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POP TUNE  作者: roody
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(5) KANSHAして

未だかつて、俺の歴史にこんなことがあったか?

女の子をデートに誘うってだけで、唇が震えるほど緊張するなんて。

付き合ってもらえるというだけで、なかなか眠れないほど興奮するなんて。

デートに誘うことや、女の子と付き合うことがはじめてなわけじゃない。

もちろんいつだって断られる可能性はあったし、断られることだってあったけど、

「断られたらどうしよう」なんて思ったことは一度もなかった。

デートに誘うとか、声をかけるなんて、女の子を女の子として扱うマナーみたいに思っていたから。

好きな女の子はたくさんいた。というか女の子は基本的にみんな好きだ。

姉が二人いるせいもあって、女の子のほうが感覚が近いと思っているし、理解できる。

友達としても恋人としても付き合いやすい。

今も大して変わらないはずだ。

来宮ユカ、彼女を除いては。





******************





もう何週間も前から、俺は明日のことで頭がいっぱいだった。

明日は付き合い始めて三か月目の記念日。

俺が清水の舞台から飛び降りるおいで彼女に思いを告げてから、ちょうど三か月経った。

しかも、明日はユカさんの24歳の誕生日。

二人が付き合い始めてから最初の誕生日だ。

「コウイチ」と呼んでくれるようになったものの、まだまだ俺たちの間には距離がある。

これは、二人の距離をグッと縮めるまたとないチャンス!!

実は、名前を読んでくれた夜、ユカさんはシャンパンで酔いつぶれてしまい、結局何もなかったのだ。

そして、それ以降なんとなくユカさんは剣呑な雰囲気で、夜のデートに誘える雰囲気じゃない。

俺はどうやって彼女の気持ちをほぐしていいのかわからず、当たり障りのない会話をつづける日々。

正直、俺は限界だ。ユカさんはどうなのだろう。



「と、言うわけで、プレゼントは何がいいすかね?」


「俺に聞くか?ほかにテキトーな女がごろごろいるだろ」



オゴります、いや、オゴらせてくださいと頼み込んで、めんどくさいという態度を隠しもしない安藤さんをいつものビールバーに誘った。

俺としても、ユカさんのことを男に、しかも安藤さんに聞くのは不本意だ。

しかし今は背に腹は代えられない。



「…癪っすけど、安藤さんほどユカさんのこと知ってる人間は、…今のところ思いつかないんすよ」


「知ってるったってなあ…。最近あんまり話してねえから、欲しいもんとかもわかんねえし」


「え、そうなんすか?」


「お前が言ったんじゃねえの?『二人になるな』とかなんとか」


「いや、…ああ、まあ、言いましたけど」


「この前飲みに誘ったら、そう言って断られたよ。ユカは会社じゃあの通りだし、もともと連絡もマメなほうじゃねえから、大して話すタイミングもないんだよな」


「そう、だったんすか…」



予想外の出来事だった。

確かに「安藤さんと二人にならないでほしい」とは言ったけど、話さなくなるとは思わなかった。

ただ安藤さんの言うとおり、ユカさんは仕事中にプライベートな話をするようなタイプではない。



「だけど、あの時は給湯室で」


「ああ、あんなの初めてだよ。ユカが仕事時間中に相談してくるのも、あんな風に怒ったのも。変われば変わるもんだな。ちょっと前まで、「仕事が生きがいっ!」、みたいなやつだったのに」



ユカさんは「仕事サイボーグ」という異名を持つ、仕事の鬼だ。

基本的に3、4つの企画を掛け持ちしており、いつも期待以上の完成度に仕上げる。

そのストイックな仕事ぶりを買われて、23歳にして「次期主任」とまで見込まれているのだ。

ユカさんがそういう人だからこそ、心を開いているらしい安藤さんに嫉妬を通り越して憎しみまで抱きそうになったのだが。

しかし、その考えは俺の一人相撲だったようだ。

結果として俺は、俺の早とちりでユカさんから友人を一人奪ってしまったのかもしれない。



「じゃあ、俺はいったいどうすればいいんすか…」


「お前らさあ、なんかあると俺にすがるの止めてくんない?」


「俺だってできればすがりたくないっすよ!でも、どうしたらいいかわかんないんすよ。ユカさんは、他の女の子とは違うから」



彼女は、俺の知ってる女の子とは違う。

いつだって冷静で、理論的で、肩で風を切って歩いていて、存在感には言葉にできない重みがある。

スイーツのことに疎くて、小動物が苦手で、笑うときだって高い声ではじけたように笑わず、息を漏らすように落ち着いた笑みをこぼす。

そんな彼女が、何を好んで、何を嫌うのか、俺には全く分からない。



「変わんねえと思うぞ」


「え?」


「ユカも、他の女と変わらねえよ」


「いや、違いますって」


「ユカは、頭も切れるし仕事もできる。顔もイイしスタイルも悪くない。まあ、中々いないような女だな、確かに。でも、それ以外は変わらねえと思うぞ?変わらねえどころか、一日メールが途絶えたってだけで不安になって、ベタで大がかりなデートに感激する、わかりやすい女だよ。この前だってお前の作戦にまんまとはまって、すげー嫉妬してたろ?」



安藤さんはあの時のことを思い出してか、可笑しそうに笑った。

手の中のグラスのビールを、くるくると揺らしてもてあそぶ。

俺の思考も、安藤さんの言葉でくるくると揺れる。



「違うのは、お前の気持ちの方だろ?男と女で必要なのは、気持ちを伝えること。そんぐらいわかるだろ?」



そういってビールを飲み干すと、ごちそうさん、と言って安藤さんは行ってしまった。

くそ、やっぱり敵わねえ、あの人には。

『好き』って気持ちが大きすぎて余裕がなくなる、そんなことはなかった。

女の子と付き合う時はいつだって、ゲームでもするように、彼女を楽しませたり喜ばせたりして、行為に持ち込むことが目的だった。

失敗したらそれまで、データが足りなかった、タイミングが悪かった、次に生かせばいい、そんな風に思って、それ以上気にしたことはなかった。

彼女のことを考えるだけで、胸が痛いくらいに高鳴って、今すぐ会いたくてもどかしい気持ちに焦ったりするようなことはなかったんだ。

明日、俺はきっと思っていることの半分も言葉にできないだろう。

彼女の笑顔に緊張して、触ることすらままならないかもしれない。

でも、彼女を好きだという気持ちだけは、精一杯伝えよう。

物でもなく、言葉でもなく。







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