憂鬱
早朝玄関を出るとき、何気なく足元を見ると、外へ向かって開けた扉の下敷きになって、一匹の灰色のいもりが死んでいるのを見つけた。
さてそれが、いつの間にか死んでいたのか、それともいつの間にか殺されていたのか、飯森には分からない。
少なくとも、四本の細く短い手足が、滅茶苦茶によじれて、身体にあべこべに巻き付いている以外は、それは恰も博物館のショーケースの内側の、数百年前の宝飾品のように、まだ確かに目も見開いたまま、死に絶えたものとは判断がつきかねるほど、美しかったのだから。
飯森は、午前八時半に家を出た。何かの気変わりで、歩いて目的地へ向かおうと考えたからである。スマホで調べたところによれば、区役所の開庁時刻の九時には、飯森の住んでいるアパートの三階からは、それくらいで着くらしい。
四月末に、飯森は仕事を辞めた。二百人くらいが勤める小売り大手の本部では、広報を担当していたが、二月に中途で入社して、二カ月で退職したのである。
いわゆる現代人の一部に共通する社会不適合者の一人で、飯森は会社という組織に全く慣れることができない。既に五社ほど渡り歩いて、全て半年と続かない。
資本主義経済に毒された、脱精神主義社会の、職場の人間たちのあの死者のような白々しさ、そして一方的に己の生前の後悔を強制してくる厚顔無恥さのいずれも、飯森には耐え難く、そういう生活が二週間も続くと、飯森は通勤中の電車やバスの中で、そういう生活に何の現実感もない、虚無感に親しむようになって、最後には職場の同僚を無差別に刺殺する幻想と妄想こそが、何よりも現実的に思われてくるのだった。
何よりもわけが悪いのは、飯森が中途半端に国立大学を卒業していて、少なくともそこらの平均的市民と比較すれば、明らかに輝かしい経歴を持ち、実務的で実力過剰で、ある種彼自身が彼の過去を持て余しているということだ。
学歴社会というのは、とんでもないきちがいが仕組んだ破綻構造だと、飯森はことあるごとに無能な先人を嘲笑していた。何故なら学歴社会は、まさしく現実的に、飯森のような社会的欠陥品を、予め社会の階層構造からはじき出すことができないという、重大な欠陥を所有していたからである。
明治維新以降、数々の偉大な賢人たちに背いて、我が物顔でこの国の中枢を支配してきた無能が、次世代の無能を生み出すための構造的欠陥、もしくは構造的成功こそが、この学歴社会、そして即物的な顔面雇用主義に他ならないのだと。
とはいえそんな薄っぺらい教養の披歴も、飯森には今は関係がない。彼は今失業者なのだから、彼が今すべきは、ようやくあの忌々しい会社から自宅に届いた、健康保険資格喪失証明書を片手に、区役所まで三十分ほど歩いて、けだるげな朝の市民総合窓口課の窓口に、国保加入手続き書類を突き返すということだけだ。
区役所の自動扉を出ると、外はさながら昼の気配だった。しかし五月の気候ほど、何も苦痛に感じない気候はない。辺りはもの涼しい暢気に包まれて、まばゆい夏の日差しも天空の彼方にまだ隠されている。
どこまでも白々しく無関心な気配、虚無の予感を常に風に孕んで不安定な様相、あまつさえ剣呑な清浄に麻痺した小市民たちの愚鈍と無知によって保持されているこの小賢しい世界。
この世界、まさしくこの世界。飯森は自分が、この世界の住人ではないことに、つくづく安心していた。
自分はもはや、住むことが可能なこの世界の任意のどこにも、住まなくてよいのだ。狭い家の中に引きこもって、自分だけの世界の住人でいるだけで、勝手に世界は動いていた。
街頭の横断歩道、背の高いちかちか光る信号機、轟音で過ぎ去る自動車、よろける自転車、弱いばかりに何よりも強情で勝手気ままな歩行者、それらのすべてが、飯森には今や清々しいほど無縁のものだった。それらは誰一人、確実に、飯森の存在を否定していた!
これほど自分を気楽に感じることができる瞬間は、この五月の昼町の十一時ごろの、白けた秩序の下に、安寧と虚無と蒙昧の旗印で完結していた。ただ、この世界が果たして、飯森の本当に望んだ世界だっただろうか?
