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七話 読めない!

 誰よりも早く俺を捕捉しようとしていたのは青い毛のマントヒヒだった。

 帝王が誰よりも深く寵愛し、最も正室に近い、とされる人物で、その名をブルドッグと言うらしい。冗談としか思えない。

 王宮内に留まればブルドッグのお相手をしなければならなくなるのは必至。

 それを回避するには側室と遊ぶよりも大事な事がある。としか言えないのだ。それはこの世界での知識もなく政治にも疎い俺には、先ほど聞いた魔物退治しか浮かばなかったのである。

 

「主大臣、そなたは秘石を探してみたのか? まずは探してみることが先決であろう!」

 

 誤魔化す為に声を荒げてもっともらしい事を言ってみる。すると主大臣はいたく感激したようだった。目頭を押さえている。

 

「帝王様……そこまでお考えであらせられるとは……気高くていらっしゃいまする。私めが愚かでござりました。帝王様の記憶の為とは言え、放蕩なされるよう進言してしまうとは……なにとぞご容赦下さりませ」

 

 主大臣は平伏し額を床にこすりつけている。今更逃げの口実だとも言えず、引っ込みもつかなくなってしまった俺としては、そこまでされたら良心の呵責に耐え兼ねてしまう。

 

「主大臣よ、もう良いのだ。面を上げよ」

 

「おお、帝王様におかれましては、なんとお優しいお心遣いであらせられましょうか」

 

 俺が身をかがめて主大臣の肩に手を置くと、主大臣はゆっくりと立ち上がった。それを見やってから小さな咳払いを一つして、口を開く。

 

「さて主大臣よ。質問の答えはいかほどじゃ」

 

「秘石を探したか――でござりまするか」

 

「無論じゃ」

 

「恐れながら――帝王様がお眠りの十日間、血眼になって探した次第でござりますれば、それらしきものは見当たらなかったのでござりまする」

 

 主大臣は残念そうに言う。その表情からも落胆の色が窺える。

 

「なれど、言い伝えによりますれば、成功した場合のほとんどは、儀式を執り行った術者の手元に降るか、儀式の間に降るか、の二通りでありまする。そこにもなければ、先ほど申し上げました通り、どこか遠く離れた場所に降るか、時を隔てて降るかにござりまするが、それは極めて異例の事だと言われておりまする」

 

 ふむ、と相槌を打つ。

 その「ほとんどの場合」に当てはまらなかったのは明確だ。それに当てはまっていたのならば今ここでこうしている暇なんかないはずだ。なら異例の方に当てはまったのか、失敗したのか。

 

「随分と不明瞭だのう」

 

「なにぶん、言い伝えでござりますれば。それゆえ恐れながら、とは存じまするが記憶を呼び起こす事を優先した方が早道、とお見受け致しました次第にござりまする」

 

「すると探せる所は全て探したと言うのだな」

 

「なにせ、外は魔物が跋扈しておりますゆえ、城下町を出てはおりませぬが。秘石を賜るのが神の思し召し、ともなれば魔物の手に落ちるやも知れぬ外の世界に降るとは考えにくくござりまする。それゆえ儀式の間以外はありとあらゆる所まで徹底的に調査致しました次第にござりまする」

 

 俺は眉をひそめた。なんだか矛盾を感じたからだ。ほとんどの場合儀式の間とやらに降る、と今言ったじゃないか。なのになぜそこ以外を探すのか。

 

「なぬ? 儀式の間は調べていないのかの? そこに有る可能性が高いと言うておったではないか」

 

 成功してたなら、の話だが。

 

「恐れながら。儀式の間には帝王様以外の立ち入りは禁忌とされておりまする。帝王様がお倒れになられた際は緊急事態でございましたゆえ立ち入りましたが。そうでもなければおいそれと立ち入ってはいけない場所にござりまする」

 

「ああ、その時には秘石は見当たらなかったんだったかのう」

 

「左様にござりまする」

 

「では時を隔てて降る事もあるのならば、十日も経った今なら有るか知れないではないか。なぜそれを先に言わなんだ」

 

 言うと今度は主大臣が眉をひそめる。

 

「ですから、記憶を呼び覚ますのが早道ともなればこそ、秘石を賜った暁には出陣あそばさなければなりませぬ。されば帝王様の寵愛なされたお方々とも疎遠になってしまわれますゆえ、一目お会いしておいた方が宜しかろう、と思案した次第にござりまする」

 

 主大臣も色々と考えているのだな。彼は彼なりに、良かれと思っての事か。結果的に大きなお世話だったのだが。

 ここまでの話を聞く限りでは儀式の間、とやらに秘石がある可能性は極めて高い。成功していれば、だが。それが手に入れば魔物退治の冒険に出発しなければならない。ということか。

 

「もし儀式が成功していなければどうすれば良いのだ」

 

 聞くと主大臣は深刻な面持ちとなった。

 

