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三話 美味いメシが食いたい!

 俺が心の中でおっさん、おっさん、と呼んでいた中年の男はその名をアドニスという。

 官職は主大臣しゅだいじん。主大臣は帝王を補佐し、国内の政治全般を管理する。

 帝王を除けば国一番の権力者だということになるらしい。

 

 主大臣の後ろにいた二人は文大臣ぶんだいじん武大臣ぶだいじん。文大臣の名はキール、武大臣の名はスターリー。どちらも体格のしっかりした男で、歳は二十代後半から三十代前半というところか。

 

 更にその後ろにいた三人は地大臣ちだいじんのネビンズ、水大臣すいだいじんのブロンクス、風大臣ふうだいじんのコザック。

 ネビンズとブロンクスは二十代半ば。コザックはアドニスと同じくらいだろう、四十代半ばといったところか。先の二人と同様に、しっかりした体格だ。強いていえばコザックが少し小さく見える。

 

 地位の順序を表わすかのようにピラミッド状に並んでいたこの六人が、国の中枢機関の長であるらしい。

 

 そんな、帝王なら知っていて当然の事を俺が質問してしまったものだから、全員たまげていた。

 で、その後お決まりのように笑い出した。

 

 どうやら本物の帝王はとんでもない事を言って皆を笑わせる趣味を持っていたらしい。

 主大臣は、やれやれ、といった具合で冗談に付き合うのが日課だったようだ。

 

 どんな帝王だよ。

 

 だが、それのおかげで必要な情報が入手できたのだからよしとするか。

 

 冗談への悪乗りで各々の自己紹介が済んだ後は、もう夜も遅い事ですし、とかなんとか言って退室していった。

 

 主大臣からすると、儀式の結果だけ聞いたらさっさと退散する予定だったらしいのだが、俺がこんな状態なもんだから予想外に時間を食ってしまったのだと言う。

 

 主大臣は、しきりに儀式の結果を気にしていた様子だったが、途中で倒れてしまったのなら失敗したんだろうな、と思う。

 

 細かい事は本人にしかわからないんだろうが。

 

 

 六人の大臣が帰った後は、入れ替わりで俺が目を覚ました時に見た、あの美人さんが入室した。名前をカレット、という。

  

 彼女を再度見た時に思った事は、やはり美人だな、という事だ。

 それもそのへんの女優やモデル顔負けの、とびきりの美人だ。スタイルだっていい。ほっそりとしてはいるが出るところはちゃんと出てる。

 はっきり言ってモロに好みである。

 

 最初はわからなかったが、彼女は小間使いなのだという。つまり帝王の世話をする下女の役目だ。

 こんなレベルの高い美女を小間使いなどにするとは、さすが帝王様ってところか。

 他にも何人か小間使いがいるのだが、今日はこのカレットが出番の日だと教わる。

 

 彼女は入室するなり平伏し、数秒した後に顔を上げた。社交辞令のようなものだろう。

 した後に今日の夕飯はどうするか、を聞いてきた。

 

 ここで例の大好物のアレ作戦、を決行しようかとも思ったが、十日も何も食えずにいた体だ。

 帝王の好物がステーキとかだったらどうする。

 脂ギトギトの肉なんぞ出されても胃が受け付けないだろう。


 とりあえず御粥的な物を……と言いかけたところでカレットが眉をひそめたので、胃に優しいもの、と言い直した。

 御粥、という単語が通じてないようだった。元の世界で常識的に使っていたのに、こちらでは通じない単語が他にも沢山ありそうな予感をさせる。その逆もしかりだ。現に先ほどの会話で出てきた、武大臣だの水大臣だのといった単語は、頭の中で何回も反芻していないと今にも忘れてしまいそうだ。実に不便である。

 

 了解の返事と共にお決まりの平伏で締めくくったカレットは扉の向こうへと消えていった。

 

 一人部屋に取り残された俺は、部屋を軽く見回した。よくよく見てみると確かに、いかにも西洋風ファンタジーに出てきそうな部屋である。

 特に気にも止めてなかったのだが、電灯からだと思っていた光源は、壁に取り付けられた半円状の容器からだった。

 容器の中には油のようなものが浸してあって、そこに仕込まれた縄が煌々と燃えている。その仕掛けが壁に等間隔で多数設置されていた。

 こんなものを使っている、という事はこの世界には電気は普及していないのだな、と悟った。

 

 窓際にテーブルと四つの椅子がセットで設けられているのを見ると、落ち着かない気分でその椅子の一つに腰掛けた。他人の部屋にお邪魔しているようなものなのだし、異世界の知りもしない人間の部屋だ。さらにこんなにも高級な部屋なのだから気を落ち着かせる事ができなくて当然である。

 窓の外は真っ暗で何も見えなかったが、結構な高さの所にいるのだろう、という事だけはわかった。

 

 魔物が侵攻してこようとしているのだ、と主大臣は言ったが、この部屋の豪華さを維持できている事からして考えてみても、そんなに深刻な事態でもなさそうに思える。窓の外は漆黒の闇とはいえ、平穏無事のように見えるしな。

 

 帝王がこの国で一番偉いのは分かったのだ。魔物の件がなければ、帝王に成り代わった後権力を振りかざして贅沢三昧、なんてのもできるんじゃないだろうか。

 果てはハーレムをエンジョイの酒池肉林。ドリームライフ。ぐへへ。

 

 ヘタを打つ事だけはしないように。決して偽物だという事がバレてはならない。バレたら極刑ぎゅうほのけいなのだ。

 

 明日は起きたら主大臣にこの国の様子をそれとなく聞いてみる事にしよう。

 それによって、ドキドキ帝王ライフが否かどうか明暗を分けるのだ。

 

