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3. 後悔していませんか?

 ぐへへ、オレは下衆冒険者。今、オレの胸の中には肌着になってあられもない姿をさらしている少女が抱えられている。さきほどから小さく小刻みに震えている。もちろん周囲にはだれもいない。あとちょっと周囲がひんやりしてて寒い。この状況から、何が起こっているかわかるよな?

 

 

 こうなる前のことだ。

 いくつものクエストを一緒にこなし新しい戦い方にもなれてきたころ、少女からとあるクエストを受けたいと提案された。あの気弱だった少女がとうとう自分から欲しがるようになったことに暗い歓びを感じながらその提案を受けることにした。オレがうなずくとうれしそうに笑った。そのまますぐにクエストの受付カウンター小走りで向かっていった。

 

『準備もおまえにまかせる』

 

 初めて任されることにためらっていたようだったが、その眼には自信と期待が見えた。知っていたよ、こいつが何をほしがっているかなんて。そのためにこれまで焦らしておいた。頃合いを見計らって与えてやれば夢中でしゃぶりつくってわけだ。

 出発日まで街のあちこちをかけまわっていた。出発日はやたらと張り切っているようで、いつもより腕の振りが大きくて大股になって歩いていた。

 

 少女の案内に従って馬車を乗り継ぎいくつかの町を通り過ぎていくと、やがて景色は変わり街道沿いでも雪が目立つようになった。北の方は初めてだが、少女は懐かしむように降り積もる雪を眺めていた。

 

『では、これからヘレネー村に向かいます!』

 

『ヘレネー村?』

 

『はい、そこを通っていけば目的地まですぐです!』

 

 地図の上で彼女の指先が道をなぞっていく。本来なら山を大きく迂回する道を進むはずだったが、彼女が示した山道を通れば大きく時間を短縮できる。

 オレは下衆冒険者として、相手が口にした約束は必ず言質をとって守らせてきた。どんな無茶な要求だろうとな。だから任せるといったからにはこいつの言葉を信じよう。

 だけど、ヘレネー村か。なんか聞き覚えがあるんだよな。

 

 町をでて山へ向かいだすと、冷たい風がうなり暑く積もった雪が足にまとわりつくようになった。雪をかきわけて一歩進むことさえ困難だった。この先に村があるとしたら、どうして道はここまで雪に覆われているのか。違和感はだんだんと疑問へと変化していく。しかし、前を歩く彼女の足は止まらない。

 

『あとすこしです。あとすこしで村につくはずです』

 

『おい、なんかおかしくないか?』

 

 かろうじて見える背中に呼び掛ける。よく知っている道のようにその足に迷いはない。だけど、その先にあるものが何かを知っているのか?

 

『説明がたりなくてすいません。この地域ではこういった突然の吹雪がたまにあるんです。でも安心してください。もうすぐ着きますから』

 

 少女がこちらを振り向きながら道の先を指さす。だけど、オレは首を横にふって拒絶を示す。

 

『違う、オレがいいたいのはそういうことじゃねえ。一体どこに向かおうとしてるんだよ。その村ってのはとっくに―――』

 

 氷の粒を含んだ雪が耳をたたく。咆哮する寒風が彼の言葉をさらっていく。

 

『すいません、うまく聞こえません!』

 

『だから、もう、ここは!!』

 

 精一杯声を張り上げてみるがきこえていないようだった。

 

『とにかく前にすすみましょう。風も強くなってきました』

 

 たたきつけてくる風に負けないように体を低くかがめて前へ進む。冷たい風がナイフのように頬をかすめ額や体も不自然な熱を発しはじめる。

 

『もっとちゃんと準備するべきでした。こんなに寒いなんて。おかしいな、前はこんなのだったかな』

 

 少女はうわごとのようにつぶやく。普段のあいつならもっと慎重に行動していたはずだった。しかし、目的地がもうすぐというという感覚が足を前に進めさせている。体力があるとはいっても小柄な少女の体にこの無茶な行軍は負担になるはずだ。

 あと少し、あと少し、とつぶやきながら感覚を失いかけているはずの足を交互に一歩ずつだしている。

 

『あった! つきましたよ!』

 

 白く染まった視界に建物が見えた。前を歩いていた少女は重たかった足取りがうそのように軽くなったように駆け出していく。しかし、建物に近づいてその姿を視界に収めた瞬間、彼女の足は止まった。

 

『えっ?』

 

