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POP TUNE  作者: roody
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(1) さよならなんて云えないよ

告白してきたのは彼のほうだった。

動悸が激しくて、緊張が度を越していたんだと思うけど、

顔を真っ赤にしてふるふると震える彼に「付き合ってほしい」と言われた。

生まれて初めて告白されたことで私も緊張してしまい、つい「いいよ」と言ったのがきっかけで、

私たちは付き合い始めた。

中学三年の春だった。

本気の恋愛とか、真実の愛とか、言葉は知ってるけどあまりピンときたことがなかった。

でも、自分では気づかないくらい彼のことを好きになっていたと知ったのは、

彼と別れることになった時だった。



彼と付き合って半年が過ぎたとき、彼の浮気現場を見てしまった。

髪の長い女の子とふたりで腕を組んで歩いているところを。

彼は笑っていた。

私は呆然とその場に立ち尽くしてしまい、しばらく動けなかった。

こちらへ向かってくる二人が私に気づいたとき、我に返って走って逃げだした。

彼が私の名前を呼んでいた気がする。でも、呼んでいたかどうかはわからない。

それ以後、私は彼と連絡を取っていない。

何度もかかってきた電話も、送られてきたメールも、すべて無視した。

理由はただ一つ。

怖かったから。

彼に嫌われて、別れをつきつけられるかと思うと怖くてたまらなかったから。

私はあの時、真実から走って逃げだしたのだ。




*******************




絶えず動くコピー機の音とあちこちで飛び交う事務的な連絡で、

オフィスはいつも騒がしい。

その日、私は午後にプレゼンを控えている企画のチェックに追われていた。

新人アイドル歌手のプロデュース戦略についてのプレゼンは、今回で二回目。

前回はベテランの竹淵部長がほとんど枠組みを作ってくれたけれど、

今回は最初から最後まで一人の仕事。

だから実際は、今回が初めての大がかりなプレゼン。

ともすれば社運がかかっている今回の仕事で、安易な失敗は許されない。

私は今までにない緊張感に見舞われ、胃が溶けそうなほどの胃酸を感じていた。


(ああ…お腹痛い…)


机に突っ伏しそうに前かがみになったところで、

突然後ろから肩をたたかれて体が跳ね上がった。



「ひっ!!!!」


「ユカさん、元気ないんじゃないすか?」


「…崎田くん、いいかげんにしてよ」



プレゼンを前にして、心臓発作で死ぬかと思った。

そう悪態をつくと、崎田はにこっと笑ってコンビニの小さな袋を私に差し出した。



「オツカレの時には、甘いものがいいんすよ」



色んな種類のチョコレートが詰め込まれた袋を受け取り、

少しだけ気が緩む。



「ダースは?」


「二種類」


「クランキーは?」


「もちろん一口サイズ」


「チロルチョコのハバネロ味は?」


「え、そんなんあるんすか!?」


「ないよ。あってもいらないし。」



あはは、と私が笑うと、へへ、と崎田も笑った。

この崎田コウイチという男は、同い年だが会社では一つ下の後輩だ。

前髪は短く、茶髪に赤縁の眼鏡。

濃紺のワイシャツに細かいストライプのスーツを着こなす23歳。

見た目やしゃべり方には、こういう業界特有の軟派さというか、チャラさが前面に押し出ているけど、なかなか気の利く男だ。



「ありがとね、頑張るわー」


「うわっ、なんすかその棒読み」


「え?何を期待してたの?」



私は、元気がないとか誕生日だとかいう理由で、何かにつけこうやって差し入れなどを持ってくるこいつに、必要以上に予防線を張ってしまう。

こういうことをそつなくできるこの男は、相当モテるに違いない。

こんなやつを好きになる女は、絶対に泣きを見る。



「さすがユカさん、鉄壁の守りっすわ…」


「はいはい、ほんとありがと。私、プレゼンの準備しなくちゃいけないから」


「あ、あのっ」


「何?まだ何かくれるの?」


「いやあ…プレゼンの後で、いいっす。」


「?…あっそ」



あの時以来、恋をするのが、とても怖い。

好きになった相手に嫌われるのが怖くてたまらないから、私は人を好きにならないようにしてきた。

だから、他人の好意も、可能性だけで恐ろしい。

だから、私は少し崎田が怖い。

怖くて、怖くて、たまらない。




*******************




プレゼンは一応、成功した。

dessert(でざーと)”という名前の4人組のアイドルを結成し、

メンバーにそれぞれフルーツのキャラクターをつける。

シーズンに合わせた曲の売り出しやすさ、少女のみずみずしさと果物のイメージの相性等の熱弁を重ね、

私のプレゼンは終始つつがなく終了した。

会議室からオフィスルームへ戻る廊下に、崎田が立っていた。



「崎田くん、何してるの?」


「あ、ユカさん。プレゼン、どうでした?」


「別に、ふつうよ。特に問題なく終了」


「そっか、そりゃあ良かった」



いつもの余裕で軟派な態度とは違い、落ち着きなく手を動かして、天井を仰いだりうつむいて足元を見たり、

どこか恥ずかしげなそぶりでしゃべる崎田は、

違和感の塊だった。



「何、なんか、変だよ崎田くん」


「えー!?まいったな…ど、どこがっすか?」


「どこが、って…全部」


「きついなーユカさん……俺、これでも結構覚悟してきたのに…。じゃあ、あの、聞いてください」



待って。



「俺、入社したときから」



言わないで。



「ユカさんのこと」



聞きたくない。



「ずっと好きでした。俺と付き合ってください。」



私はきっと、こう答えてしまうから。









「いいよ」








きっと、逃げ出したいくらい恐ろしい「恋」に、足を踏み入れてしまうことになるから。



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