騎士と盗賊
†
─王に献上する予定だった剣が、盗賊に奪われた─
城下街の酒場で涙ながらに訴えるのは、ドワーフの職人達だ。
「オラ達の自信作だったんです」
「由緒ある伝説の剣を打ち直して、柄や装飾も綺麗に修復して…」
「騎士様!どうかあの盗賊をやっつけて剣を取り返して下せぇ!」
騎士様と呼ばれた男は けだるそうに顔を上げる。
「別に、王に約束していた訳でもなかろう、ヴェロア王は戦いを好まぬゆえ武器には興味が無い」
ドワーフは、単に自分達の技術を誉めて欲しいだけなのだ。ドワーフ族は昔から、武器・防具を造る事に関して天才的な技術を発揮して来たし、その原料となる鉱石を探し当てるのも上手い。
だが、このところ戦もなく武器や防具も需要が激減した。仕方なく、装飾品などを作って生計を立てているらしい。
「ですが…騎士様」
赤い髭を蓄えたドワーフが言った。
「あの剣は元々、ヴェロア王家の物です。ひょんな事からオラ達の手に入り、ヴェロア王家にお返しする為に、打ち直したんです」
「王家の物……?」
騎士の、今にも眠ってしまいそうな、虚ろな目が少し開いた。
「もっとも、最初は錆と刃零れが酷くて、さすがのオラ達も判らなかったんですがねえ。やはり、名剣とは言え、何百年も経つと」
ドワーフ達の目利きは確かだ。
剣の破片を見ただけで、誰の、なんと言う剣か言い当てる。
騎士は、心臓が高鳴るのを覚えた。
「その剣の銘は…!」
今まで酔いつぶれる寸前で、頼りなげな声しか発しなかった騎士が、突然大声を出したので、ドワーフ達は驚いた。
先程の赤い髭のドワーフが呪文を唱えるかのように、その剣の銘と名を口にした。
「銘はオイゲン。剣の名はディアマンティス」
……と。
─ディアマンティス―
その昔、ヴェロアの王子が竜を退治する為に武器職人に作らせたと言う伝説の剣だ。しかし、竜を倒した後、剣の行方は判らなくなり、王子自身も王位を継いで何年か後に行方をくらました。
「剣は取り返してやる」
騎士は、初めてドワーフ達と目を合わせて話した。
「本当ですか?騎士様!」
ドワーフ達は喜んだ……が。
「ディアマンティスは呪われた剣だ、先ず私が何年か使用し、何の障りも無いようだったら王にお渡ししよう」
ドワーフ達は、心に何か引っ掛かるものを感じながらも、騎士に全てを託し、酒場を出て言った。
帰路に着く道すがら
ドワーフ達は不安を口にせずにはいられなかった。
「あの騎士で良かったんだろうか…?」
「若いのに飲んだくれみたいだったしな…」
「なんだか、あの騎士は盗賊より悪党に見えるが気のせいだろうか?」
そんな事を口々に言うドワーフ達を赤髭のドワーフがたしなめる。
「しっ!そんな事いっちゃなんねえ!あの方の腕は確かだ。ただ……」
彼も何か思う所があるらしく、言いよどんだ。
「ただ……?」
「いや、何でもない。」
彼らの不安を助長するかのように、遠くで狼のもの悲しい遠吠えがいつまでも響いていた。
その頃、盗賊のアジトでは盗賊の長、ゲバルトが剣の試し振りをしていた。
「うん、こりゃ丁度いい」
余程手に馴染んだのか、ひどく上機嫌だ。
手下達が「やはり、おかしら程の剣豪だと、そのくらいの重量と長さがないともの足りないでしょう?」
などと言うので、ゲバルトはますます上機嫌になる。
「しかし、こんなデカイ剣、誰にとどける気だったんスかねぇ?あのドワーフ達は」
手下の一人が誰に訊くでもなく口にする。
