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4. 楽しかったぜおまえとの冒険者ごっこはよ

 ぐへへ、オレは下衆冒険者。今日も仲間の新人冒険者をいじめている。弱音を吐かない女は好きだぜ。いじめがいがあるからよ。


 雪山でのクエストを終えてから、しばらく様子がおかしかった。そんなに気にするなよ。覚えたことをいつでも100%出し切ることなんてできないんだからよ。いつでも80%だせるようになったら一人前だ。え、ちがう? 落ち込んでいるかと思ったが首を横に振ったかと思ったら、前以上にやる気の満ちた顔でこっちを見る。


「いいねぇ、歯を食いしばれる女は好きだぜ。なに顔を赤くしてんだよ。おら、始めるぞ」


 いいか、大型の魔物を相手にするなら作戦も考えなきゃならん。相手に危機感を与える戦い方も必要になる。こいつ相手に手をだせば痛い目に会うってビビらせる。そう思わせて無駄な体力を使わせてばてたところでこっちが好き勝手やらせてもらう。これが理想形だ。ここまできれいにはまらなくてもチャンスが広がればそれでいい。


 意識するのは相手の目と耳の動きだ。足音を使って意識に割り込め。視界の端にちらつかせろ。真ん前に立っててもなんの脅威にもならない。自分の存在をちらつかせて不気味だと思わせろ。相手の一番嫌がることをするんだ。おまえもオレと同類の下衆野郎に堕としてやるぜ。くっくっく。


「おい、練習だっていってんだろ。なんで視線を逸らすんだよ。どうして顔を赤らめてるんだよ。オレを魔物だと思ってみろ。目をそらした瞬間にお前はただの雑魚だと思われるぞ。相手に意識させろ。目を離せないような存在だと思わせろ」


 今度はちゃんとこっちに視線を向けてきた。それどころか圧も強くなった。もうコツをつかんだみたいだな。すっかりあの気弱な少女の面影はなくなっちまった。まるで肉食獣みたいだな。いまからこいつを調教するのが楽しみだ。

 ぐへへ、オレは下衆冒険者。他人の功績のおこぼれをもらっても何の罪悪感もない。

 予想通りあいつの成長はすごいものだった。歴史に大穴を開け、輝かしい思い出を残し、不可能だといわれた呪いを覆した。

 横にいるだけで名声、地位、金、オレが望んだものはほとんど手に入れた。だが、不要なものまでおまけについてきた。最近、明らかにあいつとのつながりを求めて接触してくる輩が増えた。


 ギルド会館にいくと、あいつはすっかり人気者になっていた。それが単なるあこがれの対象ならいいが、別の意図をもって近づくやつも一定数いた。話しかけながらあいつにむける表情を見て察する。初対面で笑顔で近づくやつなんてろくなやつじゃない。同じ下衆同士わかっちまうんだよ。手を出そうかと思ったがその必要はなさそうだった。

 オレは感動した。あいつちゃんと男をあしらえるんだな。あんな風にうまくかわせるなら安心だ。


 このままじゃオレの獲物が横取りされちまうな。あいつには高ランク冒険者からの誘いが来ているのを聞いていた。くっくっく、オレのことも知っているはずなのにふてぶてしい野郎だ。もちろんすぐに話をつけておいた。オレなりの方法でな。


 オレは手を挙げてあいつに声をかける。すると、すぐに人の輪をかき分けて飛び出してきた。


「おーい、って、急に走り出すなよ。用事なんてすぐに終わるんだから。なんだそのふやけた顔は、さっきまでの男あしらいのうまさはどこに行った。そんなんじゃ別のパーティーにいってもオレのことばっか思い出すんじゃねえのか」


 今日こいつを呼び出したのはパーティー移籍についてだった。知り合いの高ランク冒険者のことを話すと驚いた顔をした後に無言になった。

 いまさら後悔しているのだろう。悪い大人の口車に乗せられてすっかり別人にされてしまったんだ。これで晴れてこいつは高ランク冒険者の仲間入りだ。もちろんオレとのパーティーはおしまいだ。もうこいつのおかげでずいぶん稼がせてもらった。こいつのおまけとして有名にもなれた。

 だけどよ、有名になってみたいと思ったことはあったが、いざなってみると窮屈なものである。その立場と中身がまるで見合ってないのだから収まりも悪くなるというものだ。それはあいつにも言えることだろう。ふさわしい場所に行くべきだ。オレがいない外の世界へ。

 

 無言でオレの説明を聞いていたあいつは無言でうなずいた。素直にいうことを聞いたかとおもったが、その交換条件に最後に一緒にクエストに行ってほしいとお願いされた。

 

 

 ぐへへ、オレは下衆冒険者。仲間の肢体を盗み見ることになんの罪悪感もないんだぜ。罪悪感はないが違和感はあった。

 クエストの準備のためとはいっていたがいつもと服装がちがっていた。動くたびにスカートがひらひらと動いている。すらりとのびた健康的な足を遠慮なく眺められる。これももう見納めだな、じっくりねっとり眺めてやるぜ。

