表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

AIの思考を追え

ポッドの外殻がナノ粒子となって闇に溶けていく。俺たち五人は、深圳の夜明け前の冷たい空気の中、音もなく立ち上がった。眼下には眠らない巨大都市の光。だが、俺たちの意識は、この古びた施設の深奥にいる一人の男だけに向けられていた。


『――ここからは二手に分かれる』


ユキの静かな思念が、俺たちの意識を繋ぐ。

『スノーブレイクは博士の救出へ。オブリビオンは旧データノードの制圧と、脱出経路の確保だ』


『了解。180秒で完遂する』

カンザキさんの冷静な思念に、イソベさんの獰猛な闘志が重なる。

『こっちは任せな。派手に攪乱してやるぜ』


二つの影が、俺たちとは逆方向の闇へと音もなく消えていく。残されたのは、ユキさん、ナオミさん、そして俺の三人。篠田博士を“奪還”するための、切り込み部隊だ。


『全員、04時57分30秒に同期』


ユキさんの合図で、俺たちはリストデバイスのクロノグラフを寸分の狂いなく合わせる。3ヶ月の訓練で、これは呼吸をするのと同じくらい自然な動作になっていた。


『――今!』


無言の圧が俺たちを一つに束ね、闇の中を滑るように移動を開始する。

俺は常に意識を研ぎ澄まし、『天網』の思考に同調し続けていた。物理的なセンサーに映らない、AIの“思考”の網。それを読み解くのが、俺の役割だ。


『ナオミさん、待って』


俺は思念だけで警告を送る。巨大な廃棄冷却塔の影に差し掛かった瞬間だった。


『どうしたの、アキトくん? センサーはクリーンよ』


「センサーじゃない。AIの“意識”が、あの角の向こうに集中している。何かいる」


ユキさんは俺の言葉に一切の疑問を挟まず、即座に指示を出す。

『――回避する。ナオミ、ルート再計算』


ナオミさんが肩の小型プロジェクターから戦術ホログラムを周囲の霧に淡く投影する。俺が感知した『天網』の意識の集中ポイントを避け、新たな侵入経路が赤いラインで示された。


『こっち。地下の旧給水管メンテナンス用アクセスシャフト。GCU側のデータベースからも忘れられた、旧時代の遺物よ』


俺たちは亡霊のように素早く移動し、苔むした旧式のマンホールカバーの前にたどり着く。ナオミさんが数秒で物理ロックを無力化し、俺が音もなく先に降下した。

管内は、澱んだ金属臭と汚泥の匂いが鼻をつく。


『十メートル先、分岐点。左。施設のセントラル空調システムの旧排熱シャフト裏に繋がってる』


ナオミさんのナビゲートで狭い通路を進み、やがて微かな機械の作動音が響く排熱シャフトの裏手に出た。AIの管理システムから忘れ去られた、旧時代の非制御ゾーン。


『オブリビオン隊の状況は?』とユキさん。

『こちらオブリビオン。旧ノードに到達。これより制圧とデータ奪取を開始する』


『了解。スノーブレイクもこれより研究隔離フロアへ突入する』


腐食したメンテナンスパネルを、俺が内側から音もなく開ける。目の前に広がったのは、白いナノマテリアルで覆われた、未来的なサブコリドールだった。


『ドローン反応、無し。カンザキたちのウイルスが効いてるみたいね』ナオミさんが囁く。


『いや、違う!』俺は鋭く警告する。『ウイルスへの対処と同時に、別の思考が動いてる。これは……罠だ! フリーズ!』


俺の声よりも速く、三人の身体が壁際に吸い付くように静止する。

廊下の向こうから、二つの球形の浮遊型センサーノードが現れた。通常の警備とは違う、不規則で探索的な動き。俺の“読み”が正しければ、あれは俺たちの攪乱を逆手に取った、『天網』のカウンターだ。


『想定よりも回復が速い……!』ユキさんが小さく息を吐く。


センサーノードが視界から消えた瞬間、俺たちは再び滑るように動き出した。巨大なAI『天網』に、俺たちの“存在”というノイズが明確に捉えられ、排除対象としてロックオンされるまで、もう時間の猶予はない。


研究隔離区画の分厚い気密扉の前に到達した時、施設内部の照明が一斉に明滅し始めた。


『クソッ! AIが完全に覚醒したわ!』

『強行突破する!』


ナオミさんが扉のロックをナノハックでこじ開ける十数秒が、永遠のように感じられた。遠くから、複数の戦闘ドローンの起動音が聞こえ始める。


重厚な気密扉が開き、白い、眩いほどの光に満たされた部屋が姿を現した。

そして、その中央。半透明のカプセルのような隔壁の奥に、一人の男がいた。

――篠田博士。


彼はまるで、俺たちの訪問を予期していたかのように、全く驚いた様子を見せなかった。ゆっくりと椅子を回転させ、俺たちの方を向く。


「……やはり、来たか」


その憔悴しきった瞳の奥に、静かだが、底知れない光が宿っていた。


『水路情報、確保、送信済み。カウンターウイルス注入完了。回収ポイントへ向かう』

カンザキさんからの短い通信。オブリビオン隊は任務を完了した。あとは、俺たちだけだ。


ユキさんが一歩前に出て、博士と対峙する。

「篠田博士。我々と共に来ていただきます」


博士は、ユキさんを、そしてその後ろにいる俺とナオミさんを値踏みするように見つめた。

「……連れ出しに来たのか。それとも、私が『天網』に渡る前に、ここで始末しに来たのかね、君たちは」


ユキさんは、その問いに臆することなく、真っ直ぐに博士の目を見返した。


「それは、あなたが、これからどう行動するかで決まります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