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第四話 ~ウタのチカラ~

後ろにいた男、片桐大河は怪しい笑顔を浮かべていた。


「雫に関わるな。お前のせいで世界が崩れる。」


片桐は僕の横を通り過ぎて雫の傍に歩んでいった。


「光は影と共存している。雫は光で、僕は影。君の入る隙間なんかどこにもない。雫を救いたいと願っても、君じゃ無理なんだ。雫は死ぬまで歌い続ける。この場所で、永遠に世界の唄を歌うんだ。」


僕はその言葉に苛立ちを覚えた。


「雫はあんたの道具じゃない…。確かに雫の唄は世界を幸せにしてくれる。でも、あんたは雫の唄の意味を考えたことがあるのか?」


僕はできる限りの憎しみの籠った眼で片桐を睨んだ。


「雫の唄の意味?世界を幸せにする唄だろう?」


片桐は当り前じゃないかとでもいうような顔をした。


「わかってない…。雫の唄は、世界を幸せにするだけじゃない。雫は世界を繋ぐ希望の唄を歌っているんだ。みんなが繋がる歌なんだ。」


多分僕が雫の為に言えるのはこれくらいなんだろう。


「みんなが繋がる?繋がる必要なんかない。この星が通常通り回って、太陽に恵まれればそれでいいんだ。」


「あんたは間違ってるっ!」


僕は大声を張り上げた。


僕の声は風の力を借りて、大きくなった。


「雫はモノじゃない!人間だ!悲しくても幸せの唄を歌わなくちゃいけない辛さがあんたにわかるのかよ!」


「わからないね。雫の感情なんてどうでもいい。すべて、地球のため。」


鼻で笑う片桐に怒りを覚えた。


握りしめた拳がわなわなと震える。


雫に謝れ!


そう思ったとたん、雫が小さく口を開いた。


「影と光に必要なのはそれを生み出すモノ。中心となるものが必要なの。私は、槻くんだと思うの。」


ゆっくりと、確かに雫はそう言った。


「雫!?何を言っているんだ。」


片桐が雫の両肩をぎゅっと掴んだ。


味方だと思い込んでいた雫の思いがけない言葉に驚きが隠せないようだ。


「中心は槻くんだといったんです。」


雫の瞳は曇りがない、意志がはっきりしたものだった。


「世界は、僕と雫で成り立っている。風間槻は無関係だ。」


片桐のその言葉を受けた雫は目を片桐から逸らさずに首を微かに横に振った。


「いいえ、私は槻くんと歌ってから、世界に歌うことの楽しさを知りました。両親を亡くして、世界に唄を歌う光の存在に目覚めた私は悲しさ、辛さ、寂しさを歌に乗せてごまかしていたんです。しかし、槻くんが教えてくれました。楽しい唄を歌うと楽しい気持ちになるって。その時初めて歌う楽しさを知りました。大河さんといる時には知ることのなかったものです。」


僕はきっと雫には勝てないだろう。


自分の言いたいことははっきり言うし、意志に揺らぎはない。


「雫…お前はただ何も考えずに歌い続ければいい。」


冷たく言い捨てた片桐が一歩、雫から離れた。


片桐は雫を見た後に、僕の方を向いた。


漆黒の瞳は闇のように計り知れない深さを感じさせた。


「…何だよ…。」


僕は片桐の目に引き込まれないように自分を保つ為に強く唇を噛み締める。


「雫を救いたいと願うなら、金輪際、雫に関わるな。」


片桐は僕の横を通り過ぎる時にそう吐き捨てた。


振り返るとそこにはすでに姿はなかった。


「え…?」


振り向いてもドアしかない。


屋上には僕と雫、二人だけになった。


「槻くん。私、槻くんに会えて唄の楽しさを知った。ありがとう。」


雫はゆっくり僕に歩み寄って、ギュッと抱きついた。


しかし、雫は抱きついてきたはずなのに、温もりを感じなかった。


前のようにきれいなのに、熱を感じない。


「これが今の私。揺らぎで自分自身を保つことが難しくなってるの。」


寂しそうなその声は妙に心を伝った。


「揺らぎは私を不安定にする。でも、私は今の状態に後悔はないの。槻くんと会えたし、唄の楽しみを感じることが出来た。」


「雫…。」


今会話を終わらせてしまうと雫が消えてしまうような気がした。


「ありがと…、槻くん。」


そうつぶやいた雫は僕の腕の中から煙のように消えた。


温もりも、感触も、何もない。


「雫…?」


雫の姿を探し、周りを見渡すが、雫の姿は無く、ただ虚しさが残るだけだった。


「消えた言葉は、もう戻らないのでしょうか…。君との思い出を辿っても時間は戻らない…。知っていても探してしまう。君の面影を…、もう一度だけ…。」


僕に、雫がうつってしまったようだ。


何かしら、感情や気持ちが唄となって口から溢れ出す。


今の今まで僕の腕の中にいたはずなのに…。





教室へ向かう僕の足取りは重い。


僕が雫の為に出来ることは、雫に関わらない事。


片桐の言った言葉を頭の中で繰り返す。


授業は相変わらず、上の空。


虚ろな目で屋上を眺めても、心に穴が開いたように空しさだけが募った。


岡崎がそんな僕に心配そうに声をかける。


「風間くん、大丈夫?」


「う…ん。」


曖昧な返事を返すだけで、意識は体には無かった。


目線はずっと屋上に向いたままで、動かない。


未練か…?


自分自身の問い掛けでさえ自傷だ。


『今日がまた終わる、明日が始まる。すべての季節は巡り行く。君の面影は今はどこにもないけど、いつかまた会えるよね…。』


初めて聞いた雫の唄が体中に響き渡る。


「雫…。」


雫が幸せになるために、救われる為に、僕は二度と屋上には行ってはいけない。


雫の名を呼んではいけない。


頭ではわかってる。


雫の抱える使命は僕には理解できないほど大きくて、どうしようもないことくらい。


もう、そばにいられないのなら、せめて、雫の唄を聞いていたい。


届かないとしても、雫に向けて歌を歌いたい。


『君がいてくれたから、僕はここに立っている。いつか僕が君に歌うよ。永遠の証の唄を。』


『私の気持ちにあなたは気づかない。いくら声を張り上げても君に伝わらないのでしょう。私の思いは空を切り、地に落ちてしまう。その思いたちを拾い集めよう。いつか君に届けに行くために。』


一曲一曲、明細に覚えている。


雫の声の高さや、リズム、響き。


『世界は暗闇に包まれていく。光さえも飲みこんで、拡大していく。そう、明日を夢見る事さえも知らぬままに。』


片桐の歌った闇の唄でさえも、耳にこびりつき、離れない。


『広がる光の波。いつか世界中を包むだろう。僕らは歩いて行くんだ。何が待っているかわからない道の先も、二人なら恐くない。』


二人で歌った未来の唄。


『いつかこの想いが君に届けばいいのにな…。僕が君を想う気持ちは嘘じゃない…。重なり合った手の温もりは、僕を僕にしてくれた…。君は僕のヒカリ…。会えなくても、想いが伝わってくれたらいい…。僕は、君が好きで、好きで…。会いたい…。』


そして、僕が君に歌った唄。


いつかまた、君に歌えるように。


また会える、また笑える、また話せる、また歌える。


そう信じて、僕は、今、窓ガラスの向こう側を眺めるよ。

来週のこの時間に最終話を更新しますので、ご覧ください!

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