第1話 『過労死キャンパーと燻製ベーコン、そして腹ぺこの銀髪聖女』
※この物語は、あなたの食欲を無慈悲に刺激する可能性があります。 深夜、空腹時の閲覧には十分ご注意ください。
飯テロ注意!
ブラック企業で過労死した男が、異世界で手に入れたのは【燻製マスター】という地味スキル。 しかし、そのスキルで生み出される極上の燻製が、追放された聖女を拾い、もふもふ神狼を手懐け、やがては国をも動かす奇跡を起こすことに――!?
これは、のんびり燻製づくりをしたいだけなのに、なぜか周りが放っておいてくれない男の、最高に美味しくて幸せな異世界スローライフの物語。
それでは、じゅわっと溢れる肉汁と、鼻に抜ける香ばしい煙の香りをお楽しみください。
「……あ、これ、死んだな」
目の前が真っ白に染まっていく感覚の中、煙山薫は、他人事のようにそう思った。
鳴り響く電話、積み上がった書類の山、PCモニターに並ぶ無数のエラーコード。それが、三十年余りの人生で見た最後の光景だった。 ブラック企業に勤め、月の残業が二百時間を超えたあたりから、記憶は曖昧だ。ただ、唯一の後悔は、週末に予定していたソロキャンプに行けなかったこと。新しく買った桜のチップで、じっくりとベーコンを燻すはずだったのに。
「可哀想に……。あなたの魂からは、燻されたような、なんとも香ばしい香りがします」
次に意識が浮上したとき、目の前には、透き通るような美しさを持つ女神様が、悲しそうな顔で俺を見下ろしていた。
話は早かった。俺は過労死し、そのあまりに不憫な人生に同情した女神様が、異世界へ転生させてくれるという。いわゆる、異世界転生だ。
「何か一つ、あなただけの特別なスキルを授けましょう。剣聖?大賢者?どんな力でも構いませんよ」
「それなら……」
俺は、迷わず答えた。
「キャンプと、燻製づくりが、心ゆくまで楽しめるスキルが欲しいです」
一瞬、女神様がぽかんとした顔をした気がした。だが、すぐに優しく微笑むと、彼女は俺の額にそっと指を触れた。
「分かりました。あなたにユニークスキル【燻製マスター】を授けます。あなたの新たな人生が、豊かで味わい深いものになりますように」
温かい光に包まれ、俺の意識は再び遠のいていった。
◇
「……んっ」
柔らかな木漏れ日と、小鳥のさえずりで目が覚めた。 見渡す限り、どこまでも続く雄大な森の中。澄んだ空気と土の匂いが、疲弊しきった魂を洗い流していくようだ。
「本当に、異世界に来たんだな……」
手元には、使い慣れたキャンプ用のバックパックが一つ。中には愛用のナイフやクッカー、それに火打ち石なんかが入っている。女神様の計らいだろうか。
腹が、ぐぅっと鳴った。 生きている証拠だ。まずは食料の確保からだな。 そう思った瞬間、頭の中にふわりとイメージが流れ込んできた。
《スキル【燻製マスター】Lv.1が発動しました》 《半径500m以内に、食用可能な獲物『フォレストボア(森猪)』の存在を感知します》
「お、おいおい、マジかよ」
まるでナビゲーションのように、森の奥へと続く光の道筋が見える。半信半疑でそれを辿っていくと、木の根元を鼻で掘り返している、小ぶりの猪がいた。
異世界に来て、いきなりサバイバルか。 だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、胸が高鳴っていた。 ブラック企業で飼い殺しにされていた頃に比べれば、なんと自由で、なんとスリリングなんだろう。
幸い、猪はこちらに気づいていない。俺は前世の知識――というより、キャンプ動画で見かじっただけの知識を総動員し、簡単な落とし穴の罠を仕掛けた。
数時間後、幸運にも猪は罠にかかっていた。命をいただくことに感謝し、手早く解体する。見事な三枚肉だ。
「さて、と。やるか」
バックパックから岩塩の塊と、数種類のスパイスが入った小瓶を取り出す。これも女神様が入れてくれたのか。ありがたい。
肉に塩とスパイスを丁寧にすり込み、木の枝で即席の棚を作る。下では、湿らせた木材を熾火にくべて、じっくりと煙を立てていく。 特別な道具はない。だが、スキルのおかげか、どうすれば一番美味しくなるのかが、直感で分かるのだ。
煙が肉を優しく包み、森の香りと混じり合って、えもいわれぬ匂いを立ち上らせる。 脂が落ちるジュウッという音。こんがりと飴色に染まっていく肉の表面。
――ああ、これだ。これこそが、俺が生きたかった人生だ。
数時間後、完璧な燻製ベーコンが完成した。 ナイフで厚切りにして、焚き火で軽く炙る。脂が溶け出し、キラキラと輝きながら滴り落ちた。
「いただきます」
熱々のそれを、思いっきり頬張る。
サクッ、とした歯触りの後、凝縮された肉の旨味がじゅわっと口の中に溢れ出した。鼻に抜けるスモーキーな香り。スパイスの刺激と、脂の甘みが渾然一体となって、脳を揺さぶる。
「うっ……ま……!!」
あまりの美味さに、涙がこぼれた。 それは、前世の理不尽さへの悲しみか、それとも、新しい世界で生きる喜びか。 ただひたすらに、俺はベーコンを貪った。
その時だった。
「……なんという、芳しい香り……」
か細く、しかし透き通るような声がして、はっと顔を上げた。 そこに立っていたのは、銀色の髪を汚し、上質な服をところどころ引き裂かれた、まるで物語から抜け出してきたかのような、美しい少女だった。
彼女は、俺が手に持っているベーコンを、信じられないものを見るような目で見つめている。 そして、そのお腹が「くぅ〜」と、可愛らしく鳴った。
これが、俺と、後に聖女だと判明する少女・エリアーナとの出会い。 そして、辺境の森の小さな燻製工房が、やがて世界中の食文化をひっくり返すことになる、全ての始まりの一日だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! 作者の私も、書きながらお腹が空いてしまいました(笑)
これからカオルの燻製工房は、どんな出会いと美味しい料理で満たされていくのでしょうか。 腹ぺこの聖女様を、カオルは美味しい燻製で救うことができるのか? そして、もふもふはいつ出てくるのか……!?
「面白かった!」 「ベーコン食べたくなった!」 「続きが気になる!」
そう思っていただけましたら、ぜひぜひブックマークと、ページ下の☆☆☆☆☆から評価をいただけますと、作者が泣いて喜び、執筆の励みになります!
それでは、また次回、よだれを拭くハンカチをご用意してお会いしましょう!




