ・ディストリゾーネ・アルミ』だ」というイタリア語しか返答がなく、イタリア兵は堂々とウマーネを慕っていた。


「我々はギリシャの返還リストに無いから、態々空母で呼んできたというのにな」

「それどころか、まだ新造したこいつしかギリシャには返還してないという点も追加だ」

「我が国は先立って、ギリシャに誠意を見せたのだ! 逃げやしてないぞ!」

「芸術省長官はよく偶然の連鎖を一つのアイデアに出来たな。こりゃイグ・ノーベル賞でも狙ってるな」


野次馬の中には、その人造巨人ウマーネを「イタリア軍が製造した神だ」と錯覚するものまで出る始末だったが、ほぼ現地人全員が巨人に対して「母国のギリシャ彫刻が世界的に例がない移動を行っている」とジョヴァンニの思惑通りのイメージ判別をしていた。


 そのゆっくりした歩行を手の人差し指と中指でジョヴァンニは真似しながら、ウマーネの目と言える、斬首後の胴体首先の様な首てっぺんにある、赤く光るセンサーカメラ越しに見守っていると、いよいよ暴動が見える中心街一面にたどり着く。ギリシャの人々は一部事情を知らない、若手の警察や軍人も含めてまだ皆、空を見上げていた。


「おおい、あれはなんだ? あの胴体と足とタマしか無い、ギリシャ彫刻の様な巨人は」

「アイテオ党がもたらした、ギリシャ美術工芸品・全返還運動の一貫じゃあないのか?」

「でもイタリア人軍隊が管理しているぞ、どうゆうことだ!」

「神話的に見れば、ロドス島の巨人とでも言うのか、名も知らぬ胴足巨人野郎は…」


 暫くの間、ウマーネはアテネの暴動の中心から、ウマーネの歩行で5歩分の距離を護衛イタリア軍と詰めて、自分の存在感で鎮静していた暴動を見守っていたが、やがて見飽きた市民が再び暴動化。中には、ウマーネへ火炎瓶を投げつける者までおり、いくつかの内、イタリア軍の合間を潜って一つが、ウマーネの足に当たってしまう。


 これに怒ったようにイタリア側の作戦は第二波に移り、イタリア国防省長官から第二波の指示が下ると、地面に落ちていた火炎瓶の燃えカスは、巨人の股から降り注いだ排水の滴によって、一瞬で沈静した。


 暴動に向けられたその巨人の股の放水こと【陰部型排水機・プリアポス】は暴動を起こす市民大勢に対し、消防車15台分の水内臓タンク(膀胱)と最大平均で高層ビル30階まで届く長さの放水を放てる遊撃力で、暴動集団達を一挙に滝の如く狙い流した。


 すると、その地上の放水車顔負けの無害な抑圧力に、まさか巨人ことウマーネに怒りの矛先を向けるわけにもいかず、アテネ中心の暴動の鎮圧は、予想の半分以下である10分程で静まってしまった。


 メインである中央の暴動が終われば後の周辺も弱体化、アテネ周囲大通りをウマーネが歩いて暴動周囲に高い位置からの放水を降り注ぐだけで、市民は元の散り散りした生活へ帰って行った。


「巨人になんて勝てるわけねーよ」

「滝の様なしょんべんぶつけられて、格好の悪いったらありゃしない」

「アイテオ党の党員は、イタリアに媚び売ってるんじゃないか」

「全世界のギリシャ美術品より、デカくて動けるこいつを貰えたりしたらいいよなぁ」


 このギリシャでのたった1日のある結論作戦こと、人道的破壊兵器作戦は大成功を治め、ウマーネ・ディストリゾーネ・アルミこと、新造されたベルヴェデーレのトルソの巨人は、アテネのアクロポリス宮殿に像として、人の字型にその姿を停止した。



 そしてその日の夜の内に、ギリシャ共和国・民主党員と首相、イタリア共和国・議員代表と大統領が合同で記者会見を行い、「人工筋肉で作った巨大ロボット」であることのネタ晴らしをすると共に、ジョヴァンニは提案した今作戦のキーワードである【人の肉体で人を鎮圧する=人道的破壊兵器】について解説を行った。


「暴動鎮圧の放水を陰部に、巨大さによる周囲の小人こと人間への抑圧を巨体と両足に、そしてギリシャへの無謀な『ギリシャ産美術工芸品・全返還運動』に代わるはなむけとして、ギリシャ彫刻『ベルヴェデーレのトルソ』を参考に『ウマーネ・ディストリゾーネ・アルミ』は誕生しました。話題にもなり、ギリシャアクロポリス宮殿に隣接するため、ギリシャの観光資源にも、ただギリシャ産美術工芸品を返すよりは、よっぽど商業的かつエンターテイメント的でしょう」



 こうして、人道的破壊兵器作戦は幕を閉じ、使われたウマーネはギリシャ政府へ制御装置一式含めて寄贈。ジョヴァンニがその年2020年のノーベル平和賞と、風変わりな世の中への還元者として、イグ・ノーベル平和賞を授与されることになる。


 分かりやすい同時授賞理由として、イグ・ノーベル平和賞受賞理由文が相当しており「全裸の巨人から放たれる放水尿によって、ギリシャで暴動する人々のやる気を損なわせた屈辱的平和解決と、ベルヴェデーレのトルソ返還を記載し忘れていたギリシャへ、イタリアからの平和的報復」と評されている。


