「無能!」と追放された日、天才に拾われる
「――よって、篠田アキト特務兵。貴官を本日付けで第3特務部隊から除名する。理由は、AIによる戦闘評価が常に最低ランクであること。以上だ」
冷え切った声が、無機質なブリーフィングルームに響き渡る。
俺を睨みつける上官の目は、まるでシステムが弾き出したエラーを見るような、人間味のない光を宿していた。
(またかよ……)
俺は内心で悪態をつく。
この国では、国家AI「LifeGrid」による評価がすべてだ。
任務中の俺の行動は、常に「非効率」「予測不能なノイズ」と判定される。敵の奇襲を直感で回避しても、味方の危機をセオリー無視の動きで救っても、結果は変わらない。
AIの最適解から外れた行動は、すべて“バグ”なのだ。
「異論は……ないな?」
「ありません」
どうせ何を言っても無駄だ。俺は短く答え、敬礼もそこそこに部屋を出た。
廊下を歩いていると、後ろからコツ、コツ、と硬質な足音がついてくる。
「――篠田アキト特務兵」
振り返ると、そこに立っていたのは、銀髪を揺らし、雪のように白い肌を持つ少女だった。
寸分の乱れもない制服に身を包んだ彼女は、特務斥候部隊を最年少で率いる天才指揮官――白川ユキ。
彼女の氷のような瞳が、まっすぐに俺を射抜いていた。
「君をスカウトしに来た」
「は……? スカウト? 俺を……ですか?」
俺は混乱した。AI評価が最低ランクの俺を、エリート中のエリートである彼女が? 何かの間違いだろう。
「なぜ俺なんですか。俺の評価はご存知のはずだ」
俺の問いに、ユキは表情一つ変えずに答える。その声は静かだが、鋼のような強さがあった。
「AIの評価は絶対? 愚かね。システムを盲信する者に、システムは超えられない」
俺は息を呑んだ。この国でAIの評価を否定するなど、神を冒涜するに等しい。
「私はAIが出した“評価”ではなく、あなたという“現象”を見ている。君の“ノイズ”が必要だ。AIの予測を覆し、我々人類を勝利に導く……唯一の可能性が」
それが、俺と彼女……そして、このAIに支配されたクソったれな世界への叛逆の始まりだった。
◇
《スノーブレイク》の戦術遮蔽区画《Type-M》。
外部との通信が遮断された無音の部屋で、指揮官であるユキの短い声が響いた。
「――はじめる」
ユキの言葉を合図に、俺以外の隊員たちが無言で持ち場につく。
部屋の中央に浮かび上がったホログラムに、リスク評価係数、敵性ノードの三次元モデル、光学・磁気センサーの干渉マップ……俺が前の部隊では見たこともないような超高密度の情報が、次々と展開されていく。
(これが……《スノーブレイク》のブリーフィング……!)
まるで脳に直接情報を流し込まれるような感覚だ。俺はただ圧倒される。
「この作戦は、今朝4時に最終承認が下りた」
ユキは静かに一枚のデータフレームを呼び出した。
そこに映し出されたのは、ノイズ混じりのバイタル波形。
「昨夜、敵国――**大華統合体(GCU)**の首都経済特区、深圳にある第7技術開発廠。その監視ノードから、篠田博士と98.7%一致する生体パターンが発見された」
「篠田博士……!?」
思わず声が出た。
この国のAI社会「LifeGrid」を設計した伝説の天才。三年前、GCUに拉致され、死亡したとされていたはずだ。
ユキは俺の反応を意に介さず、平坦な声で続ける。
「第7開発廠は、GCUの戦略統括AI『天網』の次世代コアを開発する最重要施設。中央統合戦略局の命令は、博士の“奪還”だ」
部屋の空気が一気に重くなる。
"救出"ではなく、"奪還"。その言葉の冷たさが、この任務の非情さを物語っていた。
メンバーの一人、お調子者だが腕は立つと評判のイソベさんが、わざとらしく肩をすくめた。
「つまり、さっさと博士を頭ごと連れ出すってことか。あの『天網』の目と牙を掻い潜って、深圳のど真ん中から、ね。またとんでもない博打を打たされるもんだ」
「その信号が偽物の可能性は?」
もう一人の女性隊員、ナオミさんが静かに問う。
「ゼロではない。だが、GCUが博士の『シノダアルゴリズム』の完成を急いでいる兆候は複数確認されている」
ユキはそう言うと、俺の方をちらりと見た。
