第36話 『国王の涙と大臣の誤算。靴底のはずの肉が、口の中で解ける「魔法のゼリー」に変わる時』
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前回、財務大臣ホフマンの嫌がらせにより、メインディッシュに「廃棄寸前の硬いスネ肉」をあてがわれてしまったカオル。
しかし、ミスリル窯による「65度・6時間」の膠質融解燻は、そのピンチを最大のチャンスに変えていました。
いよいよ実食です。
「あんなゴム肉、噛めるわけがない」と嘲笑う大臣。
食欲を失い、死んだような目をしている国王陛下。
その目の前に、プルプルと震える肉塊が置かれます。
ナイフ不要。唇で切れる奇跡のローストビーフ、解禁です!
王宮の大広間には、重苦しい空気が漂っていた。
煌びやかなシャンデリアの下、長いテーブルの最奥に座る国王陛下は、土気色の顔で頬杖をついている。
「……ヴァルジェスよ。また肉か。余は、脂の匂いを嗅ぐだけで吐き気がすると言ったはずだ」
陛下のか細い声に、隣に控えるホフマン大臣が意地悪く口角を上げた。
「陛下、申し訳ございません。料理長がどうしても、と申すものですから。……もっとも、用意された肉は『アレ』ですが」
ホフマンは俺の方を見て、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
彼の目には、「早く失敗して処刑されろ」と書いてある。
「……お持ちしました。本日のメインディッシュ、『熟成スネ肉の・とろける燻製ロースト』です」
俺は静かに、陛下の前に皿を置いた。
エリアーナが震える手で、付け合わせのクレソンを添える。
「スネ肉……だと?」
陛下が眉をひそめた。
当然だ。スネ肉といえば、硬くてスジ張った下等な部位。病弱な王に出す食材ではない。
周囲の貴族たちからも、「なんと無礼な」「正気か?」とざわめきが起こる。
「くくっ……陛下、ごらんなさい。料理長も焼きが回ったようです。あんな岩のような肉を出してくるとは!」
ホフマンが勝ち誇ったように叫んだ。
だが、次の瞬間。
俺がナイフとフォークを使い、肉を切り分けようとした時だった。
フルンッ。
「……あ?」
会場の空気が止まった。
ナイフを入れた肉が、まるでプリンのように揺れたのだ。
硬いはずの繊維が、何の抵抗もなく離れていく。
「……陛下。どうぞ、一口だけでも」
俺は切り分けた肉に、燻製醤油のソースを絡めて差し出した。
陛下は疑わしげに口を開き、その肉を含んだ。
その刹那。
「――――ッ!!?」
陛下の目が、カッと見開かれた。
咀嚼しようと顎に力を入れた瞬間、肉が「消えた」のだ。
硬いスジだった部分は、長時間の低温調理でゼラチン質へと変化し、体温で溶け出すスープの爆弾になっていた。
口の中に溢れ出すのは、とろとろに甘いコラーゲンの奔流。
そして、赤身肉の濃厚な旨味。
鼻に抜けるローズマリーとヒッコリーの香りが、獣臭さを完全に消し去り、食欲中枢を直接殴りつける。
「……なんだ、これは……」
陛下の手が震え出した。
「肉だ……間違いなく肉の味がする……。だが、脂っこくない。噛む必要もない。飲み込んだ先から、身体の芯に力が湧いてくるようだ……!」
カチャカチャカチャッ!
信じられない光景だった。
食欲不振で一口も食べられなかったはずの陛下が、自らフォークを握り、猛烈な勢いで肉を口に運び始めたのだ。
「美味い! 美味いぞ! 燻製の香りが、胃を動かす! もっとだ、もっと持ってこい!」
「ば、馬鹿な……!? アレは『岩肉』だぞ!?」
ホフマン大臣が狼狽えて叫んだ。
「ありえん! スネ肉など、兵士の靴底にするようなゴミではないか! なぜ陛下が喜んでおられる!?」
その言葉は、完全に失言だった。
ピタリ、と陛下のナイフが止まった。
陛下はゆっくりと顔を上げ、これまでとは別人のような、精気に満ちた鋭い眼光でホフマンを射抜いた。
「……ホフマンよ。今、なんと申した?」
「ひっ……!」
「そちは知っておったのか? 余の膳に、靴底のような肉を用意したと」
「あ、いえ! それは……その、予算が……!」
「黙れッ!!」
ドンッ!! と陛下がテーブルを叩いた。
「余が食えぬと分かっていて、粗悪な肉をあてがい、料理長を陥れようとしたな? ……だが、見よ。この皿を」
皿の上は、ソースの一滴まで拭い去られ、空になっていた。
「この料理人は、そちが『ゴミ』と呼んだ肉を、余にとって『至高の活力』へと変えてみせた。……素材の悪さを言い訳にしなかったのだ。それに引き換え、貴様はなんだ?」
「へ、陛下……お慈悲を……!」
「衛兵! この男を連れ出せ! 後のことは法務官に任せる!」
ズルズルと引きずられていく大臣。
会場は静まり返り、やがて、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
ヴァルジェス料理長が、涙を流して俺に頭を下げている。
「礼を言うぞ、燻製屋のカオルよ。……して、そこの助手も」
陛下が、不意に俺の後ろにいるエリアーナに目を向けた。
「……そのソースの味。……昔、亡き妻がよく作ってくれた、王家の隠し味(フルーツの配合)に似ておったな」
ギクリ、とエリアーナが肩を跳ねさせた。
フードの下で、彼女もまた泣いているのが分かった。
陛下はそれ以上何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
「身体が熱い。力が漲るようだ。……褒美を取らせる。カオルよ、望みのものを申すがよい」
俺はロロとエリアーナと顔を見合わせた。
望みのもの。
金貨? 地位?
いや、俺たちが欲しいのは、そんなものではない。
「陛下。もし叶うなら……」
俺は、工房の未来を左右する「ある許可」を願い出た。
それは、街の小さな燻製屋が、王室御用達の看板を掲げること。
そして――。
「……当店の従業員を、今後も自由に働かせてやってください」
陛下は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにフードの「助手」を見て、深く頷いた。
「よかろう。……その店の燻製ならば、余もまた食べたいからな」
こうして、王宮での波乱の晩餐会は幕を閉じた。
悪徳大臣は消え、俺たちは「王家公認」という最強の盾を手に入れた。
だが、これで一件落着……とはいかないのが世の常だ。
王宮からの帰り道。
俺たちの馬車の前に、一人の美しい女性騎士が立ちはだかった。
「そこまでだ、燻製屋。……貴様、王女殿下を誘拐しているな?」
銀色の髪、冷ややかな青い瞳。
それは、エリアーナを探し回っていた王宮騎士団長、『氷の剣聖』セシリアだった。
最大の味方を得た直後に、最強の敵(物理)が現れる。
やはり、俺のスローライフはまだまだ遠いらしい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ざまぁ&大勝利!
ホフマン大臣、自爆にて退場です。
そして、スネ肉のゼラチン質が溶ける描写……書いていてお腹が空きました。
硬い肉がプルプルになる瞬間は、料理をしていて一番感動する時の一つです。
さて、感動の親子再会(未遂)を経て、ハッピーエンドかと思いきや……。
まさかの「誘拐犯」扱い!?
現れたのは、堅物で有名な女騎士団長。
物理攻撃力最強の彼女に対し、カオルはどう立ち向かうのか?
燻製で剣聖を懐柔できるのか?(チョロい予感しかしませんが!)
次回、VS女騎士編、スタートです!
「陛下かっこいい!」
「スネ肉食べたい!」
「女騎士キタ――(゜∀゜)――!!」
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