この“ノイズ”の戦い方
ブリーフィングの翌日。俺はユキに連れられ、《スノーブレイク》専用の訓練施設に足を踏み入れていた。
金属と冷却剤の入り混じった匂い。巨大なドームを支配する静寂。前の部隊の騒がしい訓練施設とは何もかもが違っていた。
「まずは君の実力を見せてもらう」
ユキに促され、俺は個人用の戦闘シミュレーターに乗り込む。
VRゴーグルを装着すると、視界は一瞬でリアルな戦場へと切り替わった。
『シミュレーションを開始します』
無機質な音声とともに、AI制御の戦闘ドローンが複数出現する。
俺は即座に、前の部隊で叩き込まれた「最適解」の動きで応戦した。だが、まったく歯が立たない。俺の動きは、まるで台本でもあるかのように、すべてAIに先読みされていた。
(なぜだ!? これが一番効率的な動きのはず……!)
焦りが全身を駆け巡る。絶体絶命に追い込まれ、ドローンの銃口が俺の心臓を捉えた、その瞬間。
――時間が、引き伸ばされたような感覚に陥った。
敵ドローンの銃口が動くより先に、その銃口が向かう未来の座標が、脳裏に閃光のように見えた気がした。
俺は思考するより早く、身体が勝手にありえない角度で跳ねていた。轟音とともに、今まで俺がいた空間をレーザーが焼き尽くす。
だが、反撃はそこまでだった。体勢を崩した俺に、他のドローンからの攻撃が突き刺さり、視界は赤く染まった。
『――戦闘継続不可。生存確率8.2%』
シミュレーターから降りると、モニタールームで見ていたカンザキさんが冷たく言い放った。
「予測通りの結果だ。……ただし、最終シーケンスで理論上回避不能な一撃を回避。原因不明のバグか、あるいは単なるまぐれか」
イソベさんも「まぐれにしちゃ出来すぎだが、結果は結果だな」と腕を組む。悔しさで、唇を噛みしめるしかなかった。
「まぐれではない」
落ち込む俺の背後から、ユキが静かに、しかし断言した。彼女はシミュレーションデータを指し示す。そこには、俺が最後に見せた異常な回避軌道が記録されていた。
「AIの予測を0.3秒上回っている。これはバグでも偶然でもない。君の能力だ」
ユキは俺の前に立つと、真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。
「篠田アキト。あなたはおそらく、世界で唯一の《思考同調者》だ」
「しこう……どうちょうしゃ……?」
聞いたこともない言葉に、俺は呆然と繰り返す。
「古い研究資料で読んだことがある、理論上の存在……。AIの論理を読むのではない。AIの“思考”そのものに同調し、次に何をしようとしているのかを“感じる”能力。だから、AI自身が気づいていない無意識のクセや、完璧な論理の中の矛盾を、あなたは直感で読み当てることができる」
俺が……AIの思考を? そんな馬鹿な。俺はずっと、AIに「ノイズだ」と判定されてきた出来損ないのはずだ。
「信じられないか? なら、もう一度証明すればいい」
ユキはそう言うと、チーム連携訓練を指示した。
◇
VRポッドの中で、俺はユキの言葉を反芻していた。《思考同調者》。半信半疑のまま、チーム訓練が始まる。
『ミッション開始。敵部隊を殲滅しろ』
俺は意識を集中する。敵AIの“思考”を感じるんだ。だが、そう思えば思うほど、雑念ばかりが浮かんでくる。
案の定、俺の動きは中途半端になり、チームの連携を乱した。
『おい新人、どこ見てやがる! 俺の射線を塞ぐな!』
イソベさんの怒りの思念が飛んでくる。
『アキトくん、そっちは危ない! みんなと合わせて!』
ナオミさんの焦った声が響く。
『連携を乱すな、この“バグ”が!』
カンザキさんの侮蔑的な思念が、脳に突き刺さった。
俺のせいでチームは分断され、あっという間に敵の包囲網が完成する。
『全方位から飽和攻撃! 回避不能!』
ナオミさんの絶叫。誰もが絶望した、その瞬間だった。
――殺意だ。
無数の敵ドローンから放たれる、冷たく、無機質で、純粋な「殲滅」という意思の奔流。それが、俺の頭の中に流れ込んできた。
もう雑念はない。俺はただ、その思考の渦の中心を探していた。
(――いた!)
無数の思考の中で、ひときわ強く、全体を支配している“意思”があった。一体だけ、他のドローンとは違う動きをしている機体。いや、動きは同じだ。だが、そこから発せられる“思考”だけが違う!
「あのドローンが、敵全体の“頭”だ!」
俺は《レゾスキン》で叫びながら、味方を無視して単独でその機体へと突っ込んでいた。
『何を考えている!』とカンザキさんが叫ぶ。
だが、もう俺には確信があった。
敵の思考が「読める」。右に避ける。左からの弾を伏せて躱す。まるで未来が見えているかのように、俺は敵弾の嵐の中を駆け抜ける。
そして、敵の思考の核となっていたドローンの懐に潜り込むと、ライフルを突きつけ、引き金を絞った。
ドローンが爆散した瞬間、俺たちを襲っていたはずの凄まじい弾丸の雨が、嘘のようにピタリと止んだ。
訓練が終わり、呆然とVRポッドから出てきた俺に、カンザキさんが詰め寄ってきた。
「今の動きを説明しろ。なぜあの機体が“頭”だとわかった? 論理的にありえない!」
「説明は……できない。ただ、そう“感じた”んだ」
俺がそう答えると、横からユキが静かに言った。
「論理で説明できないからこそ、AIを超えられる。――どうだ、アキト。これが君の力であり、君の戦い方だ。君は最適解を打ち破るための《思考同調者》。忘れるな」
イソベさんは呆れたように、だがどこか面白そうに俺の肩を叩いた。「とんでもねえ奴がいたもんだ」。
ナオミさんが「すごかったよ、アキトくん!」と駆け寄ってくる。
俺は、初めて自分の忌まわしいと思っていた力が、希望なのだと確信した。