いやそうではなかった。この世界もまた、飯森が逃げ出すべき世界の一つに他ならない。
この世界というのは実に単純なものだが、逃げ出したと思って逃げ出した先には、また別の、自分自身を決して許容しない、別の逃げ出すべき世界が待ち受けているだけであり、したがってこの世界の空間的な連なりから物理的に逃避することは、不可能だ。それは生命の原理そのもので、つまり人類がこうして祈願するのは、例えば神などといった、存在しない空想の産物を用意してまで自分自身を拘束しようとさえするのは、永遠を生きようという野心と欲望に他ならない。永遠に生きるということはすなわち、逃避すること自体を放棄するという、最も完全な逃避の方法であるからだ。空間的な逃避が不可能なら、時間的な逃避に運命を委ねる以外に方法はない。
飯森は、また無表情で歩き出した。既に疲れていた。運動の習慣もなく、そもそもアパートの一室に閉じこもり、ゲームや自慰で一日を浪費するわりに、二十半ばでもまだ堂々と一日十五時間ほど寝ていられる臆面もない肉体に、片道3キロの散歩と窓口での長い待ち時間は真に堪えた。
なぜ歩いてここまで来たのか、飯森は自分とその場当たり的な発想を苦笑していた。というのも、そもそも区役所までやってきて、新たに国の世話になろうという行為自体、実は次の生活に向けての準備に他ならないことを、飯森自身が誰よりも理解していたからである。逃避の次の逃避に向けて、自分は羽を休めているだけであるということが飯森には馬鹿らしかった。
沿道の民家の塀近くの鉢植えの小綺麗な花は、毒々しいほど色付いて、新成人の日の振袖を通した二十歳のけばけばしい女たちのように、美しさの向こうに、目に余るほどの醜さを予感させながら、それは懸命に今をきらめいていた。
そういう生命の理不尽な漲りを目にすると、飯森は喉に言い知れぬ渇きを覚えた。それは永遠からくる癒えない渇きのようだった。雑踏の少ない閑静な昼前の住宅街の道路は、どこまでも続いて、果てもなく迷路のようにも思われる。渇きはこの干上がった川底のような街並みから来るのかもしれなかった。
飯森は立ち止まって、あたりを見回した。すると丁度自販機がある。使い古されて、青色の外装が半ば日光に褪せて、陳列される価格がいまだに改訂されていない。ボタンを押せば、本当にそれが出てくるかも分からないことなど、飯森にはどうでも良かった。
飯森は即座に、ポケットの財布から硬貨を数枚取り出して、躊躇なく目の前に投入した。何を飲むか、それは簡単だ。一番身体に悪いものを飲めばいい。そうすれば早くこの肉体は滅びるだろう。肉体を滅ぼして、永遠に化身しよう。
排出口が音を立てた。よく冷えた甘味料まみれの炭酸飲料が、何の問題もなく飯森の手に渡った。
飯森はプルタブを捻った。何も起きない。小さなアルミの缶の暗い底から、炭酸が今にも澎湃と、ぷつぷつ破裂する音ばかりする。
飯森の額に一条の汗が落ちた。ああもしかすると、この音を聞くためだけに自分は生まれ、或いは今日ここまで歩いてきたのかもしれない、もしそうだとしたら、どれだけ自分の人生は卑劣なもので、下らないものだろうと、飯森は失笑した。
この小さな破裂音から、また次の世界が始まるのだと。飯森が全く求めもしないのに、けれどそこへ入場せねばならない、人生という埃まみれの汚れ果てた舞台が。飯森は自殺しないつもりなら、ずっとそこに立ち続けていなければならない。すくなくとも、この身を捧げて自殺するほどの価値もない、たとえようもなく低俗なこの物質的社会に用意された小体な舞台のいずれかに。
終戦後まもなく、空襲で荒廃した街並みを前にして、きっと彼らもまたそんなあてもない想いに駆られ、未来という絶望にたそがれていたに違いないのだ。それは誰も望みもしない未来だった。
戦後の果てもない焼野原に、一本の電信柱が焼け残ってしまったせいで、一棟のビルが生き残ってしまったせいで、そしてこんなところに、一台の古めかしい自販機が残置されているせいで、つまり希望と関心と欲求が人間の性的本能に刷り込まれているために、まだ歩き続けねばならなくなってしまったことに、飯森が途方もない無力を感じていると、
「おい兄ちゃん、それ、俺んだろ。俺の釣銭盗んだろ」
と、唐突に何者かが怪訝に飯森に抗議した。
飯森が振り返ると、そこに肉体労働者らしい、薄汚れた作業着の、手ぬぐいを額に巻いた、いかにも小汚い中年の男がいた。
「兄ちゃん、人のものを勝手に飲んだら、それは犯罪だぜ。俺が何を言いたいのかわかるだろ。さっさと金をよこしなよ」
飯森は男が何を言いたいのか分からない。というよりも、分かる気にならなかった。
飯森は疲れていた。男に何を言われても、その場で缶を唇に当てて、勢いよく空を仰いだ。見開かれた視界の全部を、突き抜けるほどの青空が輝いていた。
「おい、ふざけてんのか。俺のことが聞こえねえのかこの野郎」
忽ち男は憤慨して、四の五も言わず飯森に殴り掛かった。飯森は男の体当たりで吹き飛ばされて、自販機に背中をぶつけた。そのはずみで炭酸飲料が少しこぼれて、飛沫がシャツの腹部らへんにかかった。
飯森は疲れていた。飯森は無感情に、よろけた体勢を持ち直して、冷静に、手に持っていた半ばは炭酸飲料で満たされた缶を高く振り上げて、男の頭に振り落とした。
「あっ」
男は一声ののちにその場に崩れた。うつ伏せに男は倒れている。丁度目立ちやすいその薄禿の頭頂部は、狙いを定めるのに都合が良い。
飯森は跪いて、うつ伏せの男の狙いやすい頭部をめがけて、何度も何度も缶を打ち付けた。鬱血はしても出血はしない。割れるどころか凹みもしない。薄い頭髪とその皮膚の下の頭蓋骨から、無機質で鈍い快音が反響してくるだけである。
そのうち、アルミ缶の方が先に、殴るのに向かないくらいすっかり変形してしまった。
飯森は立ちあがった。住宅街の小径には、まだだれもいない。ただ汚い作業着姿の男が、ピクリともせず、まるで死んだやもりのように、うつ伏せで地面に寝転がっているだけである。
飯森は炭酸飲料がいつの間にか全部なくなっているのに気付いた。だから、ひしゃげた空き缶を空き缶入れに捨てて、改めて同じものをもう一つ、自販機で買った。
飯森は新しい缶のプルタブを捻った。芳しい糖がまた鼻腔に充満する。頭上では正午の太陽が輝きを増し始めている。木陰を求めるくらいの暑気が、すぐそこまで迫っているような気がする。
飯森は、炭酸飲料の缶を一気に飲み干した。束の間の小休憩のサラリーマンが、オフィスの外の自販機の前で考えるように、アスファルトの固く冷徹な道のりは、まだまだ道半ばに過ぎないと思った。




