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静寂の雨(サイレント・レイン)

最終ブリーフィングを終え、俺たちはそれぞれの発進ポッド――鋼鉄の棺へと乗り込んだ。ハッチが閉まると、外界の音は完全に遮断される。1ヶ月間、シミュレーターで飽きるほど繰り返した、出撃前の静寂。


『ECSコクーンを展開します』


合成音声とともに、半透明のジェルが身体を包み込む。もうこの感覚に戸惑いはない。これから訪れる凄まじいGに耐えるための、慣れ親しんだ儀式だ。


やがて、ポッド内のスピーカーが起動し、張り詰めた管制室の空気が流れ込んできた。


『電磁加速準備シーケンス、完了。戦略AI『グラヴィス』による全システム監視、オールグリーンです』


管制AIの冷静な報告に続き、人間の管制官と思われる男の声が響く。

『スノーブレイク、聞こえるか。マスドライバー射出用軌道、最終補正完了。60秒で発進シーケンスに移行する』


そして、フロア全体に響き渡っているのだろう、有無を言わせぬ威圧感を持った副指令の「激励」が始まった。

『――今回の任務は、我が国の未来を左右する戦略的任務だ。失敗は許されない。スノーブレイクとオブリビオンには、その真価を示してもらわねばならん』


(始まったな、偉いさんの演説が……)


国家の期待という名の重圧。だが、今の俺たちにそれは雑音でしかない。俺たちの意識は、ただ一点、敵地にいるターゲットだけに集中している。


公式通信が途絶え、再び静寂が戻る。それと同時に、首筋の《レゾスキン》が微かに振動し、俺たちの意識が繋がった。


『聞こえてる? みんな、最後の同調チェックよ!』

ナオミさんの明るい思念が、いつものように俺たちの意識を繋ぐ。


『いつでもどうぞ』

俺は短く応じる。


『おう。問題なしだ』とイソベさん。

『回線クリア』とカンザキさん。


全員の共振が、完璧な一つの波形に収束していく。1ヶ月の訓練で築き上げた、言葉のいらない信頼関係だ。


『しかし、何度やっても加速前のこの時間は落ち着かねえな』イソベさんのぼやきが伝わる。

『いっそドープしてから飛びたいくらいよね』とナオミさん。

『加速前にドープしたら、二度と目が覚めませんよ』俺が茶化すと、『違いない』とイソベさんの苦笑が返ってきた。


他愛のないやり取り。極限の緊張を乗りこなすための、俺たちだけの儀式。


その時、管制AIの無機質な声が、すべての雑念を断ち切った。

「通信、全系統スタンバイ完了。これより管制をAIに切り替え」

「10秒前」


ECSジェルが完全に硬化し、身体が寸分の隙間なく固定される。

俺は静かに目を閉じ、意識を研ぎ澄ませた。


「5、4、3、2、1……」


全神経が沈黙した瞬間、世界が、反転した。


凄まじいGの奔流が、音もなく身体の隅々まで突き刺さる。シミュレーターは brutal だったが、それは本物の、この魂ごと肉体から引き剥がされるような暴力の、薄っぺらな模倣でしかなかった。

ジェルがなければ、一瞬で圧壊していただろう。視界が白く飛び、思考だけが宇宙に放り出される。


永遠にも思える圧迫からの解放。

慣性が解放され、俺たち5つのポッドは、完全な無音のまま亜音速で夜空へと解き放たれた。


眼下に広がる、宝石を撒き散らしたような地上の光。

俺たちの作戦名と同じ、静寂の雨。

物理的な試練は終わった。ここから先は、俺の、そして敵AIとの、思考の戦場だ。

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