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戯れは奇想の跡  作者: 同心円
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 高校生だろうか、日も暮れかけのやや狭い住宅路を二人の女の子が姦しくしゃべりながら歩いている。

「ねえ、知ってる?」

「何が?」

 そのうちの一人が唐突に話題を振り、もう一方が聞き返す。周りに人がいないことを除けば、ありふれた放課後の光景、といったところか。しかし、その話の内容は物騒でかつ奇怪なものだった。

「ほらほら、最近起こってる例の通り魔事件、あるでしょ? あれ、全部鬼の仕業らしいよ」

「何それ、その通り魔事件はニュースになってるし、わたしも知ってるけど、鬼の仕業って?」

「なんか、聞いたところによると、襲われた人はみんな背中に、長い爪で着ている服ごと肉を裂かれたような傷を負ってたんだって」

 話す方は徐々に嬉々とした表情に変わる。こういった噂の類が好きなのかも知れない。

「ちょっとやめてよ、想像しちゃうじゃん」

 聞く方は逆に恐怖の二文字を顔に浮かべる。こちらは怖い話が苦手なようだ。

「服の上から引っ掻いて肉を抉るなんてすごいよね」

「聞こえませーん」

 しかし、角を曲がって公園と池に挟まれた道に入ったところで、二人の表情は最終的に恐怖に統一されることになる。


 彼女らが話題にした噂の真偽はともかく、人の死体を発見するという経験は二人にとって初めてのことだったのだから。




 火の無い所に煙は立たぬ。

 物事には必ず原因と結果がある。原因があるからこそ結果があり、結果があるということはつまり、そこには何かしらの原因があったということを指す。右の諺はそれを的確に表していると言える。

「だから今回はこの鬼について調査するわよ」

 覚悟はいいかしら、といろりちゃんは僕を指差す。

 鬼。もはや校内の生徒の口に上らないことがなくなった話題。

 そもそもの始まりはとある通り魔事件。帰宅途中の女性の背中を切りつけて逃げる、という一般的なもの。幸いその女性は一命を取りとめたものの、重傷で今も昏睡状態だとか。

 その事件があってから、この町に住む人が一週間に一人か二人のペースで襲われ続け、被害者の数はすでに6人、いずれも背中から切りつけられて重傷を負っている。実際には事件は夕方に起こるのだけれど、まさに「夜道は一人だと危ないぜ」という感じだ。

 その事件が、全て鬼の仕業なんじゃないかという噂が出ている。いや、蔓延している。

「大仰な仕種で宣言するのは構わないけどさ、いろりちゃん。因果応報という言葉を持ち出すなら、結果が噂の流通である以上、原因はただの悪戯かも知れないよね?」

 放課後の狭い部室でコンピュータの鍵盤を叩きながら僕は聞き返した。

「昨日はついに死人が出たのよ。しかも発見者はうちの一年生だっていうし。今や校内はこの話で持ち切り。ただ、今日はその子たちは休んでるから話を聞きには行けないけど。それにもし噂がデマだとしても、その噂を流した張本人を暴き出せば小さな記事くらいは組めるじゃない? 私は自分の行動を何一つ無駄にする気はないの」

 もっともらしいことを得意げな顔で言ういろりちゃん。

 この態度が大きい少女の名前は畑野爐はたのいろり。彼女は僕が属する部活の部長だ。とはいっても、僕より数時間早く入部しただけで、経験的にはほとんど変わらない。態度が大きいのはおそらく性格に問題があるんだと思う。

 そして、これが一体何の部活かといえば……。

「生徒間に蔓延る噂の真偽を調査し、正しい情報を生徒に提供する部」

 ジャーナリズム同好会。略してJ会。

 うちの学校にはないけれど、要は新聞部みたいな活動だと思う。違いは一つ、記事にする内容が校内で噂になっていることのみということだ。

「ここらで一つ、大きな仕事をしないことには新入部員も入ってこないじゃない。J会はとても素晴らしい部活だってことをアピールしないと勧誘のかの字もうまくいかないわよ」

