第42話 『商業ギルドの女帝、襲来。「店を売れ」と迫る彼女を、黒い宝石「燻製コーヒー」と「焦がしバスークチーズケーキ」で沼に沈める』
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前回、赤竜の鱗をホットプレートにするという暴挙で、美味しいハンバーグを堪能し、結束を深めたカオルたち。
しかし、その賑わいを「金」の匂いとして嗅ぎつけた組織が動き出します。
王都の経済を支配する『商業ギルド』。
そのトップに君臨する「女帝」が、札束を持って店に乗り込んできました。
「あなたの店、買い取ります」
圧倒的な財力の前に、カオルが出す答えは「NO」。
そして、交渉のテーブルに出されたのは、黒く焦げたケーキと、香るコーヒー。
苦味と甘味、そして煙の魔法が、冷徹な女会長の計算を狂わせます!
「単刀直入に言います。この『森の燻製工房』の全権利と、あなたが持つ燻製技術……金貨5,000枚で買い取らせていただきます」
開店前の静かな店内に、澄んだ、しかし氷のように冷たい声が響いた。
カウンターの向かいに座っているのは、仕立ての良い紺色のドレスを着た美女。
彼女は、この国の流通を一手に担う『商業ギルド』の会長、ミレイユ・ランバートだ。
背後には、黒服の護衛たちがズラリと並んでいる。
「金貨5,000枚……。一生遊んで暮らせる額ですね」
「ええ。あなたは田舎でのんびり暮らせばいい。技術は我がギルドが管理し、大陸全土に『缶詰』として展開します。悪い話ではないでしょう?」
ミレイユ会長は、完璧な営業スマイルを浮かべている。
だが、その目は笑っていない。
彼女は「味」を見ているのではない。「利益」を見ているのだ。
「お断りします」
俺は即答した。
ミレイユの眉がピクリと動く。
「……交渉の余地はないと? 金額が不満ですか?」
「いいえ。俺は自分の手で作って、客の顔を見て提供したいだけです。工場生産の缶詰にする気はありません」
俺の言葉に、ミレイユはふぅ、と呆れたように溜息をついた。
「職人のエゴですね。素晴らしい技術も、拡散させなければ無価値です。……いいでしょう。ならば力尽くで――」
護衛たちが一歩前に出る。
すかさず、店で掃除をしていたセシリアがモップ(!)を構え、ロロが低い唸り声を上げる。
「待ってください、会長さん」
俺は慌てて制止し、ニヤリと笑った。
「せっかく来ていただいたんです。……少し、『休憩』していきませんか? ビジネスの話は、糖分を補給してからでも遅くない」
「……は? 私は遊びで……」
「当店の新作スイーツです。これを食べても、まだ俺の技術を『缶詰』にできると思うなら、その時は交渉に応じましょう」
俺の挑発に、ミレイユは少し考え、不敵に笑った。
「面白い。その自信、へし折って差し上げますわ」
俺は厨房に入った。
今回用意するのは、交渉の場にふさわしい「大人のスイーツ」。
まずは飲み物だ。
深煎りのコーヒー豆を、ミルで挽く前に『ピート(泥炭)』の煙で冷燻にかけておく。
ウイスキーのようなスモーキーな香りを纏った**『燻製コーヒー』**だ。
そしてメインディッシュ。
クリームチーズに生クリーム、卵、砂糖を混ぜ、高温のミスリル窯へ。
「設定温度、230度。一気に焼き上げる!」
使うチップは『メイプル』。甘い香りのチップだ。
普通のチーズケーキではない。
表面をあえて真っ黒になるまで焦がし、その苦味をアクセントにするスペイン生まれの菓子。
そう、**『バスクチーズケーキ』**だ。
ただし、俺のはそこに「燻製」が加わる。
「お待たせしました。『燻製バスクチーズケーキ』と『スモーク・ブレンドコーヒー』です」
ミレイユの前に皿を置く。
彼女は眉をひそめた。
「……焦げているではありませんか。失敗作を出すなど……」
「まずは一口。焦げこそが調味料です」
ミレイユは疑わしげにフォークを刺した。
表面はカリッとした感触だが、中はレアのようにねっとりと重い。
彼女がそれを口に運ぶ。
舌に乗せた瞬間。
「……ッ!?」
ミレイユの瞳孔が開いた。
最初に感じるのは、焦げた表面の香ばしい苦味。
それが、濃厚で甘いクリームチーズと混ざり合い、絶妙なキャラメルのような風味を生み出す。
そして、鼻から抜けていくメイプルの燻煙香。
ただ甘いだけじゃない。
苦味、酸味、甘味、そして香り。
それらが複雑に絡み合った、極めて「背徳的」で「大人」な味わい。
「な、なによこれ……! 濃厚なのに、燻製の香りが油っぽさを消して……いくらでも入るわ……!」
「コーヒーもどうぞ」
彼女がカップに口をつける。
燻されたコーヒーの香りが、チーズケーキの余韻をさらに引き立てる。
口の中で完成する、マリアージュ。
「はぁっ……♡」
カチャン。
ミレイユの手からフォークが滑り落ちた。
彼女の頬は紅潮し、冷徹な仮面は完全に崩壊していた。
「……工場では作れないわ」
彼女はポツリと呟いた。
「この絶妙な焼き加減、その日の湿度に合わせた燻製の時間……。これを機械化するのは不可能。缶詰にすれば、この香りは死んでしまう……」
彼女は悔しそうに、しかしどこか満足げに、最後の一口を惜しむように食べた。
そして、ナプキンで口元を拭うと、キリッとした顔に戻った。
だが、その目にはもう、敵意はない。
「……負けました。買収の話は撤回します」
「賢明な判断です」
「ですが!」
ミレイユは身を乗り出し、俺の手をガシッと掴んだ。
「独占契約を結びなさい! あなたの店に必要な食材、資材、すべて我がギルドが最高級のものを卸します! その代わり……!」
「その代わり?」
「週に一度、このケーキとコーヒーを私の執務室に届けなさい! ……個人的な契約として!」
「……え、それだけですか?」
「それだけよ! ああもう、あんな美味しいものを知ってしまったら、普通のティータイムに戻れないじゃない!」
彼女は顔を赤くして叫んだ。
どうやら、燻製の沼にまた一人、大物を沈めてしまったようだ。
「……ふふ、商談成立ですね」
こうして、俺は『商業ギルド』という強力なバックアップ(と、やっかいな常連客)を手に入れた。
王宮、騎士団、ドラゴン、そして経済界。
着々と最強の布陣が整いつつある。
だが、俺はまだ知らなかった。
この店の名声が高まりすぎた結果、遠い隣国の『勇者パーティ』の耳にまで、その噂が届いてしまっていることを。
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バスクチーズケーキの燻製!
これ、本当に合います。
表面の焦げと燻製の香りは親和性が高く、コーヒーやワインと一緒に食べると止まらなくなります。
冷徹な女会長も、甘くて苦い大人の味には勝てませんでした。
さて、これで国内の主要な勢力はほぼ攻略しました。
「もう敵はいないのでは?」
いいえ、なろう系の世界は広いです。
次に現れるのは、かつて魔王を倒した(あるいは倒しに行っている)英雄たち。
『勇者パーティ』。
彼らは果たして、カオルの味方になるのか、それとも「魔王の手先」と勘違いして攻撃してくるのか!?
次回、勇者編スタート!
「バスクチーズケーキ食べたい!」
「ミレイユさんチョロくて可愛い」
「勇者vs燻製、どうなる!?」
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