5. これが下衆野郎の末路だぜ
ぐへへ、オレは下衆冒険者。一回りも歳下の後輩冒険者を手籠めにしてやったぜ。
仲間への友情や信頼だのを言っている真面目な冒険者とちがってオレは下衆だから本能に従った。三年間パーティーを組んでちょっと話をきいてやっただけで犬みたいになついてきやがった。なんだってあんなに積極的にアプローチしてきやがるんだ。
まだ冒険者として活躍できたってのによ。子供もできたから引退させてやったぜ。初めてのときからずるずるといってしまった。あのときまではちゃんと我慢できていたのに。
あいつと一緒に冒険者をやめると聞いた他の冒険者たちからはずいぶんとうらまれちまったな。なにせこのギルドで一番腕の立つ冒険者だ。
くくく、ギルド会館でやめる宣言をしたときを思い出す。あいつに腕を引かれてきたオレに視線がつきささったさ。だが、選ばれたのはオレだ。自分のものだと示すようにあいつはその小柄な体をオレの体にはりつけていた。罪悪感なんかよりも薄暗い優越感と幸福感が勝ったよ。
驚いているのかよくわからない顔をしている清廉な冒険者サマたちに言ってやったぜ。
「堕ちるとこまで落ちたらこうなるからな。せいぜいおまえらも気を付けることだな。そのときになったらあっという間だ」
これからこいつと一緒にひりついた命のやりとりとは縁遠い世界でずっと平和に暮らすんだぜ、ひゃははは。
街で開いた店はそれなりに繁盛した。濃い味付けの料理と薄い酒を提供して暴利をむさぼっている。きつい仕事が終わった後にこういうのを食わせると喜ぶからな。もちろんあいつは店員としてこきつかっている。あいつへのいやがらせはオレの日課だ。
「返してください。それはわたしの仕事ですよ」
「うるせえ、膨らんだ腹で重いもの持ち上げようとするんじゃねえよ」
こいつは愛想はいいから椅子に座らせて接客だけさせている。
だがやはりこの街で店を開いたのは失敗だったかもしれない。下衆なことを繰り返してきたオレに恨みを晴らそうと知り合いが店に毎日やってくる。
「聞いてくださいよ、ボクはもう我慢できないかもしれません」
一人の若い冒険者がオレに向って大声をあげる。こいつはパーティーメンバーが若い女ばかりだったな。イケメンとは程遠いぱっとしない顔つきだが毎回みかけるたびに女の子がそばにいた。
同じテーブルにはこいつと同期の冒険者が集まっている。今回は飲み会ということで男ばかりだ。
「おまえら、オレに相談だとかいっていたがそれはお門違いだ」
心優しい冒険者サマたちは以前とおなじように気安く接してくる。だが下衆なことをしてきた者としてそれをつっぱねてやった。
「そんな冷たくしないでくださいよ。彼女と結婚までしたあなたにしか相談できないことなんですから。ボクもあなたみたいにちゃんとしたいんです」
同じテーブルにいる男たちは一緒にうなずきだす。
どうやらこいつらはオレがやったことを他人事だとか思っているみたいだ。だが、どいつもこいつもパーティーメンバーとの距離が近い。
もちろん意識もしているようで、仲間のことを性的な目で見てしまいそうで怖いとかいっていた。だがいっしょにいる女の子は見た目もよく性格もいい子ばかりだった。困っていたところを助けられてその恩返しをしたいなんてことを言っていた。
「もちろんちゃんと自重してますよ。でも、あんな無防備にスキンシップされたらそんな気持ちになっちゃいますよ」
もんもんとした思いを抱えて悩む姿は過去のオレを見ているようだった。
頭を抱えている一人に向けて一緒にいた男たちもそれぞれの事情を話していく。どうやら大なり小なり似たような状況にあるらしい。
もちろん仲間として適切な距離感をとろうとするが、それをすると悲しそうな顔をしてくる。そうなるとつっぱねることもできずについつい許してしまう。こんなに無邪気に慕って来てくれているのに、自分はこんな邪な感情を持ってしまっていることを恥じることになる。
駄目だと思えば思うほどさらに意識していく。仲間としての意識の中に異性というノイズが混じっていくことを理解してしまう。
「オレのとこも似た感じでさ、もうとっくに意識しているのにさらに追い打ちをかけてくるんだ」
「わかるわかる。しかも、他のやつも止めないで温かく目で見守っているだけなんだよな。そうじゃないって言ってもわかってくれなくて」
男たちはたまっていた罪悪感をはきだし共有していく。ひとりで抱え込むのにしんどくなったときに頼りになるのが友人だ。いっときだけだが共にした時間に安らぎを感じることができる。だが、オレはそんな彼らに憐れみを感じていた。
こいつらは知らない。この前、こいつらの仲間の女たちが店に集まって女子会を開いていた。そのとき輪の中心にいたのはあいつだった。
『え、またわたしとあの人とのことを聞きたいんですか? 落としたい相手がいると、なるほど』
馴れ初めだとか結婚後の生活だとかを聞き出しては女たちは黄色い声を上げていた。
オレはなるべく聞かないようにしていたが、料理を運ぶときにどうしても耳に入ってしまった。こいつらは無知や無邪気を装って近づいてくるが、もちろん『そういうこと』を知ったうえで身体をひっつけたり抱き着いたりするということ。加えて、そういったテクニックを入れ知恵として他のやつらと共有しているということを。
『あなたたちは真面目な冒険者ですからね。討伐対象についてはしっかり調べてからクエストに挑んできたはずです。おなじぐらい相手のことも研究していけばいいんです。例えば、どういった仕草のときにどんな反応をしたとかってことです』
あいつの話を聞く女どもの目は怖かった。ちらちらとこちらに視線を向けては何かを観察するような目つきでうなずいていた。いつのまにかあいつへの呼び方が『師匠』に変わっていた。
『さすがです、師匠。下調べが大事と。いきなり切りかかっても見抜かれるということですね。勉強になります!』
どうやらあいつらは討伐されるらしい。
『ふふふ、悪いことならなんでも教えちゃいますよ。なにせわたしは自称『悪い人』の妻ですからね』
そういって顔をこちらにむけてきたあいつと目が合った。オレが何も言えずにいると、あいつは最初に会ったころと同じ顔で無邪気ににこりと微笑んできた。
意識を今に戻す。
「だからさ、やっぱり性的なものと好きという感情を混同したらだめなんだ。好きの結果から行為に至るというわけで」
目の前には恋愛論を語る純情な男たちがいる。
ぐへへ、オレは下衆だからよ、高潔であろうとするこいつらをどん底に落とす言葉を投げつけてやることにした。
「いいことを教えてやる。襲うのがかならずしも男からとは限らないからな。これだけは覚えておけよ……」
でないとオレみたいになる。下衆野郎にはお似合いの末路だ。