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二話 やっぱり死ぬのは嫌だ!

 平伏した美人さんは姿勢をしばらくそのままにした後、皆を呼んでまいります、と言って退室した。

 

 俺は呆然とベッドに座ってそれを待つ。

 着衣は紺のスーツから絹のような滑かな生地を持つガウンに変わっていた。

 ここはどこなんだろうか。とりあえずさっきの美人さんは日本語を話していたんだから日本という事には変わりないんだろうな。それを聞く暇もなく立ち去ってしまった訳だが。

 

 

 

 少しばかりの間があって、ドカドカと数人の足音が近づいてくる。

 急いでいるかのような足音に俺はどうすればいいのかも分からず硬直しているしかなかった。

 

 

 再び重そうな扉が開かれると、扉の向こうには五、六人の人影があった。

 美人さんの姿はもう見えない。そこにあった人影は体格のしっかりした男ばかりであった。

 

 制服なのだろう。全員が同じ服装をしている。

 それは西洋風ファンタジーにありがちのような格好で、銀色のボタンが六つ連なった襟の大きな青い服に襟元には白いスカーフが巻かれている。同じく青色のズボンに茶色いブーツを履いていて、ファンタジー好きな人間ならばどこかで見たことのあるような格好だ。

 

 その集団の先頭にいた、恰幅の良い中年の男が先陣を切って歩み寄る。周囲の人間もそれに続いた。

 

 中年男は俺の顔を凝視する。そして深々と平伏した。周りの人間もそれに続く。

 そして平伏した姿勢のまま口を開く。

 

「帝王様がお目覚めになられたと聞き、こうして馳せ参じました次第にございます。十日も眠られたままで……もうお目覚めになられないのかと思い、気が気でございませんでした」

 

 十日も寝てたのか。そりゃあ頭も痛くなる訳だ。

 この人も日本語を話しているな。言葉が通じそうな事にとりあえず安心する。

 

「帝王様におかれましては、お目覚めになられたばかりではございましょうとも、事は一刻を争いかねませぬゆえ、儀式の結果だけでもお聞き願えないかと思いますれば、かような意見を述べる事を平にご容赦いただきたく存じまする」

 

 儀式? なんだそれ。わけがわからん。何言ってんだこいつ。

 

「しかしながら帝王様ご健在の証を是非、私めらに拝謁下さりますよう……」

 

 なんて言ったの? メラ? メラって言ったの? この人魔法使いなのかしら。

 

「………………」

 

 沈黙の時が流れてもこの集団は平伏したまま、ピクリとも動かない。

 

「帝王様、拝顔のお許しを賜りくださりませ」

 

 肺ガン? まぁ俺は喫煙者だし怖いよな……って違うか。これはアレだ。「おもてをあげーい」ってのを期待してるんだな。

 

「面を上げよ」

 

 そう言うと全員が顔を上げる。

 こんな感じで言うのだろうかと思いながらの台詞は間違いではなかったようで。

 

 全員の視線が一気に集中した。

 それぞれがみな、安堵の表情を浮かべている。

 少しばかりの間を置いて、先頭の中年男は口を開く。このおっさん以外の声を聞いていないが、先頭にいることから考えても恐らくはおっさんがこの中では一番偉いのだろう。許しもなく発言は許されないってとこかな。

 

「帝王様、して、儀式の結果はいかほどで……」

 

 だから儀式って何。

 顔を上げた状態でもなお、俺を帝王様、と呼ぶ。ここにいる全員がそれを信じてやまないようだった。

 

 つまり「帝王様」と呼ばれる存在がここにはあって、俺はその「帝王様」と勘違いされているのだろう。

 そうすると、日本語が通じるのにここは日本ではない事になる。「帝王」という存在自体がそもそもありえない。それとも俺が知らないだけで、こんな場所が日本に存在するんだろうか。いや、そう考える方が不自然である。

 ここは「言葉が通じる日本ではない場所」。これの方がしっくりくる。

 

「えーと……儀式って……なんだっけ」

 

 言うとおっさんは怪訝そうな顔を向ける。

 だが、その後軽快に笑い出した。

 

「いやはや、帝王様は相も変わらずご冗談がお好きであらせられる」

 

 ここまで言っても誰も怪しんでる風でもない。そんなにも俺と帝王はそっくりなのか。ならばこの状況を打破するために利用させてもらおう。

 

「いや、実は目覚めてから記憶が曖昧でのう。重要な記憶がちらほら欠け落ちてるようなのじゃ。ひょっとしたらその儀式とやらのせいかも知れぬ」

 

 おっさんは目を見開いた。

 

「なんと……! おいたわしや……かくも、あの儀式にかような影響があったとは」

 

 なんとかうまくいったみたいだ。

 

「うむ。して、儀式とは何ぞや?」

 