「『シノダアルゴリズム』が完成し『天網』に実装されれば、アジア太平洋のパワーバランスは決定的に傾く。北海道を失った、あの悲劇の再来だ」
ゴクリと唾をのむ。
「だからこそ、“奪還”……か。博士が持つ知識ごと、すべてを“なかったこと”にするためのね」
ナオミさんの言葉に、俺は背筋が凍るのを感じた。最悪の場合、博士を抹殺することも作戦に含まれているのだ。
イソベさんがため息交じりに呟く。
「博士が救出を拒んだり、ダダこねたりしたらどうするんで?」
その瞬間、それまで流れるように情報を処理していたユキの手が、ぴたりと止まった。
部屋の温度が数度下がったかのような錯覚。
「――私が、させない」
短く、だが絶対的な確信を込めた言葉。イソベさんとナオミさんが、わずかに息を呑むのがわかった。
「この作戦は、博士の意思さえも我々の計画に組み込んで成功させる。そのための《スノーブレイク》だ。……だが」
ユキは一度言葉を切り、全員の顔を見渡した。
「万が一、最悪の事態に至った場合――その引き金は、私が引く」
彼女の瞳には、一切の揺らぎがなかった。ただ任務を遂行する機械のような冷たさではない。すべてを背負う覚悟を決めた者だけが持つ、凍てついた炎のような意志。この若さで、どれだけのものを背負ってきたのだろうか。
「博士のいるラボに突入後、持ち時間は300秒。それを越えれば、施設の自律戦闘AI――通称“マーダーボット”がお目覚めだ」
「ごめんだな、そんなモンのお出ましは」
イソベさんの軽口に、俺はまったく笑えなかった。
ユキがホログラムを操作し、侵入と脱出のシミュレーション映像を映し出す。
「潜入は《サイレント・レイン》を使用する」
「げっ、マジすか!?」
イソベさんが素っ頓狂な声を上げた。
「サイレント・レインって……」
隣にいたナオミさんが、顔を引きつらせて俺に小声で教えてくれる。
「高高度ステルス侵入システム……聞こえはいいけど、要するに人間をポッドに詰めて、電磁カタパルトで亜音速まで加速発射するのよ。ネーミングは詩的だけど、中身は拷問機械」
「胃が置いてかれるどころか、魂ごと置いてかれるんすよ、アレは」
イソベさんの言葉は冗談に聞こえなかった。
ユキは二人のぼやきを無視して、脱出計画を指し示す。
「脱出はNereus-5型潜水艦と、《シェードランナー》によるスカイフックで行う」
「スカイフック!?」今度はナオミさんが叫んだ。「そんなアナログみたいな手段、まだ使ってたの!?」
「今のスカイフックはAI制御の無人機が秒速240メートル――マッハ0.7で引き上げる。接続誤差は3センチだ」
クールな声で補足したのは、AIスペシャリストのカンザキさんだった。
「速すぎでしょそれ!骨砕けない!?」
「ECSジェルで全身固定する。脊椎も臓器もまとめて圧力制御される」イソベさんが指でスーツの構造を示しながら言った。「……とはいえ、潰れるのは気持ちのほうだな」
とんでもない部隊に来てしまった。俺は本気でそう思った。
作戦内容が人間業じゃない。ここの隊員たちは、平然とそんな会話をしている。
その時、ずっと黙っていたユキが、真っ直ぐに俺を見た。
「この作戦の成功確率は、AIの予測では12.4%。いわば“常識”の限界だ」
隊員たちの視線が、一斉に俺に突き刺さる。
「私たちはその常識の外側で戦う。そして、その世界の扉を開けるのが、あなたの役目」
ユキは静かに、だが確信を込めて言った。
「敵性AI『天網』の監視網、ラボの防衛システム、そのすべてが最適化された予測と確率で動いている。だが、君の思考と行動は、そのAIの予測を常に上回る“ノイズ”となる」
――ノイズ。
俺が前の部隊で、無能の烙印として押され続けた言葉。
「他の誰にも理解できないでしょう。けれど、私にはわかる。その“ノイズ”こそが、最適化され、袋小路に陥ったこの世界を破壊する……唯一の希望だと」
俺は、息をのんだ。
俺の力が……俺がずっと“バグ”だと思っていたこの力が、希望……?
ユキは全員を見渡し、最後の言葉を告げる。
「タイミングを合わせろ。連携が成功の鍵だ。そしてアキト――君は、君が感じるままに動け。それが我々《スノーブレイク》を勝利に導く」
無能と追放された俺の、本当の戦いが始まろうとしていた。




