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第二話 ~チキュウのウタ~

次の日、僕はいつもより早く教室に来ていた。


いつも遅刻ギリギリの僕が一番に教室にいるのはクラスメートにとって不思議でたまらないらしい。


「槻、何かあったのか?」


風邪か、病気か、と聞いてくる友達。


イから大あらしが来るとか言ってるやつらもいる。


心配してくれているんだろうが、その言葉に少し腹が立つ。


「大丈夫。」


たった一言で返す。


そういえば、雫のクラスを聞くのを忘れていた。


近くにいた、岡崎という女子に声をかけた。


「ねぇ、この学年に、坂上雫って子いるだろ?その子のクラスって何組かわかる?」


基本一人でボーっとしていることが多い、僕が話しかけてきたことに驚いているんだろう。


「え、坂上雫?聞いたことないなぁ…。」


岡崎は眉間にしわを寄せて考えている。


「知らないならいいんだ。」


僕は、「ごめんな。」と小さく言った。


雫は今、どこにいるんだろう。


ふと窓の外を見ると、いつも雫がいる場所に、男子生徒が立っていた。


(誰だろう…?)


見たことのない横顔で、不思議と見つめてしまった。


相手はこっちに気付いたのか、僕と目が合った。


目を逸らそうとしても、顔が動かない。


男子生徒の瞳は吸い込まれそうなほどに漆黒で。


かなり離れていたこの教室の窓越しでもはっきり見えた。


僕が正気に戻ったのはチャイムの音だった。


先生が僕の名前を呼ぶ。


はっとして先生を見る。


「もう授業始まってるんだぞ。」


「あ、はい。すいません。」



僕はちらっと窓の外を見る。


そこにはもう、男子生徒の姿はなかった。


「何だったんだ…。」


忘れることにしてシャーペンを握る。


その時、教室のスピーカーから声が聞こえた。


『一年、風間槻。一年、風間槻。至急、生徒会室に来い。』


いきなりの呼び出しで僕は驚いてスピーカーを見つめた。


「あ、あの…。」


どうすれば、と先生に目で訴えると、行けと目で言い返してきた。


少しざわついていた教室を出ると、廊下は対照的に静寂に包まれていた。


僕の足音しかしない廊下を歩き、生徒会室に向かった。


生徒会室の場所はいつも雫が立っている屋上のある校舎の二階。


渡り廊下からグラウンドで体育をしているのが見える。


何かしたかな、と妙に大きく鳴り響く心拍音を両手で押さえこむ。


生徒会室の前まで来ると、大きく深呼吸。


コンコンとノックをして「失礼します。」と言い、生徒会室のドアを開ける。


そこにいたのはさっき屋上にいた男子生徒だった。


窓越しに見たあの漆黒の瞳と同じ。


「さっきはどうも。」


男子生徒の声は低く、しかし確実に響き渡り体に染み込む。


「まぁ、座りなよ。」


「あの、何でしょうか。」


示された椅子に座ると、ティーカップに入った紅茶が出てきた。


湯気が立っており、初夏には熱いなと心の中で呟く。


彼は僕の前に机を挟んで座った。


生徒会室に呼び出したということは、生徒会の人間なんだろうと簡単に予想はついた。


でも、僕は生徒会に注意されるようなことはやってない。


「坂上雫…。」


彼はぼそっと雫の名前を呟いた。


「何で、雫ですか…。」


不意打ちのように彼の口から雫の名前が出てきて、勢いよく椅子から立ち上がる。


「君は、坂上雫の何を知っているんだ?」


彼は机に両肘をつき、指をからめその上に顎を載せて僕を見上げてきた。


冷たい。


そういうのが当てはまる表情だった。


僕は黙ったまま彼を見た。


「あ、自己紹介、まだだったね。俺は片桐大河。生徒会長だ。」


彼は先程の顔と真逆のふわりと優しい笑顔で笑った。


「まぁ、座りなよ。早く飲まないと冷たくなるよ。」


彼に言われるまま、僕はゆっくり椅子に腰をかけた。


「で、本題に戻るけど君は雫の何を知ってるの?」


上辺だけの笑顔の彼の目は一切笑っていなかった。


「何って…。」


彼の問い掛けに僕はすぐに答える事はできず、頭の中で言葉を巡らせた。


僕は雫の何を知っている?


