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乙女ゲームの悪役幼女、前世に目覚める

作者: 魚谷
掲載日:2026/01/25

良く晴れた春の昼下がり。


私、オリヴィエ・レム・ネフィリムは前世の記憶を唐突に思い出したのは、もしかしたら神様が、将来、殺されるだろう私を憐れんだからかもしれない。


前世の私は二十代前半の日本人の会社員。


日々の激務でぼうっとしていたところ、交通事故で短い生涯を終えた。


そこからどうやら転生を果たしたみたい。


鏡に映り込む自分の姿をまじまじと眺める。


昨日と何ら変わらない姿だけれど、唐突に思い出した前世の意識が少し混じっているせいか、妙に新鮮に見える。


背中まで流した豊かな銀髪に、涙がこぼれそうなほど潤んだ青い瞳。


顔の形はしゅっとした小顔で、目鼻や唇といったパーツがバランス良く配置されている。


肌は色白でなめらか。


ネフィリム公爵家の一人娘である私は、前世で熱心にプレイしていた『君に捧ぐ剣』という乙女ゲームに登場する悪役令嬢。


私は、本当の公爵家の娘ではない。


死産だったと勘違いした産婆が責任追及されるのを恐れ、公爵夫妻の子どもだと言われても違和感がない孤児を手配し、すり替えたのだ。


そしていざ本当の娘を密かに埋葬しようとしたその時、娘は不意に息を吹き返し、元気な産声を上げた。


本来であれば喜ぶべきことだけれど、すでに赤子はすり替えた後。


産婆は公爵夫妻の娘を自分の手で養育することを決める。


本来の公女──ゲームの主人公であるローレライが母だと思っていた産婆の遺書で真実を知り、都へやってくるのが、今から十年後──十六歳の時。


世間は驚きながら、ありえないこととは思わなかった。


なぜなら公女として育った私は生まれた時から魔力がゼロだったから。


一方、ローレライは驚くほどの魔力を秘めていた。


ゲームの中のオリヴィエは怒りに駆られ、ローレライを殺害しようとして実の父や攻略キャラたちに阻まれて失敗。


断罪され、呆気ない最期を迎える。


このまま殺されるのをただ待っているなんて絶対に嫌。


ローレライがやってくるまでまだ十年もある。


それまでに逃亡資金を蓄え、逃亡に備えよう。


大丈夫。前世を思い出したお陰でゲーム知識もあるし、十分やれるはずだわ。


それに逃亡資金の目途はすでに立っている。


私は部屋の片隅に置かれた、たくさんの贈り物の山を見る。


ドレスや、装飾品など、どれもこれも値段を聞いたら唖然としてしまうほどの品々に違いない。


これはすべて、私のパパ……公爵家当主、ゼノン・ラムル・ネフィリムから贈られたもの。


パパは、この国、シュタインヴェーク王国で一番の魔法使い。


数多の戦に出陣し、華々しい戦果を上げてきた英雄。


艶めく黒髪に、ルビーのように真っ赤な瞳の美丈夫。


確か今年で、二十七歳。


攻略キャラでないにもかかわらず、他のメインキャラたちをしのぐ人気で、アクスタなどの関連グッズがたくさん作られたほど。


でも私にとっては父親とも言えないような存在。


なにせほとんど屋敷に戻ってこず、顔を合わせることもないから。


国一番の魔法使いの娘が魔力ゼロだなんてとても受け入れられなかったのだろう。


おまけにそんな娘が恋愛結婚で結ばれた大切な妻の命と引き替えに生まれてきたんだから、尚更。


だからパパは愛情の代わりに、物を贈ることで親としての責務を果たそうとしたのだ。


屋敷の使用人には私の望みは全て叶えるように命じ、贅沢を許した。


結果?