「七日の時を置けば再び儀式を執り行うことができる、と言われておりまする。もし、儀式の間にも秘石がなければ、今一度儀式を行わなければなりませぬ」

 

 なんだ、何回でもできるのか。俺は十日間寝込んでいたらしいから、とっくに過ぎているじゃないか。それならそんなに深刻な問題でもないだろうに。

 

「もし、もう一回やるとして、わしは何をすれば良いのじゃ?」

 

「ではこちらにお越しいただきとうござりまする」

 

 そう言って主大臣は俺を先導する。後宮という名の獣アイランドが遠ざかっていく。よし。

 

 

 主大臣は階段を二回上がって更に進んでいく。やがて一つの扉の前までたどり着くと、そこで足を止めた。

 

「こちらは書庫にございまする」

 

 主大臣は一旦こちらに振り返りそう言うと、またすぐに背を向けて扉を開ける。

 

 そこは恐ろしく高い天井に届きそうなほど巨大な本棚が所狭しといくつも並んでいて、膨大な数の蔵書が所狭しと敷き詰められていた。俺がよく行っていた漫画喫茶なんか目じゃない。そこらへんの図書館でも顔負けだ。国立図書館。これが一番イメージに近い。

 

 恐らく本が傷むのを嫌っての事だろう。窓はなかった。それでもすぐに部屋の中の様子が窺えたのは、既に部屋の中に明かりが灯っていたからだ。つまり先客がいたのである。中央のテーブルに肘をついて本を読んでいる。

 

 文大臣のキールだった。文大臣は本を読みふけっていて、俺達が中に入っても気配に気付いていない様子で下を向いていたが、それでも文大臣だとわかったのは、文大臣の容姿が奇抜だったからだ。

 まず髪の色が金色だった。それだけでも目立つのに、それがチリチリの天然パーマのようで、しかも丸い形だったのだ。要するに金髪アフロだ。目立ちすぎる。

 金髪は居ない事はなかったが、アフロを組み合わせているのはこの文大臣くらいなものだ。遠目でもわかる。体格もいいし。

 

「文大臣殿。帝王様がお見えであるぞ」

 

 主大臣がそう促して、やっとこちらに気付く。気付いたと思ったら、随分と慌てた様子で椅子から降りて平伏した。

 

「これはとんだ失礼を仕りました。帝王様、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 そう言って文大臣は金色の頭を下げる。

 その様子を見ていた主大臣は満足そうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「文大臣殿がいれば好都合。破魔の儀式に使う、光書こうしょを探しに来たのだが」

 

「光書にございますか? はて、どういった意味合いでしょう」

 

「もしもの時の為に、帝王様にご説明差し上げようと思っての事ぞ」

 

「ああ、それなら私めにお任せあれ」

 

 主大臣は言葉を濁したようだったが、それで文大臣には通じたようだった。帝王は記憶喪失で、もう一度儀式を行うとしても、手段がわからないのだ、と。

 

 文大臣は俺達を促して、部屋の奥へ奥へと進む。そして古びた木の机に置かれた一つの箱を手に取った。

 それには施錠が成されていたが、文大臣はどこからか取り出した鍵でそれを開ける。中から出てきたのは、なんとも形容し難い物であった。

 

 巻物、に見えなくはない。それは表面の質感、結ばれた紐などから見て取れる。だがスケールがおかしい。トイレットペーパーくらいはある。中がバウムクーヘンのように空洞になっているわけでもない。ぎっしりと芯まで詰まっているのだ。こんな巻物はおかしい。

 

 俺がそれをまじまじと凝視していると、文大臣が口を開いた。

 

「これには神聖なる祈りの言葉が記されております。儀式の間にて一人籠り、その言葉を一字一句間違えずに唱るのです」

 

 視線を文大臣の方に移して俺は口を開く。

 

「間違えたら?」

 

「また初めから唱えれば問題ありません。そうして三日三晩かけて祈りを捧げ、神々にそれが届けば儀式は成功となり、秘石を賜う。との伝承にございます」

 

 三日三晩もそんな事をしていたら普通にぶっ倒れるんじゃないだろうか。

 

 いや、そんな事よりも。

 

 これは儀式が成功していなければ完全に詰みだ。この世界の文字が読めないのは実証済み、ましてやこんなふざけた厚さの巻物を、一字一句間違えずに、なんて不可能に近い。

 儀式ができませんとなったら、じゃあやはり記憶を戻しましょう、となり、それはブルドッグとの乱闘戦を意味する。女の趣味まで変わったのだ、と、そこまで言うといよいよ以て偽物の疑いがかかるかもしれない。それは極刑を意味する。

 

 儀式が成功してれば外で魔物と戦えと言い、失敗していれば王宮で獣と取っ組み合えと言う。

 俺は前者を希望するわけだが。外の方がまだなんとかなりそうである。部屋の中だと逃げ場もない。

 

 主大臣は俺とは違う意味の心配をしていたようだ。

 

「なれど、儀式において帝王様は一度お倒れにござりまする。今一度それを執り行い、もしもの事があれば、我々は完全に八方塞がりになってしますのでござりまする」

 

