第49話 『蘇る魔猪(ボア) ~『極厚』ベーコンと、狩人の涙~』
「臭すぎて捨てようとした肉」が、カオルの手にかかればどうなるか。
今回は飯テロ全開です。
深夜に読んでいる方はご注意ください(お腹が鳴ります)。
「まずは、この強烈な臭みを『洗浄』する」
俺は腕まくりをすると、岩のような肉塊を調理台にドンと置いた。
近くに寄るだけで、鼻が曲がりそうな野生臭が漂う。
ロロは「くさい、くさい!」と鼻をつまんで部屋の隅に避難し、エリアーナも心配そうに見守っている。
「無理よ、カオル。村でも散々洗ったし、香草で煮込んだりもしたわ。でも、臭みが芯まで染み付いてて……」
リザが諦め半分に呟く。
だが、俺はニヤリと笑って、棚からある瓶を取り出した。
「表面を洗うだけじゃダメだ。肉の細胞に染み込んだ魔力と血抜きをするには、これを使う」
俺が取り出したのは、琥珀色に輝く液体が入った大瓶だ。
中身は、高濃度の蒸留酒と、数種類のスパイス、そして大量の岩塩と砂糖を溶かし込んだ特製の**『魔法のソミュール液(ピックル液)』**だ。
「え、お酒……? それに、すごい香辛料の匂い……」
「肉に数千の穴を開けて、こいつを深部まで浸透させる。塩の浸透圧で中の汚れた水分を出し、代わりにスパイスと酒の香りをねじ込むんだ」
俺はフォークのような魔道具『ミート・ピアッサー』を構え、目にも留まらぬ速さで肉塊を突き刺していく。
ズババババッ!
無数の穴が開いた肉を、ソミュール液で満たした大樽に放り込む。
「本来なら、ここで一週間は漬け込む必要がある」
「い、一週間!? そんなに待てないわよ! 肉が腐っちゃう!」
「普通ならな。だが――俺にはこれがある」
俺は樽ごと『ミスリル製魔導燻製窯』に放り込み、パネルを操作した。
カチリ、とダイヤルを回す。
【設定:時間圧縮 × 熟成促進】
「俺の窯は、中に入れたモノの時間を操る。一週間の熟成を、たった一時間に短縮するぞ!」
「じ、時間操作!? そんな国宝級の魔道具を、ただの肉の漬け込みに!?」
リザが目を剥いて驚愕する。
そうだ、これが俺のやり方だ。
ブォォォォォン……!
窯が低い唸りを上げ、魔力が樽の中で渦を巻く。
◇
一時間後。
「……嘘でしょ?」
窯から取り出された肉を見て、リザが絶句した。
あのどす黒く、毒々しかった肉塊が、透き通るような桜色に変化している。
嫌な獣臭は完全に消え、代わりに甘いブランデーとハーブの芳醇な香りが漂っていた。
「ここからが本番だ。……仕上げの『燻煙』を行くぞ!」
俺はチップを投入する。
今回選んだのは、強い肉の味に負けない『ヒッコリー』と、甘い香りを足す『リンゴ』のブレンドだ。
そして隠し味に、魔力を中和する『浄化の葉』を少量混ぜる。
着火。
窯から、食欲をそそる白い煙が立ち上る。
煙は肉を優しく包み込み、表面を飴色に染め上げ、余分な水分を飛ばして旨味だけを凝縮していく。
脂が炭に落ちて、ジュッ、ジュワッ、と極上の音を奏でる。
その音と共に、工房内には「暴力的なまでの美味そうな香り」が充満し始めた。
「くんくん……!?」
隅に隠れていたロロが、弾かれたように顔を上げた。
「カオル! いい匂い! さっきと違う! すごいいい匂いする!!」
ロロの尻尾がプロペラのように回転し始める。
エリアーナも、ごくりと喉を鳴らした。
「完成だ。……『大森林の主』の極厚ベーコン、焼き上がり!」
俺は窯を開けた。
そこには、黄金色に輝く巨大な肉の塊が鎮座していた。
ナイフを入れると、パリッという小気味よい音と共に、中から熱々の肉汁が溢れ出す。
「さあ、食ってみろ」
俺が切り分けた厚切りの一枚を差し出すと、リザは震える手でそれを受け取った。
「こ、これが……あの臭い肉……?」
彼女はおそるおそる、その肉を口に運び――噛み締めた。
カリッ、ジュワァァァァ……!
その瞬間、リザの目が見開かれた。
「――んんっ!? ……う、うそ……!?」
燻製の香ばしさが鼻を抜け、その直後に濃厚な脂の甘みが舌の上で爆発する。
硬かったはずの肉は、熟成によって繊維がほぐれ、驚くほど柔らかい。
噛めば噛むほど、凝縮された「主」の生命力が、極上の旨味となって全身を駆け巡る。
「おいしい……! なにこれ、本当においしいぃぃッ!!」
リザの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「村のみんなが命がけで獲ったのに……不味くて捨てようとしてたのに……! こんなに、こんなに美味しいお肉だったんだ……ッ!」
「カオル! ロロも! ロロも食べるー!」
我慢できずに飛びついてきたロロに、俺は一番脂の乗った部分を与えた。
「はふっ! はふはふ! ……ん~!! 甘い! 燻製の匂い最高! カオル大好き!」
「……カオル様。これは罪深い味ですね。貴族たちが知れば、金貨の山を積んででも買い求めるでしょう」
エリアーナも一口食べ、うっとりと頬を染めている。
リザは泣きながら、残りの肉を完食し、そして再び俺の前に勢いよく頭を下げた。
「お願い! 今度こそ本当にお願い! 私を弟子にして!」
「だーかーら、弟子は取らな――」
「村のみんなにも、この味を食べさせてあげたいの! 獲物を無駄にしない、あんたのその魔法を……私に教えてくださいッ!」
その瞳は、もう単なる興味本位ではなかった。
狩人としての誇りと、料理への敬意が燃えている。
俺はポリポリと頬をかいた。
……まったく、美味いものを作ると、どうしてこう厄介ごとが増えるのか。
「……弟子は取らんが、『見習い店員』なら考えてやらんこともない」
「えっ!?」
「店が忙しすぎて手が回らないんだ。肉の下処理と、ロロの世話係。それができるなら、その間に技を盗め」
俺がそう言うと、リザの顔がパァァッと輝いた。
「やる! やります! 『親方』様ッ!」
「親方はやめろ」
こうして、王室御用達の燻製工房に、新たな(騒がしい)仲間が加わったのだった。
臭い肉、完食!
「美味い!」と言わせる瞬間は、書き手としても一番気持ちいいですね。
リザも無事に(?)従業員として採用されました。
ロロとの「野生児コンビ」が、今後どんな騒動を巻き起こすのか……。
次回、リザが店に立ったことで、新たな客層(冒険者やハンター)が急増?
そして、カオルの燻製がもたらす「バフ効果」に、リザが驚愕することになります。
「お腹すいた!」「ベーコン食べたい!」
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