第48話 『赤髪の狩人と、燻製不能な魔獣肉』
弟子入り志願の少女が持ち込んだのは、熱意だけではありませんでした。
カオルの「燻製愛」を試すような、とんでもない「難敵」が登場します。
「王室御用達」の実力が、早くも試されることに……!
「……とりあえず、頭を上げてくれ。営業妨害だ」
俺はため息交じりにそう告げた。
店の前には、まだ燻製肉を買い求める客の行列が続いている。
その先頭で、燃えるような赤髪の少女が地面に額をこすりつけているのだから、異様極まりない光景だ。
「い、いやっ! 弟子にしてくれるまで、私は動かない!」
「ロロ、やっぱり噛んでいい?」
「待て待て、ロロ。……お嬢さん、話なら聞く。だから頼むから、店の入り口を塞がないでくれ」
俺はエリアーナに目配せをする。
彼女は心得たように頷き、「皆様、本日の販売分はこれにて終了となります」と優雅に、しかし有無を言わせぬ王女(元聖女)の威厳で客たちを解散させ始めた。
◇
「――で? あんたは誰で、なんで俺に弟子入りしたいんだ?」
店じまいをした後の工房。
俺は温かいハーブティーを出しながら、テーブルの向かいに座る少女に問いかけた。
少女はロロに警戒されながらも、出された干し肉をリスのように頬張っている。
「……んぐっ。私はリザ。西の『竜の背骨山脈』に住む、狩猟民族の娘よ」
「狩人か。どうりで身のこなしが軽いわけだ」
「私の村はね、代々『燻製』で肉を保存して冬を越すの。村一番の燻製師は私のお爺ちゃん。……でも、そのお爺ちゃんでも、どうしても美味しくできない『肉』があるのよ」
リザは悔しそうに拳を握りしめた。
「美味しくできない肉?」
「そう。先日、村の皆で仕留めた大物……**『大森林の主』**と呼ばれる巨大猪よ。その肉は魔力が強すぎて、普通の火じゃ焼けないし、煙を当ててもすぐに腐っちゃうの。村の秘伝のタレに漬け込んでもダメ。ただただ、泥のように臭くて硬い……」
なるほど。
魔獣の肉、それも「主」クラスとなると、その身に宿る魔力が調理を拒絶することがある。
普通の料理人なら「食えない部位」として捨てるだろう。
だが、俺の『燻製工房』としての本能がピクリと反応した。
「臭くて、硬くて、腐りやすい……か」
「村のみんなは『呪われた肉』だって捨てようとしてる。でも、あんなに命がけで獲った獲物を捨てるなんて、狩人の恥よ! だから私は、街で噂になってた『王室御用達の燻製師』を頼って……」
リザは俺を睨みつけるように見据えた。
「あんたの『魔法の燻製』なら、あの肉を美味しくできるんでしょ!? その技術、私に教えなさいよ!」
「……教えるかどうかは別として」
俺は立ち上がり、ニヤリと笑った。
その条件、燃えないわけがない。
燻製とは本来、保存のきかない肉を、煙の力で「時を止めて」旨味に変える魔法だ。
それが通用しない素材など、燻製師としてのプライドが許さない。
「その肉、今ここにあるのか?」
「ええ。保存袋に入れて持ってきたわ」
リザがリュックから、無骨な革袋を取り出す。
袋の紐を緩めた瞬間――。
ドォォンッ!!
強烈な獣臭と、鼻が曲がりそうな野生の臭気が店内に充満した。
腐敗臭ではない。濃縮されすぎた「生命力」の暴走した臭いだ。
「くさっ! カオル、これ敵!?」
「うっ……これは、強烈ですね……」
ロロが鼻を押さえて逃げ回り、エリアーナですら眉をひそめてハンカチを取り出した。
袋の中には、まるで岩のようにゴツゴツとした、赤黒い肉塊が鎮座している。
表面からはバチバチと魔力の火花が散っていた。
「どう? ……無理でしょ? お爺ちゃんも『これは人が食うものじゃない』って」
リザが挑発的に言う。
だが、俺は逆に目を輝かせて肉塊に触れた。
「……いいや、最高の素材だ」
「はぁ!?」
「魔力が強すぎて普通の火が通らないなら、魔力を『煙』で中和すればいい。臭みが強い? それはつまり、旨味の爆弾ってことだ」
俺の脳内で、レシピが組み上がる。
使うチップは、香りの強い『桜』と『ヒッコリー』のブレンド。
そして、下味にはとっておきの『アレ』を使う。
「リザ、弟子入りは断る。俺は人を教えるほど人間が出来てない」
「なっ……! ここまで来て追い返す気!?」
「だが――この肉を最高に美味くして、お前の村に持ち帰らせてやることはできる。手伝え。今夜は徹夜で仕込みだ」
俺がミスリル窯の蓋を開けると、リザは呆気にとられ、そしてパァッと顔を輝かせた。
「……うんッ!!」
新たな獲物を前に、俺の燻製魂が激しく燻り始めた。
今夜のメニューは、『主の角煮風・極厚ベーコン』だ。
臭い肉ほど、燻製すると化けるんです。
というわけで、リザの持ち込み案件スタート!
「魔力を煙で中和する」という異世界ならではの調理法にご期待ください。
次回、いよいよ調理開始。
強烈な獣臭が、どうやって「飯テロ」の香りに変わるのか?
ロロがよだれを垂らす結末が見たい方は、ぜひブクマと評価をお願いします!