 俺だって八方塞がりなのです。

 

「うむ。だが、まずは儀式の間の捜索が先であるな」

 

 俺がそう言うと、主大臣の隣にいた文大臣は驚いたような顔になった。

 

「おお! 帝王様、ついに儀式の間を捜索なされるのでございますね」

 

「左様ぞ。帝王様は後宮にも立ち入らずに、秘石の捜索を優先なされたのだ」

 

「なんと! それは苦渋の決断でございましたでしょう……おいたわしや……」

 

 文大臣も目頭を抑えてふるふると震えている。もういいよ、と突っ込みたい。

 

「……うむ……捜索に参ろうぞえ」

 

 失敗していたらと思うと実に恐ろしい。どうか秘石が見つかりますように。

 

「かしこまりまして。ではそのように取り計らいまするゆえ、自室にてお待ちくだされ。文大臣殿。そなたも手はずをお頼み申す」

 

「かしこまりまして」

 

「ぬ? 今から行くのではないのかのう」

 

 首をかしげた俺を制すように、主大臣は片手を上げる。

 

「儀式の間は神の領域、とされておりますれば、帝王様といえども勝手に立ち入ってはならぬ場所にてござりまする」

 

「なぬ? 神の許可でも得るのかのう」

 

「神の許可を得る訳ではござりませぬが、然るべき所への申請は必要ですな。あそこの管轄は風大臣のコザックにござりまする」

 

 俺は顎に手を当てて記憶を探った。

 コザックとは確か、六大臣の中では少し小柄で四十代半ば位の年頃の男だったと記憶している。同じ年頃の主大臣は恰幅が良いのに対し、コザックはひょろりとしていて色白で神経質そうな顔つきで、常に胃腸の調子が悪そうな風体だ。

 

「なにやら複雑そうであるのう」

 

「各大臣はぼうを有しまして、風大臣の司るは祭事や芸術等でござりまする。これを風房ふうぼうと言い、房には役割ごとに細分化されたがござりまする。この場合ですと神事に当たりまするので、神事を管轄する風神枝ふうしんしに申請する必要がござりまする」

 

 房というのが組織に相当し、枝というのが部署に当たるものなのだろう、と推測する。風大臣の所有する風房にある神事を担当する枝、神枝。

 

「風神枝? 風房神枝とは言わんのかのう」

 

「房と枝を続けて表わす場合、房、は省略する風習がございます。ゆえに風神枝、と」 

 

 補足したのは文大臣だった。

 ふむ。これもまた頭の中で存分に反芻する必要があるな。メモ帳が欲しいところだ。

 

「帝王様におかれましても、身を清めていただく必要がござりまする」 

 

 風呂か。風呂に入れと言っているのか。そんなに俺の体は汚らわしくって臭いのかそうなのか。いや違うな。滝に打たれたりとか塩を体にこすり合わせるとかそんなんだろう。神事だと言うしな。

 

「清めるとはどのようにすれば良いのかの」

 

「禊ぎにござりまする。様々な薬草を煮詰めた湯でお体を清め、俗世の汚れを洗い落とす事にござりまする。その薬草を調達する必要もござりますな」

 

 主大臣は腰を屈めて、下から俺を覗き込んだ。

 

「ですが、お覚悟の上でござりますか?」

 

「何がじゃ?」

 

 どれだけ大変な覚悟がいるというのだ。俺は僅かに身構える。

 

「禊ぎを行えば、帝王様のお体は神聖化されまする。されば儀式の間を出るまで、後宮には入れなくなってしまいまする。それでも本当によろしいのでござりますか?」

 

「……構わぬ」

 

 もはや何も言うまい。

 

「本当によろしいのでござりますか?」

 

「なぜ二回言うたのだ……良いから、その手配を頼む」

 

「ええ? 本当によろしいのでございますか?」

 

 文大臣まで同じ事を聞いてくるのでハリセンでぶっ叩きたくなった。

 むしろ禊ぎだけでもさっさと行いたい気分である。そしたら建前も発生するというもの。

 

「所管の都合もござりまするゆえ、急速には出来かねまするが。準備が整い次第お迎えにあがります」

 

「ふむ。意外と自由は利かないのだな」

 

「秩序の上に成り立つのが国というものにござりまする」

 

 ほんの少し、元いた世界で勤めていた会社を思い出した。秩序、ルール、規律。乱さぬように動く、歯車。

 帝王ともなればもっとわがままし放題なのかと思っていた。誰だドキドキ帝王ライフ(笑)とか思った奴は。

 

「あいわかった。二人共、ご苦労である」

 

 言うと主大臣と文大臣は深々と頭を下げた。

  

 文大臣を残し主大臣と共に書庫を出て左へ進み、更に左へ曲がって進むと突き当たりあって、そこをまた左に行くと階段がある。後はその階段を上がれば王室なのだと教わり、そこで主大臣と別れた。

 

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