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行く先が見えなくなったら
今この手にしている全てを紙一枚に託して あの空へと解き放とう
そして 心をもリセットしてゼロの自分をイメージするんだ
紙飛行機にして飛ばした あの未来を想って…
「こら、加持くん。何をサボッているのかね!」
やわらかい春の日差しに包まれてうとうとし始めると、その眠りを一瞬で突き破るような声が、僕の耳をついた。
それは一気に冷水を頭から浴びせられたかのように、言葉よりも何よりも身体が先に反応する。
「うわっ、はい!す、すみません」
バッと身体を起こして振り返ってみると、そこに立っていたのはあの気難しい恐い鬼上司ではなかった。
代わりに自分とほぼ同時期に入社して以来、良きライバル良き相談相手となっている清水祐哉が立っていたのだ。
清水は僕と目を合わせるなり、いきなり吹き出しお腹を抱えて笑い始めた。
失礼な奴だ。
「何だよ。声マネなんて趣味悪いぞ、清水」
「ははっ、悪い。いやぁ加持の反応が見てみたくてさ〜。思ったとおり良い反応おひろめサンキュー」
清水はそう言うと、ニカッと軽く歯を見せて笑った。
人懐こい笑顔…まるで子犬みたいだ。奴に尻尾があったなら、きっと今ぱたぱたと尾を振っていたところだろう。
「ま、それも当然かぁ。加持の上司おっかね〜もんな。相手が男だろうと女だろうと容赦しねぇし」
「何を他人事みたいに、お前の上司でもあるだろうが」
「?あれ、そうだっけ」
「……」
こいつは…、僕はどうもこいつと一緒に居ると、ペースを乱されて困る。
「でも、いーじゃん。今日そんな鬼上司も出張で居ねーし、これぞまさに“鬼の居ぬ間に昼寝”ってやつだよな」
それを言うなら“洗濯”だろ。
僕は思わず、心の奥でツッコミを入れてしまう。
清水はそれを分かっていて、勝手に面白おかしく言っているのだ。そんなだから、僕としては対応に非常に困るのである。
まるで自分が自分じゃなく思えてくるからだ。
「なあなあ、そういやさぁ、加持はコレ貰ったか?」
しばらくボンヤリと遠く続く町並みを眺めいたかと思うと、清水は急に振り向いて一枚の紙切れを目の前でひらつかせた。
「なんだ、それ」
僕が尋ねると、清水はいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「何って、異動希望調査票だけど」
「そんなもんあったっけ」
「あれ、キョーミなし?」
「だって、んなもんあったところで、人手足りなくなりゃそっちに飛ばされる…それに本人の意志もへったくれもないだろ。無意味じゃん」
「はぁ〜…相変わらず考え方が暗いねぇ加持くんは」
自分でも皮肉めいた言い方をしてしまったことは分かっていた。
それに追い打ちをかけるかのように、清水は言ってくる。全く抜け目のないヤツだ。
清水は大げさに両肩をすくめため息をつくと、言葉を続けてきた。
「あのな〜、こういうもんは考えようによるんだよ。確かに異動は希望が通らなきゃ理不尽だろうけど、こういうもんでそうならないように、根回ししとくってテもあるだろ?
使えるものは何でも使わねぇと損だぜぇ」
「清水…お前も相変わらず策士だよな」
「はっは〜そうか?いやぁまいったな〜こりゃ」