 こういう時、時の流れって残酷だと思う。

「ま、部長に言われちゃ反対する気はなくなるけどね。で、どうやって調査するの?」

 鍵盤を叩くのをやめて、頭の後ろで腕を組んで伸びをする。椅子が倒れるか倒れないかの限界まで伸びてから体を起こす。

 いろりちゃんは少し考える風に首を傾げて、拳の槌を打ってから言った。

「そうだ、張り込みをしよう」

「……それ、いろりちゃんがしたいだけだよね」

「もちろん」

「いや、自信満々に返されても……」

 張り込みとは、何か目的の出来事が起こりそうな、もしくは目的の人物が現れそうな場所にあらかじめ待機すること。つまりその出来事や人物にある程度の見当がついていないと、張り込む場所すらろくに決められないのだ。

「そうね、大雑把な情報は莉雨に訊けばなんとかなるでしょ」

「どうだろう、そんなに簡単には教えてくれないと思うけど」

 眺莉雨ながめりうは、購買でバイトをしている学寮生。どこから仕入れてくるのか、早く正確な情報をいつも提供してくれる。ただし、絶対に本人が深入りせずに済む程度まで。

 僕はもう一度コンピュータの画面を見て、今書き上げた記事の校正を始める。

 それにしても、鬼、か……。


 僕の名前は篝火守時かがりびもりと。「もりとき」と書いて「もりと」と読ませる辺りに僕の両親の名付けのセンスが窺える。いや、別に気に入っていないわけじゃないけれど。百人一首の「みかきもり~」の歌に親近感を覚えたりして。

 僕といろりちゃん。今J会に所属しているのはこれで全員だ。たかが二人の同好会に部室とコンピュータがあるのは一つ上の先輩方の活躍のおかげで、そもそも僕もいろりちゃんも別々に先輩に誘われて入部したのだ。

 でも今じゃ、部員が少ないせいで部費もろくに入ってない。一口に言えば、潰れかけ。ついこの間まで、いろりちゃんが新入部員の勧誘になぜか乗り気じゃなかったのが大きな原因だ。

 まあ、こんなマイナーな部活が潰れていないだけましだとも言えるけど。

「で? 何の用かな? もちろん予想は付くけどさ、一応聞いておこうじゃないか」

 記事の校正が終わって、僕といろりちゃんは購買にやってきた。放課後もすでに午後五時半を回ったせいか並んでいる弁当やパンもほとんどなくなり、心なしか広く感じる店内で莉雨くんは店番をしていた。カウンターの中に簡易チェアを設け、そこに座って本を読んでいる。

「鬼の話は当然知ってるわよね?」

 いろりちゃんが尋ねると、莉雨くんは読んでいた本を脇に置いてから、うんざりしたように顔を伏せた。

「……ボクだってね、いつもいつも情報を提供するわけじゃない。気分が乗らない日だってあるし、忙しい日だってある。例えば今日は店番が終わったら用事があるんだ。しかし畑野爐、情報屋として何の情報も提供してやらないのは気が引ける。だからそうだな、そこにある大豆スティックを一本買ってくれたら鬼にまつわるちょっとした話を提供しよう」

「ちょっとした話?」

「いわゆる回収予定のない伏線、というものだ。この世界が小説だったらね」

 回収予定がないなら聞く意味もない気がするけど。

 ふむ、と頷いてから、いろりちゃんは指定された大豆スティックを一本手に取り、代金と合わせてカウンターの上に置いた。

 莉雨くんはお金をレジに収めてから大豆スティックの袋を開ける。

「まいどあり。そしていただきます。まあ、昨日うちの学校に死体発見者が出たらしいからね。君が来るとは予想していたよ。ただでさえ記事のネタに困っている君たちだ。こんな大きな、いかにもな事件に首を突っ込まないはずがない。大方、ここで活躍してまだ部活に入っていない一年生を捕まえようという魂胆だろう。近頃はどこも人員不足だね。聞いたかい? 野球部はまだ新入部員が五人しか入っていないらしいよ。もう七月になったのにね」