 当然、今作戦のウマーネによる死傷者は0、ただしこの作戦で面食らったアイテオ党は、ギリシャ美術工芸品の奪還よりも、今回の巨人の方が合理的だったと世間に言われ、急速に支持を無くしたことで、僅か2か月後にギリシャ美術工芸品・全返還運動と共に消滅解散し、ギリシャ民主党が引き続き、イタリアが火付役となった観光資源の整備を中心とした、経済補正に乗り出す。


 この生涯に1度来るか来ないかの快挙に、ジョヴァンニはしばらく安静感を抱いていたが、視覚的な人道兵器というアイデアは、その後全世界に独り歩きしてしまう。



 2020年以降、中規模の会社の財産分あれば、低予算で人工筋肉から製造可能であることから、富裕な各国から中心に大規模な人型製造への企画が軒並み増えていく。


 それは、飛行機の誕生から普及に至るよりも早く、端末遠隔操作の人工筋肉で出来た人型の可動ロボット普及は進み、ウマーネの人道的破壊兵器という、セーフティーな存在価値は、アイテオ党の末路の様に、急速に埃被っていく。


そんな巨人ロボットの基準は、各国各々においてバラバラの安全とデザイン基準や、単に元祖を真似た、PRと非破壊鎮圧用に過ぎず、正に蛇足と呼べる、人道と兵器の概念で作られていった。


 巨人の種類も余計と考えていた、腕追加型・大統領肖像型・女性解放運動用の女体型・広告塔型・宗教用聖人型(ただし常に過度な偶像として論争が起こる)・人肌に塗ったリアル型など、肖像権や著作権さえ通過できれば、後は各団体が安易かつ好きに、解放しつつあった人工筋肉の発注と製造可動が出来ることから、混沌としたウマーネの子供達はそれぞれ、イタリアとジョヴァンニの美意識・人道的破壊兵器理念から巣立ってしまっていた。


 更には、人と同じ等身大の人工筋肉ロボットも、人工筋肉内部のモーター機関の小型化が進行しつつあるため、実現可能の見込みで研究が進んでいることから、今後より一層「人型の道具」として混沌が増していくことは容易に予想がつく。


 そしてようやく、規制する考えが国際機関で議論されそうになる直前に、立て続けに巨人の管理不足からなる事故や損害、著作権や人権侵害によるクレーム、極め付けには中東に近い諸国で偶像だと破壊されたり、テロリスト集団にPR兼用の破壊兵器として改造悪用されたりと、最早ただの人型の道具に過ぎない進化を遂げてしまう定めを突き進んでいった。



 作戦決行からおよそ5年後の2025年、70歳の誕生日を迎える年にジョヴァンニはその年初めに定年退職し、気ままな老後を過ごしているが、人工筋肉の巨人で世界のどこかで、特に大規模な事件事故が起こる度に、彼はヴァチカン市国の博物館にて、あの彫刻「ベルヴェデーレのトルソ」と出会っている。


 それは、個性を無くし非偶像でありつつも、胴体と足太腿を残した最低限の人体としての美意識で進化を止めて活躍させた、このトルソの化身が、他の人々からの触発よって俗な進化を遂げてしまった事への問いと、この彫刻に見出したアイデアの原点へ振り返るためと言えるような行動の美術館賞だった。


「無機質な機械や兵器に対し、生に満ちた美的な人体の美しさを込めるというのは、やはり俗な事なのだろうか。否、我々が人体という構成でこの地球で生き続ける限り、この問いから外れることはあり得ないだろう」


 一方のギリシャでは、アクロポリスにそびえ立つウマーネに続いて、現在もフランス・ルーブル美術館にあるギリシャ産の彫刻【サモトラケのニケ】を返還出来ない代わりに、巨人で代用する人道的巨人として観光とパフォーマンス用に製造しようという、運動が起こっていた。


 サモトラケのニケもまた、ベルヴェデーレのトルソと似た風貌の古代ギリシャの彫刻像で、羽衣を着た女神の胴体と足と羽しか残っていないも、神秘的なフォルムの印象から絶大な支持を得ている存在として、古代美術界に君臨している。


 それに対し、また俗物が生じると一度は気にかけるジョヴァンニだったが、このケースはそれまでと違い「ギリシャ政府版・ニューディール政策」として、選別はあれど大勢の無職の若い国民青年を雇用にし、計画から製造、運用まで仕事と意見を述べられるという、新しい制度でのスタートだった。


 そこでは、あのジョヴァンニとイタリアが5年前に掲げた「人道的破壊兵器」の理念も議論され、他国に手本となるよう「巨人誕生の地」として率先し活動するのだという。


 それを新聞で知ったジョヴァンニ。一番管理運用を心配していた土地が自立するであろう瞬間を知れた今日の彼の心境には、いつもの様にベルヴェデーレのトルソが浮かび上がってくることはなかった。



 その日もいつも通り、ヴァチカン市国博物館で展示存在するトルソ。それは何者でもないのだから、ジョヴァンニにとっては解放か忘れられた方が、むしろ重荷が外れるだけであるため、良い傾向なのかも知れない。(了)

 

如何でしたでしょうか?

アイデアのために外国にしなければならない前提で書いたため

大変ではありましたが、それ故に変わった題材になったと思います。

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[気になる点] 少々疑問に思った部分について、それぞれ >同性催涙用 催すのは涙ではなく淫らな気分かと >水内臓タンク 内臓も言えて妙、というやつかもしれませんが内蔵かな、と >死傷者ゼロ 水圧…
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