02.鬼同期とエビカツサンド
廊下にガラガラと台車の音が響いて、私ははっとして長谷川を見返した。
「言わないのはいいけどさ、でもあんた別に会社でのイメージ良くないよ。キツくて怖いもん」
「は?」
長谷川が何かを言おうとした途端に、引越し屋さんが「すみません」と口を挟んだ。
「こちらの棚なんですが」
「あ、はい」
長谷川が振り向いた隙に、私は肩からずり落ちかけていたカバンをかけ直した。
「じゃあ、また月曜日に」
「あ、待て、立花!」
「待たない! お腹空いたから!!」
私はエレベーターホールまで一気に走って逃げた。
引越し屋さんが使っていたエレベーターがまだ開いたままだったから、そのまま飛び乗って一階まで降りた。
我ながら、小学生みたいな逃げ方だった。
お腹空いたからって。少なくともアラサーの言い訳じゃない。
長谷川のエプロン姿、写真に撮っておけばよかった。それで仕事中に長谷川がイラつきだしたら見せてやるんだ。
さっきの姿を思い出してにやにやしながら、私は近所の牛丼屋へ向かった。
***
「げえ」
大盛り牛丼を平らげて、コンビニでカップ麺と菓子パンを買い込んで部屋に戻ったら、マンションの廊下で長谷川が待ち構えていた。
エプロンは外してたけど、袖をまくったシャツにジーパン姿で、やけに新鮮だった。
こいつ、飲み会でもシャツの袖ひとつまくらないもんね。
「何してんの」
「立花を待ってた」
眉間にシワを寄せた長谷川がグイッと距離を詰めてきた。圧が強い。怖い。
「なんで」
「引っ越しの挨拶」
「嘘だあ」
「嘘じゃねえよ。他にも聞きたいことが山ほどあるがな」
「……これ、部屋に置いてきていい?」
手にぶら下げたままのコンビニ袋を見せると、長谷川が小さく頷いた。私は急いで部屋に荷物を置きに戻った。
「時間かかる?」
「それは立花次第だな」
「じゃあどっか行こうよ。なにもマンションの廊下で説教とかされたくないんだけど」
「そんなつもりじゃねえけど……まあ、そうだな。俺この辺わからないから任せていい?」
「いいよ。最寄りカフェがタリーズとコメダなんだけど、どっちがいい?」
「コメダ」
「行こう」
長谷川はまだムスッとしていたけど、黙って私の後ろについてきた。
黙ったまま、住宅街を五分くらい歩いてコメダへ向かった。カウンター席しか空いてなかったから、並んで座ってメニューを開く。
コメダに来るなら、さっきの牛丼を大盛りにしなきゃよかった。
私はコーヒーだけ頼んで、長谷川の注文が終わるのを待ってから声をかけた。
「で、なあに?」
「……俺のイメージ良くないって言ってたじゃん」
「うん」
「良くないかな」
「いいか悪いかで言えば、悪いよ」
長谷川の顔が渋くなった。
なんだ。やっぱり自覚なかったんだ。
「だって言い方キツイもん。その内パワハラで人事に怒られてもやむなし」
「そんなに?」
「無自覚にもほどがあるでしょ」
日頃のうっぷんが溜まっていたせいで、つい私の言葉遣いが悪くなってしまった。
いけない。このままだと私の方がパワハラになっちゃう。
「なんか、いつも怒ってるみたいな言い方するじゃない?」
「そんなつもりねえよ」
「そうなの? 昨日、『何年やってんだ』って言われたけど」
「……軽口くらいのつもりだったけど、駄目だった?」
「駄目だねえ。『あと百回読み直してこい』も駄目だよ。課長に言われなかった?」
長谷川は気まずそうに目を逸らした。
「『疲れてるなら、一息入れておいで』とは言われたけど」
あー……それ、やんわりし過ぎて伝わらなかったやつだ。
ていうか、あれを軽口のつもりで言ってるなら、けっこうはっきり言わないと伝わらないタイプなのかも。
どう言えば伝わるかなと考えていたら、私の前にコーヒーのジョッキが置かれて、長谷川の前にはコーヒーと大きなエビカツサンドが運ばれてきた。
いいなあ!
でも、さすがにまだ、コメダのエビカツサンドを頼めるほどお腹が空いてない。明日ひとりで食べに来ようかな。
長谷川を見ると、なぜか少し困ったような顔をしていた。
「でか……」
「コメダならこんなもんじゃない?」
「そうなん? 俺、コメダ初めてなんだよね」
「え? じゃあなんでさっきコメダって即答したのさ」
「……どっちも行ったことなかったから、とりあえず」
もしかして長谷川、けっこう不器用なタイプ?
そう見えてきたら、なんだかちょっとかわいく見えてきた。
「それ、全部食べられる?」
「……たぶん」
「大変だったら一切れちょうだい。食べたかったけど、さっき昼食べたばっかだから、全部は厳しくて頼めなかったんだ」
「そういうことなら、一切れくらいならやってもいい」
「ふふ、ありがと。美味しいから嬉しいなあ」
豆が乗っていた小皿にエビカツサンドを一切れもらって、ありがたくかぶりつく。
おいしい!
「あー、ていうかさ」
長谷川がエビカツサンドを頬張ったまま、もごもごと口を開いた。
「仕事中なら、ある程度厳しい言い方するのって普通じゃねえの?」
「限度があるでしょ」
「限度……」
長谷川はコーヒーをすすってから、口いっぱいだったエビカツサンドをようやく飲み込んだ。
私の分は美味しすぎて、一瞬でなくなっちゃった……。やっぱり近いうちにひとりで来よう。
「書類に不備があったらさ、『ここ違うから直しておいて』でいいじゃん。わざわざ私の年次についてイヤミ言う必要ないでしょ」
「……うん」
「全体的に誤字脱字を直してほしいなら、普通にそう言えばいいじゃん。百回読ませる必要ないでしょ」
「そうだな……」
「なんか疲れてた? 課長が彼女にフラれたんじゃないかって心配してたけど」
正確には野次馬だったけど、それはそれだ。
何もかもを正直に言う必要なんてない。
「フラれてねえ。ていうか、今は彼女いねえよ」
「だよね」
「だよねってなんだよ」
「あ、ごめん。つい。いつも遅くまで仕事してるし、言葉遣いキツイから彼女がいる気がしないなって思ってただけ」
何もかも正直に言わなくていいって考えたそばから、思いっきり本音を口にしてしまった。
さすがに怒られるかなと身構えたけど、長谷川は空になった皿を見つめたまま、難しい顔で黙り込んだ。
「えっと、損してると思うんだよね」
「損?」
「うん。長谷川って仕事早いし、周りもよく見えてるでしょ。でも、それをきつい言い方で伝えたら、みんな怯えちゃうし、肝心なこともちゃんと伝わらないし、もったいないよ」
そのせいで空気も悪くなるし、後輩は私のところに泣きついてくるし、ほんといいことない。
私ひとりなら同期だし「はいはい」って流せる。でも、そのせいで余計な仕事まで増えるのは普通に迷惑だから、いい機会だしなんとか矯正しておきたかった。
書いてて、めっちゃエビカツサンド食べたくなった
ヒロインが健啖家なのは私の趣味です
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