「……喧嘩売ってるの?」

「ああ、ごめん。鬼の話だったね」

 莉雨くんは大豆スティックを頬張りながらいろりちゃんに顔を向けて語りだした。


 日本の歴史における「鬼」という言葉の意味の細かい変遷を、ボクは寡聞にして知らないけれど、昔の日本人がどういうものを「鬼」と呼んでいたのかは、中学で習う日本史を振り返るだけでも大体の見当は付くと思う。

 「鬼」っていうのはつまり、「異物」なんだよ。

 今で言う「恐怖の対象」とか、「冷酷な人物」とかはおそらく後から付け加えられた意味だろう。「異物」にマイナスのイメージしかない以上、鬼もマイナスの意味ばかり付加される。

 しかしまあ「異物」という言い方は少しオーバーかもしれない。あくまで少しだけど。

 とはいえ、日本人が自分たちと見た目が違う人間のことを「鬼」と呼んでいたということは、すでに確定している事実だ。君たちもこれからは日本の歴史学者に感謝すべきだね。

 例を挙げておこうか。手塚治虫の「鬼丸大将」を読んだことはあるかい? ボクはあの話が大好きなんだけど。平安時代の日本に漂着した外国人の男が日本人の娘と生んだ少年を主人公に据えた物語だ。平将門とか、有名な歴史上の人物も登場する。

 そうだね。「鬼」の例で一番わかりやすいのはきっと、いや確実に外国人だ。平均身長の低い日本人には、外国人は巨大に見えただろうし、色の異なる目や髪、毛深い体は獣のようにも見えただろう。

 そして、「鬼」とは怖いものなんかじゃない。いや、怖いものでもあったが、それ以上に排除すべきものだった。人の体みたいなものだと思ってくれればいい。白血球たちは体に入った「異物」に対して攻撃するだろう? 「異物の排除」は生きるための行動であり、突き詰めれば本能なんだ。

 黒船来航の折に描かれたペルリ像は有名だよね? 阿弖流為アテルイは? 元寇はさすがに知っているか。戦国時代に布教に来たポルトガル人は南蛮人と呼ばれてやしなかったかな?

 日本人にとって彼らは全て、「鬼」であり、「異物」であり、完遂未遂に限らず排除の対象で、駆逐の対象だった。

 このあたりのことを考えれば、かの有名な「桃太郎」や「泣いた赤鬼」の本当のストーリーが、全く別のものに見えてこないかい?


「とまあ、大豆スティックと引き換えと考えれば、これぐらいかな。ちょっとしゃべりすぎたかもしれないね」

 そう言って、莉雨くんはここに来てやっと僕を見た。

「今の話は覚えたかい?」

「え、うん」

「重畳だね。物覚えの悪い上司を持つと苦労するだろう?」

 ニヤニヤする莉雨くん。ちらっといろりちゃんを見ると、腕を組んで指をついていた。

「莉雨、やっぱり喧嘩売ってるでしょ」

 まあまあと宥めてから僕は答える。

「それもまた、いろりちゃんの魅力なんじゃないかな」

 莉雨くんはニヤニヤを一瞬止めてから、またニヤニヤしだした。僕の顔も自然とにやけてしまう。

「全く、君ってやつは過保護だねえ。畑野爐に決して小さくない嫉妬を覚えるよ」

「あは、そんな馬鹿な」

 それじゃ失礼するよ、と言って莉雨くんは店から出て行った。どうやら話している間に勤務時間が終了したらしい。用事があるとも言っていたことだし。

 結局、何も教えてくれなかった。莉雨くんの薀蓄が今後の調査に役立つかどうかはともかく、とりあえず手帳にまとめておくとして、今日は帰ることにしよう。

 いろりちゃんを振り返ると、彼女はぼうっと大豆スティックを眺めていた。

「閉店ですよ」

「あ、すみません……ってなんだ、守時か」

「帰ろうか」

「そうね」

 僕は残っていた店員さんに軽いお詫びのつもりで一礼して、いろりちゃんを後ろから押しながら売店を出た。

 噂の調査、開始。

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