 外の様子をしばらく眺めていたのだが、ふと、違和感を覚えた。が、それは重厚な扉が開閉される鈍い音にかき消されてしまった。

 

 

 銀色のトレイに椀とグラスを乗せてカレットが入室する。椀からは暖かな湯気が舞い上がっていた。

 手がトレイで埋まっているので、流石に平伏せずに会釈で済ませる。

 

 カレットはこちらに歩み寄ると、俺の座っている椅子とセットであるテーブルの上に、トレイに乗っていたものを移す。

 それが終わると三歩下がってトレイを両手で抱えて待機した。

 

 なにしろ異世界だ。とんでもない食い物が出てくるんじゃないだろうか、という不安もあったが目の前に差し出された料理は、見るからに美味そうで彩りも香りも良く、食欲をそそる物だった。

 

 高級そうな陶器製で幅の広い椀の中には、細く切られた数々の野菜を煮込んだスープに小さい餅のようなものが多数入っていて、それはこんがりとしたきつね色に染められ香ばしい香りを醸し出している。

 

 木製のスプーンでそれをすくい、口の中に運んでみると香ばしさが口の中全体に広がってゆく。

 塩のみ、といったシンプルな味付であったが、サクッとした焦げ目に中はとろりとした餅。それに野菜のシャキシャキとした食感は快感そのもの、それに野菜の旨みをたっぷりと吸ったスープが相まって、口に運ぶたびに自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 気が付けば無我夢中でそれを一気に平らげていた。シメにグラスに注がれていた水を飲み干した所で我に返る。

 

 ふと前を見るとトレイを両手に持ったままのカレットが壁際に佇んでいた。

 俺と目が合った彼女は口を開く。

 

「お気に召されましたでしょうか?」

 

 餅入りスープにがっついていた所をずっと観察されていたのかと思うと気恥ずかしい。

 

「うむ。たいそう美味であった。ありがとう」

 

 言うとカレットは目を丸くした。

 

 何だか俺が発言するたびに皆驚いてばかりいる。礼を言ってはいけなかったんだろうか。

 いつまでも立たせていては悪い気がしたので俺は続けた。

 

「カレットよ。そんな所に立っていないでこっちに来て座ったらどうかね」

 

 残り三つの内の一つの椅子を勧めるとカレットは顔面蒼白になり口をぱくぱくさせている。

 瞳がうるうるとしてきて、それが溢れそうなところで膝を付き、トレイを置いて平伏する。

 その後に悲痛な叫び声を上げた。

 

「て……帝王様におかれましては、どのような心境でお怒りのこととは存じませぬが、私のような端女を名前でお呼びになるとは……いかなる処罰をお考えであらせられますのか、お聞かせ下さいませ」

 

 こっちの人達は言い方がまわりくどくてわかりにくい。

 別に怒ってないんですけど。

 

「座ってはどうか、と勧めただけではないか。何を申しておるか」

 

 言うと、カレットは平伏したまま首をぶんぶんと横に振る。

 

「いいえ……いいえ! 帝王様は一度だって名前で呼んで下さる事などございませんでした。さればよほどお怒りの事なのだとしか考えが及びませぬ」

 

 あまりにも帝王っぽくない事ばかりしてると、偽物だと疑われるかもしれない。

 つまりこれはまずい。

 なのでここでも記憶が曖昧な事にしておく。

 

「ああ……すまない。目覚めてからあまり記憶がはっきりしなくての。良ければなんと呼んでおったか聞かせてもらえないだろうか。怒っている訳ではないので安心されよ。……さぁ、面を上げい」

 

 言うと、カレットはおずおずと顔を上げた。

 そしてゆっくりと首を横に振った。

 

「記憶が欠け落ちている、とは大臣様よりお聞きしておりまする。帝王様の心中もお察しせずに大変失礼を仕りました。……呼称については、その、私の口からはとても……」

 

 彼女はそれっきり黙りこくってしまった。

 

「なんじゃ。呼び名が無いと不便ではないか。別に怒らぬから申してみよ」

 

 言うと、カレットは顔を赤らめて静かに口を開く。

 

「恐れながら……最近は、おいてめーこのブス、にございます」

 

 言って、目を伏せる。

 

 

 なにそれひどい。こんな美人とっ捕まえてそりゃないってもんだ。

 今、眼前にいる女性はこれ以上ないくらいの美人に思える。それが「おいてめーこのブス」なら帝王のお眼鏡に叶う女性は一体どれほど美しいというのであろうか。

 

「最近は……とな?」

 

 問うとカレットは観念したかのように饒舌になった。

 

「それの前がクソ女、その前がアホヅラ、更にその前が……」

 

「わかったわかった! もう良い!」

 

 慌てて両手を振ってこれを制す。

 そんな事を言われても、とてもその名で呼ぶ気にはなれない。

 俺は涙目になっている彼女を慰めることにする。

 美人には優しく。これは正義なのである。

 

「あーその、なんだ……これからは普通に名前で呼ぶ事にしよう。……カレット、とな。小間使いだからといって、そのように呼ばれていたのでは苦痛であったろう。……許せ」

 

 言うと彼女は、ぱぁっと表情を明るくした。

  

「帝王様、恐悦至極にございます。……これを他の下女達が聞いたら、さぞ喜ばれるでしょう」

 

 カレットはそう言って、潤んだ瞳を向けた。

 

「ちなみに……他の者もそのように呼ばれておったのか?」

 

「ええ。スットコドッコイ、馬鹿女、変顔大賞、などと」

 

 

 

 

 俺はしばらくの間絶句するしかなかった。

 

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