(2) あいまいな感情
なんでこんなことになってしまったんだろう。
「で、なんでそんなことになったわけ?」
崎田に告白されてから1週間後の夜、
私は、職場近くの立ち飲みビールバーで、同期の安藤貴也に泣きついていた。
「わかんないのー、緊張してたのー、なんか、昔のこととかいろいろ思い出しちゃったの!!」
厄介なことがあった時のアルコールは、いつもよりも早く回る。
2杯目のビールを半分飲んだところで、私はすでにデキあがっていた。
「まさか、まさか告白してくるとか思わないもん、なんで!?どうして!?」
「前から思ってたけど、ユカってさあ…、甘いよね、発想が」
「どうして!?」
「うるっせーよ、もう…」
私は、酔うとつい大声が出てしまうという厄介な癖がある。
幸い、そのビールバーではサッカー中継がかかっていて、店内は全体的に騒がしいのであまり目立たないで済んだ。
「あたし、恋愛経験ないじゃん?」
「そうだね」
「だから、告白とかされると、緊張して、「はい」って言っちゃうの、とっさに」
「とっさに~~~~~?」
貴也は信じられないという顔で私を睨んだ。
もう謝るしかないというくらいの呆れ顔だ。
「…ごめんなさいー」
「俺に言うなよ」
貴也は、この会社で唯一の同期で、なぜか私は貴也に何でも話してしまう。
人間関係の悩みも、日々の些細な不満も、性の疑問も、
何気ないことをまず最初に話すなら貴也を思い浮かべるくらい、仲が良い。
というか、仲良くしてもらっている。
私が弱音を吐くたびに、面倒見のいい貴也に慰めて檄を飛ばしてもらう、そういう関係だ。
「で、どうすんの、崎田は」
「…どうしよ」
「てめ、自分で考えろよ!自分でまいた種だろー?」
「だってー!」
「まあ、俺の勘だけど、崎田は本気だよ」
「…そう思う?」
「そう思うね」
ごくごくと3杯目のビールを飲み干して、貴也は大きなげっぷをした。
「貴也、げひん…」
「好きでもないのに勢いで男と付き合うやつに言われたかねーよ」
「…ごめんなさいー」
「しかも、オッケーした翌日から完全にシカトかましてるようなやつにな」
「……ごめんなさいーーーーー」
その通りだった。
崎田の告白を受けて、あまりの緊張とパニックから、私はその場から逃げ出してしまった。
オフィスに戻ってからも崎田を徹底的に避け、しゃべる機会を持たないように必死だった。
そんな状態のまま、1週間過ごしてしまい、ここ最近は崎田も私に話しかけなくなった。
あまりにも不自然な私を訝しんだ貴也が呑みに誘ってくれたのだ。
「で、どうすんの?」
「…うん」
「好きなの?崎田のこと」
「………嫌い」
「嫌いなの!?」
「じゃない」
「どっちだよコラ」
「嫌いじゃないの!!!!」
「だからうるっせーっての」
「わかんないよう、そんな、会って半年だよ!?しかも普段呑みにも行ったことないような会社の後輩だよ!?わかるわけないじゃん!」
「仕事以外の決断力、無に等しいな」
「そんないじめないでよ貴也せんせー…いつもみたいにこう、優しくね?」
「ダメだね。今回は他人も絡んでるし、ちゃんとしろ」
だってわかんないものはわかんないもん。
とっさに「いいよ」と言ってしまったものの、
自分の気持ちを考えたことなんてほとんどなかった。
考えたことのあることなんて、ひとつだけ。
『恋は怖い』
「怖いよ、恋は」
貴也は何も言わずに、運ばれてきた4杯目のビールに口をつけた。
「あんな思いをするのは、嫌だよ」
ごくごくと勢いよくビールを流しのみ、3分の2ほど飲んだところで、
貴也はタン!とグラスをテーブルに置いた。
「まあ、今お前は同じことを崎田にしてるけどね」
貴也の言うことはいつも的確だ。
私は、自分が一番されたくないことを崎田にしてしまっている。
でも。
でも!
「とりあえず、崎田と会え。会って話せ」
「…いつ?」
「今」
「今!?」
「遅らせたってしかたねーだろ、今、会え。そんで全部話せ。」
「む、む、むむ無理」
「うるせー早く連絡しろ」
「だって連絡先、しらない」
「はあ!?そんなんもしらねーの!?あいつもよく告白したな…」
じゃあ俺がかけるからな、と言って貴也は手際よく携帯を操作し、
あっという間に崎田につながってしまった。
「おー崎田?お前今どこ?家?今すぐ出てこい。会社の近くのバーだよ、それそれ。
あ?なんでか?ドラマ見てる?どーでもいいよ今すぐ出てこい!ユカが泣いてンからだよ!!」
豪快に舌打ちして貴也は電話を切った。
相当酔っぱらっているようだ。
貴也は、酔うとどんどんガラが悪くなる。
「電話切りやがった」
「貴也、崎田くん、なんて言ってた?」
「なんて言うも何も、『ユカが泣いてる』って言った瞬間、電話切られたよ」
「…来るって?」
「しらね。来ないかもな?」
にやにやして面白がるなんて、今夜の貴也はほんとに意地が悪い。
品もない。
ガラも悪い。
頼りにしてたのに甘えさせてくれない。
貴也なんて、貴也なんて!!!
「ユカは、ちょっと極端すぎるよ」
貴也の話なんて!
「初恋のそいつがどんな奴だったかしらねーけどさ、そいつだけが男じゃねえだろ」
わかったようなこと言って!
「傷つくのなんて当たり前だよ、生きてんだからさ」
急に金八先生みたいなこと言って!
「でもさ、ユカは、傷ついても損しても、それでも知りたいと思うこと、ないの?
崎田に1ミリも興味がないのか?あんまり難しく考えんなよ。
ちょっとでも知りたいと思うなら、飛び込め。そっから考えろ」
「もう、マスターっ!!ビールおかわりっ!!!!」
「ユカさん!!!!」
やけ酒を注文したら、ビールよりも先に崎田が現れた。
反射的に逃げ出しそうになる私の腕を、貴也がテーブルの上で押さえる。
走ってきたのか息を切らせてこちらを見る崎田の、メガネがちょっとずれてて、思わず笑ってしまった。