第三話 〜ヒカリのソンザイ〜
僕は一時間目が終わった後に教室へ帰った。
「槻、何したんだよ。」
教室に帰ると、予想通りに友達が問い詰めてきた。
「何もしてね。」
対応が面倒くさくて、短く返事をして机に伏せる。
屋上にいる時も、教室に帰ってくる時も、ずっと雫の事が頭から離れなかった。
雫の使命って何?
その問い掛けだけが頭を支配していた。
「僕にはわからないことなのかな…。」
ぼそっと言った言葉を隣の岡崎に聞かれていたらしい。
「風間くんでもわからないことってあるんだ。」
「そりゃあるよ。僕は万能な人間じゃないしね。彼女の背負ってるものがわからないんだ…。」
関係のない岡崎に何を言っているんだと自分に言う。
雫の事を知らないって言った岡崎にはわかんないだろうし。
「あ、忘れてもいいから…、独り言に近いし…。」
慌てて言い付け加えると、岡崎はクスッと笑った。
「その人のこと好きなんだね。」
「え…?」
岡崎の言葉がどういう意味を持っているのかわからなかった。
「そこまでその人のことを考えてるじゃない。」
にこっと笑う岡崎。
「好きとか、そんなんじゃなくて…。」
雫の事は昨日知ったくらいで、少しの時間屋上で話したってだけで、好きとかそんなんじゃないと思うし…。
「…助けたい…。」
それは間違いなく、僕の本心だろう。
迷いなんてない。
ただ、雫を縛り付けているものから解放してあげたい。
「それ、好きってことなんじゃない?その人のために力になりたいって思うのは恥ずかしいことじゃないし。それっていいことなんだよ。」
岡崎は笑ったまま、席に戻って行った。
好き…。
雫が…。
「好き…。」
雫の唄に僕は心を奪われた。
空間に漂うだけじゃなくて、しっかり心の奥まで届く声。
「いつかこの想いが君に届けばいいのにな…。僕が君を想う気持ちは嘘じゃない…。重なり合った手の温もりは、僕を僕にしてくれた…。君は僕のヒカリ…。会えなくても、想いが伝わってくれたらいい…。僕は、君が好きで、好きで…。会いたい…。」
僕は小さな声で窓の外に向かって歌った。
屋上にはいない、雫に届くようにって。
僕は君が好きだったみたいだ…。
初めて話せた昨日が幸せだったんだ…。
「私の気持ちにあなたは気づかない。いくら声を張り上げても君に伝わらないのでしょう。私の思いは空を切り、地に落ちてしまう。その思いたちを拾い集めよう。いつか君に届けに行くために。」
澄んだ声。
心が落ち着くようなこの感じ…。
僕は勢いよく立ち上がり、窓の外を見た。
「雫!」
いつもと同じ場所に立つのは、僕が会いたかった、“坂上雫”その人だった。
「こら、風間!授業中だ!」
先生の声なんか聞こえない。
今、僕の耳に、体に、心に聞こえているのは雫の唄のみ。
僕は教室を走って飛び出した。
「槻!?」
友達の呼ぶ声にも振り返らずひたすらに屋上を目指して走った。
廊下を走っていても、階段を駆け上っていても、雫の声が聞こえる。
「雫!」
屋上のドアを開けると、長い髪を靡かせた雫がいた。
音に気付いたのかゆっくり振り返ったのは頬に涙の跡を残している。
「槻…くん…。」
雫は手の甲で涙の跡を擦り取った。
「この時間に来てくれるなんて思ってなかったから驚いたわ。」
雫は僕に微笑んだ。
しかし、その顔は僕にとって無理に引き攣っているように見える。
「雫…。」
「今日も来てくれて嬉しいわ、槻くん。」
雫は涙の事を触れないように違う話題に変えようとしている。
「今日の唄は世界のどこに繋がってるの?」
「今日の唄…?」
雫は少し首をかしげた。
「さっき聞こえた唄はどういう唄なの?」
「これ…?」
胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ雫の口から揺れる旋律とリズムに乗ってコトバが舞い上がる。
「私の気持ちにあなたは気づかない。いくら声を張り上げても君に伝わらないのでしょう。私の思いは空を切り、地に落ちてしまう。その思いたちを拾い集めよう。いつか君に届けに行くために。」
さっきと同じ歌が僕の耳に入ってくる。
直球に胸に突き刺さるコトバ。
「この唄は、世界に歌ったんじゃないの…。」
「え…?」
今回の雫は寂しそうないつもの雫の顔じゃなくて。
痛みを乗り越えたような顔。
「ゆっくりとした唄が聞こえたから、その唄に似た想いの唄を歌ったの。」
ゆっくりした唄…?
僕は目を閉じて、静かに息を吐き、旋律を奏でる。
「いつかこの想いが君に届けばいいのにな…。僕が君を想う気持ちは嘘じゃない…。重なり合った手の温もりは、僕を僕にしてくれた…。君は僕のヒカリ…。会えなくても、想いが伝わってくれたらいい…。僕は、君が好きで、好きで…。会いたい…。」
僕の声は空を舞う。
雫に届いたかどうかはわからなかったけど、精一杯歌った。
「やっぱり、槻くんだったんだ…。」
「うん…。」
呟き程度でしか歌わなかったものが、雫の耳には届いていた。
「雫…、君の使命って何?」
そう言った瞬間、強い風が吹いた。
少しの間の無言に前言撤回しようとした時、
「…光の存在…。」
呟いた小さな雫の声は風に乗って飛んで行った。
くるりと、雫が僕から顔を背けた。
「私は自分の世界の見える場所から一日一つの唄を歌う。それがどんな感情を持っている時であったとしても、私は歌い続けないといけない。世界中に幸せを届けないといけないので、光の唄を歌う。」
僕の方を向き直した雫は真顔だった。
初めて見る雫の表情。
雫の指名が自分自身をこんなにも締め付けていたんだ。
「私、槻くんと会えて本当に良かった。」
僕にとって突然のその雫の言葉は“サヨナラ”と言っているように聞こえた。
「雫…?」
「私は光の存在。私が消えるということは、世界が崩れるということ。」
僕は雫の言っていることがすぐに理解出来なかった。
雫が僕にサヨナラということと、世界が崩れることと何が関係しているのだろうか。
「雫…?何言って…。」
「君が触れてしまって、雫に揺らぎが生じた。そういったはずだろう?風間槻くん。」
後ろからの声に驚き、体がびくっとなった。
人の気配なんか感じなかった。
「雫に関わるなと言っているんだ。」
その声はとても冷たかった。
振り向くと、目を見開いた。
声の主は、この学校の生徒会長、片桐大河だった。
来週のこの時間に投稿するので、ご覧ください!