屋上で歌っていること?


歌いながら寂しそうな顔をしていること?


それだけ?


「雫が唄を歌っているのは知ってるよね。雫の唄は世界の唄。」


彼の顔は自然な物になっていく。


僕は彼こそ雫の何を知っているのかと思った。


「じゃあ、あなたは何を知っているんです…。」


気が付いたら口からそう漏れていた。


「え?」


「あなたは、雫の何を知っているというんです。雫が世界に繋がる希望の唄を歌っているときの表情をあなたは見たことがあるんですか!」


僕だけが知ってる雫の寂しそうな顔。


「表情…?」


彼は何のことを言っているというような顔をしている。


「雫がどんな思いで世界に繋がる希望の唄を歌っていると思ってるんですか。あなたに…、雫の気持ちがわかる訳ないんだ!」


流れ出した言葉は止まらなかった。


何で僕はこんなにも感情が溢れ出てるんだろう…。


「君にそんなこと言われる筋合いないね…。」


ガタっと音がして見上げてみると、彼は鋭い目で僕を見降ろしていた。


「雫は使命を全うしているとだけだ。だから気持ちなんか関係ない。どんな感情を持っていたとしても、雫自身ではどうもできないんだ。君が触れてしまって、雫に揺らぎが生じた。どうしてくれる。世界の光に波紋が広がって、闇にのみ込まれていくぞ。」


僕は彼が何の事を言っているのかわからなかった。


「世界は暗闇に包まれていく。光さえも飲みこんで、拡大していく。そう、明日を夢見る事さえも知らぬままに。」


彼は大きく息を吸い込み、静かなる旋律にコトバを乗せて歌った。


その歌は雫の歌とは対照的で、心が真っ黒に染まっていく気がした。


机の下で握りしめた両手にあふれ出す恐怖。


背筋には鳥肌が立ち、一気に雫の声が聞きたくなった。


「雫…。」


名を呟いたが、僕はここでこの人に負けられないと自分自身に活を入れる。


雫を利用することしか考えられない人に負けていい訳が無い。


「広がる光の波。いつか世界中を包むだろう。僕らは歩いて行くんだ。何が待っているかわからない道の先も、二人なら恐くない。」


僕は雫の為にも歌おうと思った。


繋いだ雫の手から伝わってきた旋律とコトバ。


これは雫自身なんだ。


「僕は負けない…。雫の為にも、僕自身の為にも、負ける訳にはいかないんだ。雫の事を考えないあんたなんかには絶対に負けない。」


僕は椅子から立ち上がって、生徒会室のドアを勢い任せで開き、出て行った。


あの人に対抗するために必死に紡いだ唄。


短いあの唄だけが僕と雫を結んでくれていた。


雫が僕を助けてくれた。


単なる思い込みかもしれないが、お礼に僕が雫に歌おう。


雫が世界の為に歌う唄を今度は僕が雫に歌おう。


僕のすべてを唄にして、雫に送ろう。


生徒会室から出た僕の足は教室じゃなくて、自然と初めて雫と話したあの屋上へと向かっていた。


雫がいるとも限らない。


でも、僕は屋上に行けば会えるような気がしていた。


少しの期待を胸に屋上のドアを開けた。


しかし、期待とは裏腹に雫の姿はなかった。


僕は手すりに背を預け座り込み、空を見上げた。


微かな雲の浮かぶ青空。


僕はすぅっと息を吸い込み、やわらかく歌いだした。


「今日も会える、きっと君に。だから僕はこうしてこの世界の中に生きている。きっと巡り合えると信じているから。今は会えなくても、きっとまた会える。すべてを包みこむ光が君を見つけるから。」


自然と口から出てきたコトバが宙に舞う。


雫がいた時にはなかった、空間の静寂。


「…。」


急に寂しくなって、唇を噛んだ。


『君は、坂上雫の何を知っているんだ?』


今となってあの人の言葉が胸に突き刺さる。


「僕は…、雫の何を知ってるんだろう…。」


僕は静かに目を閉じた。


瞳の裏には雫の笑った顔が浮かんで見えた。


雫の抱えるものは何なんだろうか…。


僕が知らなくて、あいつが知っていることってなんだろうか…。


僕にわかるわけがなかった。

来週もこの時間に投稿しますので、ご覧ください!

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