すると、どう見ても盗賊と言うよりは修道士と言った風情の長身痩躯の青年が答えた。
「城にでも持って行く気だったのでしょう。この剣は何か曰く付きの物を打ち直した様ですし」
それを聞いてゲバルトは、腹に響くような大声で笑った。
「曰く付きか!そりゃまさに俺にぴったりだ!」
修道士然とした青年は、剣を受け取ると消え入りそうに小さな文字で彫ってある銘を見つめ、少し険しい表情をしたが。
†
次の日、騎士は盗賊が頻繁に出没すると言う街道にいた。
馬の歩みを遅くし、盗賊の出るのを待っていたが、なかなか出る気配が無い。
「ちっ、出て欲しいと思っていると出ないものだな」
毒づいた途端、前方に人影があるのに気付いた。
長い髪に、長いローブ。
女性だ。しかも、なかなかの美女。
「こんな所で馬にも乗らずに!」
騎士は女性に近いてこう言った。
「もし、お嬢さん。こんな所で如何なされた?」
女性は潤んだ瞳で騎士を見詰める。
何か言いたげな風情が気になり、思わず馬から降りると……
「かかったな!?」
たおやかな美女は一瞬にして筋肉隆々の大男に変わり、剣を抜いた。
騎士は訳が解らず、ただ剣を躱す事しか出来ない。
しかも、いつの間にか、周りを盗賊達に囲まれている。
「金目の物を置いて行けば命ばかりは助けてやる」
さっきまで美女だった大男は盗賊の常套句を吐いた。
「お前達がドワーフから奪ったディアマンティスを返せ」
騎士はやっとの思いでそれだけ言う。
「ディアマンティス?あのデカい剣か?」
男の剣が一瞬だけ止まった。
隙を見いだした騎士は一気に剣を男に突き刺した……
……筈だったが……
何の手応えも無く、そのまま地面に倒れこんだ。
またもや訳が解らず、呆然としていると、
「どうだ?貴様が探しているディアマンティスと剣を交えた気分は?」
そう云うと、自分の剣を騎士の鼻先の地面に突き刺す。
大男が振るっていたものだから、さほど大きな剣に見えなかったが、目前にすると、かなりの刃渡りだ。
「おのれ…盗賊ふぜいが愚弄しおって…」
自尊心を打ち砕かれた騎士は、怨みがましい目で辺りを見回した。
盗賊の頭とおぼしき大男と手下数人が薄ら笑いを浮かべて騎士を見下ろしている。
その中の、修道士のような痩せた青年が歩みよる。
「これは失礼致した。私は魔法使いのマルテン、若い騎士殿には刺激が強すぎたようで…」
騎士はやっと合点が行った。
美女が大男に変わったり、突然消えたり、魔法と言うものを初めて目の当たりにしたのだ。
「おかしら!金目の物は見当たらりませんが、これはいい馬ですぜ!」
手下の一人が、騎士の馬の手綱を持っている。
「ふん、じゃあその馬で勘弁してやるか」
騎士は、馬を取り返そうとしたが、体が動かない。
「置き土産に、呪縛の魔法をかけておきますよ。時が経てば解けるので、ご心配なく」
盗賊達が立ち去るのを、騎士は、変に不自然な姿勢のまま見送る事となった。
†
この一部始終を、隠れて見ていた者があった。 あのドワーフ達だ。
「親方……騎士様がやられちゃいましただ」
親方と呼ばれた赤鬚のドワーフは、溜め息をつきながら
「剣は持ち主を選ぶのだ。特に、あんな曰く付きの剣は」
そう呟いた。
「まさか!ディアマンティスは王様でも騎士様でも無く、あの盗賊を持ち主に選んだって事だか?」
弟子のドワーフの問いかけに、赤鬚の親方は黙って頷き、妙な姿勢のまま動けない騎士に駆け寄った。
「騎士様!騎士クラウス・ローゼンマイヤー様!大丈夫ですか!」
ENDE