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魔法使いの花嫁




 もうこの大鍋で、竜の為の食事を用意する事もないのかと思うと、マルテンはやるせない気分になる。


 竜─シルベリオン─は晩年はもうすっかり食欲も失せて、牛の骨を煮込んだスープや葡萄酒を少し飲む程度だった。


 『若い頃は牛の十頭など軽く平らげたものだ』そんな自慢をした時もあった。


 希代の悪竜と恐れられていた頃の事はマルテンは知らない。マルテンにとって、シルベリオンは慈悲深く、思慮深い祖父のような存在だった。


 『竜の血は不老不死ではない。ただ、時間の流れが竜と同じ……もしくはそれに近くなるだけだ』


 確かにマルテンも、ゆっくりとだが歳は取っている。

 背も少し延びた。百年に三〜五歳程づつ成長しているらしい。今の見た目は十三〜四歳の少年だ。


 「じゃあ、私はいつか死ねるのかな……」


 孤独に押し潰されそうになりながら呟いてみるが老竜の返事はない。

 彼は今、洞窟の一番奥で 愛する妻と子供の骨に囲まれて、永遠の眠りについている。


 竜の時間を生きる者にとって、一番の敵は【孤独】だ。


 シルベリオンはこの事を誰よりも感じていたのだろう。彼はマルテンを村に通うように勧めた。  己れの血をほんの少し多くのませてしまった為に、竜の時間を生きなければいけないこの子供に、人間らしさまで失って欲しくはなかったからだ。


 彼はふと、シルベリオンが死んでから、もう長いこと村に降りて行っていない事に気付いた。


 人に会う気分では無かったのも確かだし、竜の時間を生きるマルテンにとって、食べ物もあまり必要ではなかったから。

 しかしふと、村に降りたいと思った。

 何をするでもなく、自分は人間だと確認する為に。





 マルテンは調合した薬草を持って村を訪ねた。


 村人たちはいつも、病気やケガの治療をしたり作物の栽培の知識を教える物識りな…この子供の魔法使いを「竜の守り人様」と崇め、マルテンが何かする度に食べ物や衣類、時には金子などを寄越したのだった。


 「ああ…!守り人様…お待ちしておりました!」


 一人の見知らぬ老女が、彼を嬉しそうに出迎えた。


 ─小さいマクダレーネの家のお祖母さんに似てるが…誰だったろう?─


 暫く考えこんでいると、老女はこう言った。


 「お忘れですか…?小さいマクダレーネですよ。あの頃はよく熱を出していたので、その度に助けて頂きました」


 マルテンは絶句した。

 ─私はシルベリオンが死んでから何十年も、あの山に籠っていたのか…?─


 それでも、老女は嬉しそうに村の老人達を集めた。


 牛飼いの腕白坊主

 粉挽きの末っ子

 木こりの泣き虫小僧

 やはり皆、老人になっていたが……。


 老人達は、マルテンを囲んで小さい頃の思い出話をし、それぞれの持病に効く薬を受け取り、たくさんのお礼の品を渡すと


 「マルテン様、どうか私達が生きている間にまたいらしてくださいね」


 と、見送った。






 幸い、帰りはマクダレーネがロバを貸してくれたので沢山の荷物が有っても楽だった。


 『オレを返す為に、何がなんでも近いうちに村へ戻らにゃならんだろ?へへっ』

 

 うっかり、退屈しのぎに術を使ったら、そんな事を言ってロバが笑うので、慌てて術を解いた。

 「人に飼われている動物と言うのは…どうも人間じみた事を言うので苦手だ」


 そう呟くと、ロバは不服そうに鼻を鳴らした。

 

 しかし、山へ続く迷いの森に入ると、ロバの様子がおかしくなったので、また術をつかう羽目になった。


 「どうしたんだ?」


 『何かいる!』


 「何処に?」


 『あの茂みの向こうに死にそうな人間がいる!』


 マルテンはロバから降りると、茂みの向こうを覗き込んだ。


 確かに、死にそうな人間がそこに居た。





 「ここはどこ?」


 森から拾った人間はとても衰弱していたが、幸い死に至るケガも病気も無い。

 良くみると、十二〜十三歳ぐらいの少女だ。


 「私の家だ、君は倒れていたんだよ。私はマルテンだ」


 「マルテン?」


 少女は痩せた手を差し出し、何かを探る仕種をした。


 大きく見開いた緑の瞳は何も捉えてはいない。マルテンは、この少女が盲ていることにやっと気が付いた。


 「私……捨てられたの……目の見えない子供なんていらないって捨てられたの!」


 少女は泣いた。

 この痩せた身体の何処にこんなに涙が溜まっていたのだろうと思えるくらい泣いた。


 



 マルテンは少女に薬草を飲ませたり、食べ物を与えたりしたが、彼女の心は沈んだままだった。

 「どうせ元気になったって行く所なんてないわよ」


 視点は無いが荒んだ目でそう言い放つ。


 マルテンもさすがに心身共に疲れて、気晴らしにロバとでも話そうと術をかけた。が、人語が話せる様になったロバは開口一番、とんでもない事を言った。


 『嫁にしちまえよ!そしたらあの子も居場所が出来るし、お前も寂しくないだろう?』


 ……またもや、慌てて術を解いた。





 「目の見えない女の子?さあ…この村には居ないはずですねぇ」


 ロバを返しに行くついでに、あの少女の素性を訊いたがマクダレーネの村の者ではないらしい。

 「とても遠い場所から連れて来られたんじゃないですかね?貧しい村では良くある事らしいですよ、口減らしって言うんですか?可哀想に……」


 

 しかも、そんなやりとりを聞いていた牛飼いの腕白坊主だった爺さんがこんな事を言う。


 「守り人様!丁度良いじゃないですか、嫁にしちまえばいい!」


 ……傍らであのロバが、声も出さずに笑っていた。






 帰ると、あの少女が泣きながら手探りで洞窟から出て来ていた。


 「危ないじゃないか!」


 マルテンは驚き、すぐに少女の元へ走り寄ると、マルテンの居場所を探り当てた少女の方から、倒れ込むように抱きついて来た。


 「なんでいなくなっちゃうのよ!」


 「えっ?」


 少女はマルテンの服に涙をなすりつけながらしゃくり上げる。


 「寂しかったんだから!」


 彼は数百年生きて来たにも関わらず、どうして良いか解らない感情に囚われた。


 「そう言えば、まだ名前を訊いて無かったな」


 「……ヒ……ルダ」


 ヒルダの頭を自分の懐に押し付けその栗色の髪を撫でながら、こう言った。


 「一緒に暮らすかい?とりあえず、君がお婆さんになって死ぬまでは、一緒に居る事を約束しよう」


 マルテンは自分の胸の中で、ヒルダが小さく頷くのを感じた。









ENDE



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