 おっさんは、はい、と続けた。

 

「破魔の儀式にござりまする。世を支配せしめんとする魔族の者を鎮める事ができる、神聖なる儀式にござりまする」

 

 魔族の者……? まるでファンタジーだな。

 

「魔族の者……だと?」

 

「はい。いつの頃からか出没し始めた魔族の者……魔物とも言いますな。それはこの世を混乱に陥れておりまする。それを憂いた帝王様は破魔の儀式を執り行い、その最中にお倒れになったのでございます」

 

 昏睡状態だった帝王ってのと、一般社会人の俺と。何故かは知らんが入れ替わってしまったみたいだな。

 なんてこった。丸っきりファンタジーの世界じゃないか。

 つまりここは異世界ってやつなのか。

 

「帝王様は我らの希望なのでございます。魔族の者に対抗し得る破魔の儀式を執り行えるのは、帝王様の他にはおりませぬ。帝王様がおられなければ我々は魔族に対する術を失ってしまうのでございまする」

 

 俺が帝王ってのと入れ替わったのだとしたら、帝王はどこへ行ってしまったんだろうか。ひょっとしたらもう生きてはいないのかもしれない。もし、それをこの連中が聞いたらさぞ嘆き悲しむんだろうな。

 

 ふとした疑問が浮かんだ。冷ややかな汗が頬を伝う。それは嫌な予感を伴うもので、聞かずにはいられなかった。

 

「もし……もしもだぞ? ここにいる俺……いや、わしが偽物だったとしたらどうなる?」

 

 おっさんは目を丸くした。

 その後またもや大笑いしだした。周囲の者も釣られて笑い出す。

 

「帝王様におかれましては、真にご冗談がお好きであらせられる。そうですな、帝王を騙るは大罪。そのような罪人には……牛歩の刑が妥当でございましょう」

 

 おっさんが言うと、周囲は爆笑した。

 

「ぎゅ、牛歩の刑とはいかなるものであったかのう」

 

 言うとおっさんはにんまりと笑った。

 

「帝王様におかれましては、刑罰がお好きではなかったご様子。ましてや今は記憶が混濁しておられる。ご存知なくとも無理はありますまい。

 牛歩の刑とは、罪人を眠らせ、寝ている間に両手両足に縄を縛り付けます。そして広場に運び出し、四本の縄の先を牛の胴体にくくりつけます。罪人が目を覚ましたところで、牛を四方に歩ませ四肢を引きちぎる、最上の刑罰にございます。これの歩みが遅ければ遅いほど罪深い証となりまする」

 

 全身に冷たい物質が這い回る感覚がした。それは全身をくまなく駆け巡り、俺の体温を奪っていく。さしたる時間もかけずに全身を凍りつかせる。

 

 そんな俺の心中とは裏腹に、おっさんはにこにこと笑っている。

 

「帝王様を騙るなどと、恐れ多い罪を犯す者はおりますまい。ましてや今、目の前にいらっしゃるお方はどこをどう見ても帝王様以外の何者でもございませぬ。それを差し置いて帝王様を騙る様な不届き者は皆無でございましょう。どうかご安心くだされ」

 

 嫌な予感は的中した。

 今更、俺は帝王じゃありませんさーせん。とは言えない状況になってしまった。言ったら牛歩の刑だ。

 

 俺が偽物だったらどうする? ってのが、俺の目の前に偽物が現れたらどないしてくれるんじゃコラー。に変換されてしまったようだ。

 

 

 選択肢は限られている。

 このまま帝王のフリを続けるか、どこにいるかもわからない帝王を見つけ出して再度入れ替わるか、だ。

 見つかったところで、どうやって入れ替わるのかはわからないが。

 

 今ここに本物の帝王がいない限り、今のところは前者を採用する他ない。牛に引きちぎられて殺されるなんてゴメンだ。

 

 幸いにも、外見は本物と瓜二つなんだろう。これは今までの反応を見ても明らかだ。それから、話しても特に何も言われなかった所を取ると、声も同様なのだと思われる。

 

 帝王に成り代わるためには、本物がどういった人物なのか、どんな喋り方をするのか、好きな食べ物はなにか、趣味はなにか、を知る必要がある。

 

 とりあえずは記憶が曖昧なのだと言い通して、探りをいれてみるしか考えつかない。

 怪しまれたら、頭が痛いだの腹が痛いだの言って誤魔化す。

 

 食事にしても「わしの大好物のアレをもってまいれ」とか何とか言ったら勝手に出てくるだろう。

 そうこうしてる内に、見た目も声も嗜好品も人格さえも、すべてが帝王のそれと寸分違わぬ人物となる。

 それはもはや偽物などではなく、帝王そのものだ。

 

 牛歩の刑なんて嫌だ。生きてみせる。

 その為に続けてみせるさ、帝王のフリを。

 

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