第23話 『美食家男爵の憂鬱、冷燻(れいくん)の魔法、そして宝石のサーモン』
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前回、冒険者たちの胃袋をガッツリ掴んだカオル。
今回は、ドノバン様の紹介で、ついに「貴族」の元へ乗り込みます!
相手は、美味しいものを食べ尽くして退屈している美食家の男爵様。
「燻製? あの硬くて塩辛い保存食か?」
そんな偏見を持たれている状況で、カオルが繰り出すのは、燻製の常識を覆す「生」の食感。
スキルLv.2が火を(いや、煙を)噴きます!
とろけるような魚介回、スタートです!
「……燻製、だと? ドノバンよ。私が求めているのは『驚き』だ。そんな貧乏人の保存食ではない」
案内された男爵家のサロンで、当主であるゼフィル男爵は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
恰幅の良い体躯に、豪華な衣服。彼はこの街でも指折りの資産家であり、同時に、国中の美味珍味を食べ尽くしたという、筋金入りの美食家だった。
「まあまあ、男爵様。まずは一口、食べてみて判断してください。このカオル君は、ただの職人ではありませんから」
ドノバン様がウィンクを送ってくる。
俺は、背後に控えるエリアーナに頷くと、持参したバスケットを開いた。
今回の依頼は『私の舌を満足させる、未知の前菜』。
そのために俺が用意したのは、肉ではない。「魚」だ。
清流で育った、脂の乗った『カイザーサーモン(皇帝鮭)』。
「ほう、鮭か。だが、鮭の燻製など、干からびてパサパサだろう?」
男爵の隣に控えていた、この屋敷の料理長らしき男も冷ややかな視線を向けてくる。
「旦那様、このような得体の知れない料理人の料理など……我々のフレンチの足元にも及びませんよ」
無理もない。この世界での燻製は、あくまで「保存」が目的。水分を抜き、ガチガチに硬くするのが常識だ。
だが、俺の燻製は違う。
「男爵様。俺が作るのは『冷燻』です」
「レイクン……?」
俺は皿の上に、美しくスライスされたサーモンを並べていく。
それは、干からびた保存食とは似ても似つかない代物だった。
透き通るような鮮やかなオレンジ色。表面は艶やかに輝き、まるで宝石のよう。水分を失うどころか、瑞々しささえ感じさせる。
「……なんだこれは? 生、なのか?」
「はい。煙の温度を20度以下に保ち、食材に熱を通さず、香りだけを纏わせ、余分な水分だけを抜く。それが『冷燻』です」
本来、冷蔵庫のないこの世界で、しかも気温の高い時期に冷燻を行うのは不可能に近い。温度管理を間違えれば、ただ腐るだけだ。
だが、俺にはスキルがある。
《スキル【燻製マスター】Lv.2:『絶対冷燻』発動中》
《煙の温度を15度に固定。バクテリアの繁殖を抑制し、旨味成分のアミノ酸のみを増幅させます》
「さあ、どうぞ。ソースはかけず、そのままで」
俺の言葉に、男爵は半信半疑でフォークを手に取った。
料理長は「お腹を壊しても知りませんよ」と囁いているが、男爵の好奇心が勝った。
透き通るサーモンが、男爵の口へと運ばれる。
そして、舌に乗った瞬間――。
「――っ!?」
男爵の目が、これ以上ないほどに見開かれた。
噛む必要すらなかった。
舌の熱で、サーモンの上質な脂がとろりと溶け出したのだ。
「生」特有のねっとりとした滑らかな食感。
しかし、生臭さは微塵もない。
代わりに鼻に抜けるのは、爽やかで甘い、リンゴの木のチップの香り。
そして、水分が抜けたことで凝縮された、強烈なサーモンの旨味と甘味が、口内を蹂躙する。
「……な、なん……だ、これは……ッ!!」
男爵の声が震えている。
「刺身のような瑞々しさがありながら、味の深さは熟成肉のよう……! 煙の香りが、脂の重さを消し去り、いくらでも食べられる……! まるで、口の中で魚が泳いでいるようだ!」
「旦那様!?」
慌てた料理長も、横から一口つまみ食いをした。
そして、絶句した。
「ば、馬鹿な……! 火を通さずに、これほど芳醇な香りを……!? こ、これは魔法か!?」
「いいえ、燻製です」
俺は静かに答えた。
さらに、エリアーナが横から、付け合わせの『スモーク・クリームチーズ』を添える。
冷燻サーモンと、燻製チーズ。この二つを合わせて食べれば……。
「う、うおおおぉぉぉッ!! 合う! 合いすぎる! ワインだ! 最高の白ワインを持ってこい!!」
男爵は完全に理性を失い、貪るように皿を空にした。
気難しい美食家が、ただの食いしん坊な子供に戻った瞬間だった。
「カオル君、と言ったな! 君は天才だ! 燻製がこれほど芸術的な料理だとは知らなかった!」
男爵は俺の手をガシッと掴み、興奮気味にまくし立てた。
「頼む! 来月の私の誕生パーティーのメインディッシュも、君に頼みたい! 金ならいくらでも出す!」
「……ええ、喜んで」
隣で見ていたドノバン様が、「してやったり」という顔で親指を立てている。
そして、最初は俺たちを蔑んでいた料理長も、今では悔しさと尊敬が入り混じった複雑な顔で、深々と頭を下げていた。
「……完敗だ。燻製が、これほど奥深いとは……」
こうして、俺とエリアーナの『森の燻製工房』は、庶民や冒険者だけでなく、貴族階級にまでその名を轟かせる「通行手形」を手に入れたのだった。
だが。
俺たちはまだ気づいていなかった。
男爵の誕生パーティーには、この国の「王族」に連なる、さらにやんごとなき人物が招かれていることを。
燻製の煙は、俺たちの想像よりも高く、高く昇っていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
美食家男爵、陥落!
「冷燻」のサーモン、美味しいですよね……。お酒飲みにはたまらない逸品です。
通常の燻製(温燻・熱燻)しか知らない世界の人々にとって、生の食感を残したスモークサーモンは、まさに未知の体験だったはずです。
さて、男爵の心を鷲掴みにしたカオルたちですが、物語はさらに加速します。
次なる舞台は、男爵の誕生パーティー。
そして示唆された「王族」の影。
ただの職人が、国の重要人物たちと関わり始める……これぞ「なろう」の醍醐味!
次回、パーティーの準備を進めるカオルの元に、あの「異端審問官レイモンド」が再び接触!?
敵か味方か? 彼が持ってきた驚きの情報とは?
「スモークサーモン食べたい!」
「料理長の掌返しw」
「どんどん出世していく!」
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