聞くまでもないでしょ。


わがままで、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす悪女になったんだから。


私に必要なのは物なんかじゃなくて、愛情なのに。


だからと言って、ローレライを殺そうとしたことは許さないけどね。


パパが世間の親の十分の一でも愛情を注いでくれたら、何か変わっていたのかな。


意味はないと思いながら、そんなことを考えてしまう。


とにかくこの贈り物を換金すれば、逃走資金は何とかなりそう。


あーあ。せっかくファンタジーの世界にいるんだから、魔法くらい使いたかったな。


無理な話なのは十分、分かってるんだけどさ。


だって私はパパの血を引かない、魔力ゼロの孤児だもん。


前世の意識が芽生えたと同時に、神様から魔力の特典もプレゼント!っていう風にはなっていないかな。


前世で読んでいたネット小説にはそういうお話もあったと思うんだけど。


魔法が使えたら、どこでも暮らしていけるのに。


……ちょっと、試してみようかな。


ゲームの中の私は徹底的に魔法を憎み、背を向けた。


でも今の私ならもしかしたら。


物は試しって言うし。


前世の記憶が蘇ったんだから、他にも奇跡が起きる可能性はゼロじゃない。


ゲーム中、ローレライがはじめて魔法を使う場面を思い出してみる。


確かパパが自分の娘だと言い張るローレライが魔法を使えるか、試したんだよね。


『意識を集中させろ。自分の中の魔力に呼びかけるんだ』


意識を集中する。


お願い。私の声に応えて。


両手を、水をすくいあげるような形にする。


「火よ」


そう呟いた瞬間、手の中に火が生まれる。


「嘘!?」


しかしすぐに別の驚きに取って変わる。


「ちっさい!?」


マッチで起こした火くらいささやか。


けど、魔法が使えちゃった。


これって、転生特典って奴?


とはいえ、前世のネット小説に出てくるようなチートと呼ばれる能力と言うには、あまりにささやかなものだけど。


「お嬢様?」

「ノア?」


そこにいたのは、ノア。私の専属メイド。


「今、ま、魔法を……?」

「あ、う、うん。使えちゃった、みたい」

「執事様ぁー! すぐに公爵様に早馬をぉぉぉぉぉぉ……!!」


それから屋敷は大騒ぎ。


すぐにパパがやってきて、魔法を使うように言われた。


魔法を使うと、少しだけど驚いた顔をしたパパは「魔法の特訓だ」と翌日から、魔法について色々教えてくれるようになった。


パパは手取り足取り、丁寧に教えてくれるようになった。


私が失敗しても怒鳴ったりせず、根気強く。


原作知識がある私にはそれが意外だった。


もっとスパルタで厳しいと思っていたのに。


「……私が魔法を使えるようになったから、嫌いにならなくなったのかな?」


ある天気のいい昼下がり。


お庭でお茶を飲んでいた時に私がぽつりとこぼした一言に、「お嬢様、何を仰っているのですか!?」とフュリオが反応した。


フュリオはパパの側近で、公爵家騎士団の団長を務めてもいる。


今日はパパがひとりの公務だったから、フュリオは屋敷に留まって私の護衛を務めてくれていた。


「だ、だって……」


「公爵様はお嬢様を大切に想われていらっしゃいます。それは私が保証いたしますっ」


「私もです、お嬢様。公爵様はお嬢様を愛していらっしゃいます!」


ノアまで言う。


「でも……今までは──」


「それは公爵様は色々とお忙しい方ですから、そのせいですよ」


「そうですっ!」


私は原作を知っているから、違うってことは分かってる。


でもふたりが一生懸命に否定するから、あんまり落ち込んでもいられない。


「わ、分かったわ」

「本当ですか?」

「本当だよ」


いずれはここを離れるんだから、そのために私は魔法を学べばいいわ。


確かにパパが本当に私を好きでいてくれたら嬉しいけど、私は本当の娘じゃないんだから、それは望めないよね?