 気が付けば冒険者とは関係ない店に立ち寄っていた。こいつもストレスが溜まっているのだろう。気晴らしに付き合ってやることにした。きちんと楽しめているみたいだな。冒険者の中にはクエストのこと以外考えられなくなっちまうやつがたまにいるがこいつ大丈夫みたいだな。笑っているみたいだから安心した。次は芝居に行きたいだって? ほら、前の方の席に座れよ。おまえちっこいんだからよく見えないだろ。

 

『くっくっく、楽しかったよおまえとの恋人ごっこは』

 

『どうして!? そんなの嘘よ!』

 

 ステージでは主役がヒロインにむけて剣のきっさきを向けていた。設定では主役は復讐のために王女であるヒロインを利用してだましていたというものだった。

 

『オレはおまえなんか愛していない、ただ利用していただけだ』

 

 そこに兵士がなだれこみ主役は四方から槍に貫かれてしまう。下衆野郎にお似合いの末路だ。

 お芝居の結末にオレは満足だったが、隣からは鼻をすする音がした。見れば少女は顔を覆って涙を流していた。

 

「あんまりですよ。あの二人は愛し合っていたのにそれでもあんな結末を避けられないなんて」

 

 王女が敵と通じ合っていたとばれたら立場があやうい、だからあえて主人公は兵士たちに見つかり殺された。そういう筋書きなのはわかっていた。それでもやっぱり主役は死ぬべきだと思う。あいつはまちがいなく悪人だ。

 

「全部自分のせいにして幕を引こうとするっていうところで『悪い人』なのは間違いないですね」

 

 芝居小屋をでると夕方になっていた。夕飯に誘われるが、明日のクエストのことを考えて断った。

 

 

 翌日。あとは最後のクエストにいけばこいつとの関係は終わりだ。

 森の中を進んでいく。最後のクエストはあいつが選んできたものだ。もう教えることはない。荷物はオレがもってやる。遠慮するんじゃねえよ。今じゃおまえのほうが強いんだからよ。雑用は全部オレにまかせろ。

 魔物の退治は全部あいつがこなした。あんな大きなバトルアクスを木の枝みたいにふりまわしてやがる。『暴風』なんて二つ名もつけてられたらしい。そんな立派な肩書きをもらったはずなのに、よくやったぞとほめてやればうれしそうにしやがる。このへんは変わらないままだった。

 

 魔物の討伐を終えた。これでこいつとの関係もおわりだ。一緒にすごした三年間を思い出す。そしてこれからのことも考える。下衆野郎であるオレが冒険者をつづけていればこいつに迷惑もかかるだろう。このクエストが終わったら後腐れなく冒険者を辞めて関係を断とうと思っていた。

 

「え、冒険者ギルド、やめるんですか?」

 

 オレが辞めることを伝えると驚いた顔をして無言になる。またこの反応だ。自分の気持ちを抑え込む癖は変わっていないみたいだな。そんなんだからオレみたいなやつに騙されるんだ。最後の忠告として伝えておこう。

 

「……わたしの気持ち、抑えなくてもいいんですね?」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉はオレに聞いたのかそれとも自分へのものなのかわからなかった。

 

 

 町に着いてギルドへの報告をすませると少女の方から夕飯に誘ってきた。

 

「あの、今晩空いていますか?」

 

 時間に余裕はある。まあいいかと酒場に入る。

 ぐへへ、オレは下衆冒険者だからよ。まだ酒になれてない年下の女の子を酒で酔わせるなんてことわけはない。

 

「ほら、もっと飲んでくださいよ。おいしいですよ、これ」

 

 そういってオレのグラスになみなみとそそぐと、自分のグラスにも同じように酒をそそいでいく。それはかなり度数の高いもののはずなのに少女の喉にするすると流れ込んでいく。

 そういえば、こいつの生まれが昔いた種族に近いものなのかもしれないと思ったことがあった。その種族は小柄で力がつよく、さらに酒にも強かったとか……。

 

 

 気が付けば力強い腕に抱き上げられて視界が上下にゆれている。

 酔いつぶれた? だれに運ばれている? どこに?

 

 酒場のにぎやかな騒ぎ声が下に遠ざかっていく。どうやら酒場の二階にある休憩所につれていかれているらしい。扉が開く音がしてベッドの柔らかさを背中に感じた。

 このまま寝ればいいと思った。だが、次の瞬間オレはびくり跳ね起きる。それは冒険者として身に着けた危機感知能力のせいだろう。

 部屋には濃密な気配が満ちていた。それは大型の魔物以上のものだ。身構えるオレの耳にちゃりとカギが閉まる音がした。

 

 どうしてカギを閉めるんだ?

 

「邪魔が入ったらまずいですからね」

 

 どうして一緒にベッドに座るんだ?

 

「疲れないようにするためですよ」

 

 どうしてオレをベッドに押し倒すんだ?

 

「あはっ、わたしのほうが力がつよいって本当だったんですね。こんなに大きい身体なのに」

 

 腹の上に馬乗りになった小柄な少女がオレを見下ろしてくる。顔は笑っているのにその眼は真剣だ。

 へっ、ここで今までのお礼参りってことか。オレは下衆野郎として甘んじてうけいれてやるぜ! くくくっ、はーっはっはっはー!!

 

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