「公爵様、おかえりなさいませ」

「ああ」


俺、フュリオ・スタークは、公務からお戻りになった公爵様に深々と頭を下げた。


「オリヴィエは?」

「もうお休みでございますよ。寝室で寝顔を見にいかれますか?」

「……いや、起こしてしまったらかわいそうだ。──これを。明日のお茶の時間にでも出してやるよう、ノアに渡しておけ」

「これは王都で有名なパティスリーのクッキーですね。まさか公爵様がこのようなものをお買いになられるなんて」

「……御者が、子どもが好きなお菓子だと言っていたからな」

「なるほど。あの、公爵様」

「ん?」

「今日のお茶の時間でのことなんですが、お嬢様はご自分が魔法を使えるようになられたから、公爵様が興味を持たれていると思っておられますよ」


その時、公爵様の表情が一変する。


「そんなわけが……!」

「ですが、お嬢様がそう勘違いしてしまうのも無理からぬことかと。公爵様。誤解は解いておいたほうがよろしいのでは?」

「言えるわけがないだろう。あの子から母親を奪った罪の意識で、今まで避けていたなんて……。そんなことを知ったらオリヴィエは……」


感情を滅多に表に出されない公爵様の表情がかすかに歪む。


「公爵様のせいではありません。それは屋敷の誰もが知っていることです」

「いや、俺のせいだ。あの時、俺が魔物討伐になど出ていなければ……」


公爵様は、亡き奥方様の死に大きな責任を感じていらっしゃるのだ。


国王より魔物討伐の任を命じられた当時、奥方様はオリヴィア様を身籠もっておられた。


公爵様は国命を無視して屋敷に戻った。


いつ産気づくか分からない奥方様を、ひとりで置いておくわけにはいかなかったのだ。


国王からの矢継ぎ早の催促も無視し、貴族の中からは命令無視で投獄するべしと声まで聞こえていたが、それでも公爵様は動かなかった。


『ゼノン。魔物討伐に出かけて』


奥方様はベッドで、公爵様に告げた。


誰より公爵様がそのことに動揺されていた。


『……お前までそんなことを言うのか。投獄なんてできるわけがない。ただのこけおどしだ』

『そうではなくて、魔物討伐なんて国一番の魔法使いであるあなたにしかできないことよ。王のことなんかどうでもいい。でもあなたにしか救えない人々がいるの。お願い』

『お前のことは……』

『ん?』

『お前にもしもの事があったときには誰が守ってやれる?』

『屋敷にはどれだけの使用人がいると思っているの? 大丈夫よ。それに、あなたがいても役に立たないでしょう。赤ん坊を取り上げる方法を知っているの?』

『本で読んだ』

『魔導書ばかり読んで実践を怠るやつにろくな魔法使いはいない、って言ってたわね』

『……』

『お願い。あなたにはあなたにしかできないことがある。魔物をちゃちゃっと倒して現地の人を救って戻ってきて。その時には、ふたりで“おかえりなさい”を言ってあげられるから。ね?』

『……』

『ゼノン。返事は?』

『……分かった』


公爵様は国王からの命令には逆らえても、奥方様のお願いには逆らえなかった。


こうして魔物討伐に出かけ、無事倒した直後。


国から奥方様が危篤になったという知らせが届き、すぐに戻ったが、その時にはもう何もかも手遅れだった。


オリヴィエ様は成長するにつれ、奥方様にとても似てきた。


母親を失わせてしまった後悔が刺さったまま抜けないトゲのように残り、公爵様は距離を置くことしかできなかったのだ。


仕事に没頭し、屋敷に帰らない日が当たり前のようになった。


それでも今のおふたりの関係は日々、良くなっているようにフュリオには思える。


公爵様は、お嬢様と一緒の時間を過ごすようになった。


魔法を教えるという、不器用な距離感ながらも。


……きっとお嬢様は、公爵様がどれだけご自分を愛しているか、信じていないだろう。


気持ちは言葉にしなければ伝わらないはずだから。


これまでのことを考えれば当然だし、仕方がない。


でもまだ手遅れではない。


少しずつ少しずつ、愛情を育んでいけばいい。


きっとおふたりは、国の誰もがうらやむような親子になるだろう。


俺にはそんな予感があった。

お読み頂きありがとうございます!

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長編版タイトル『破滅確定の悪役幼女に転生してしまったので、頑張って生き残ります!』


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