 立ち尽くした彼女の前には建物だった壁があるだけだった。屋根はすでに崩落し建物の大半が雪に埋もれている。少女がすがるような思いで周囲を見渡す。村として屋根を並べていたはずの光景はそこになくただ無機質な白色が広がっているだけだ。

 

 折れた立て札にかすれかけた文字でこの村の名前が書かれていた。

 

―――ヘレネー村

 

 やっぱりだった。いつか北から来た他の冒険者から聞いたことがあった。ここら一帯で大きな災害にあったと。山中にあった村がのみこまれ、かろうじて生き残った村人たちは村を捨てて町に移り住んだらしい。

 

『そんな、だって、みんなは……』

 

 少女の頭がふらつく。自分の立っている場所がどこなのかわからなくなったように体が傾き重たいものが雪の上に落ちる音がした。

 

『おい!』

 

 少女の名前を呼びながら雪を蹴立ててちかづくと、ようやく倒れた自分の体に気づいたように頭をあげようとする。だがその瞳の焦点はぼやけ、何かを口にしているようだが言葉になっていない。

 

『くそ! 体温が下がりすぎてる。このままじゃ死ぬぞ! どこか避難できる場所はないのか』

 

 少女の体を抱え上げて周囲をみまわす。どの建物もくずれていて吹雪を防ぐ壁にはならない。迷っている間にもどんどん小さな体から熱は奪われていった。

 

 *

 

 わたしが最初に感じたのは暗闇。次に手足にあるべき体温を感じた。続いて肌に感じる柔らかさ。戻っていく五感の中で周囲を見回す。中は暗く視界の先に丸く切り取られた穴が見えた。逆だ。ここは雪に彫られた横穴なのだろう。外からはいまだに吹き荒れる寒風の音が聞こえるがそれはこの小さな空間には関係ないようだった。

 

「起きたか? 暴れるなよ。崩れて生き埋めになりたくなきゃな」

 

 声はすぐ上で聞こえた。そして自分の状況を理解する。雪を背にした彼に自分の体が抱きかかえられていたらしい。体には二人分の上着がかけられて外の寒さを防ぎ、中から彼の体温が伝わってきた。

 暗く狭いせいか、まるで体全体を彼に包み込まれているように感じた。わたしは言われた通りにじっとしか彼に体を預けた。

 

「すいません……わたし……」

 

 言葉が続かない。それに今回のことも。彼とはお互いに個人的なことを話したことはなかった。だから、今回のクエストを見付けた時はチャンスだと思った。故郷の冬山のことなら少しでも役に立てると思った。だけど今のわたしは彼のひざの上で体を丸めていることしかできていない。

 

「すまん、オレがもっとちゃんと調べていればよかった」

 

「ちがいます。わたしが悪いんです、ぜんぶ……。あのときだって……何もできなかった……」

 

 思い出す。あわただしく動き続ける大人たち。わたしの手を引いて逃げる母親。わたしは泣きながらついていくしかできなかった。いまも子供のように震えながら泣いている。

 雪洞の隙間から侵入する風が自分を非難する声のように甲高い音を立てる。

 

 どうして今まで忘れていた。

 ああ、そうだ。みんなはもういないんだ。

 どうしてわたしは何事もなく生きてこれたんだ。

 

 下げた視線がずぶずぶと暗闇の中に沈んでいく。その暗闇の中で声が響いた。

 

「オレはおまえに何があったかは知らない。だけど、おまえを強いやつだと思っている」

 

「そんなわけ、ないですよ」

 

「これまで一緒にやってきたんだ。わりと期待してるんだがな」

 

 ここでわたしは初めて彼の顔を見た。いつも通りの顔でわたしの顔をちらりと見てきた。

 

「なあ、いままでの冒険者生活はどうだった?」

 

 そんなことを急に聞かれたので少し考えてから「楽しかったです」なんて答えた。どんなことを言われるかと思ったけれど「そうか」と答えるだけだった。だから間違ったことをいってしまったのかと思ったけれど彼の反応は予想と違ったものだった。

 

「オレはなにかに満足したことなんてなかった。冒険者の楽しさなんて教えられないなりにいろいろ先輩冒険者らしくしてみたが……まあ、それならよかった」

 

 彼の過去はしらない。つらいこともあったのだろう。話していることは暗いのに妙に嬉しそうで、その顔は何かを達観しているような表情だった。何か妙な間ができてしまったのであれこれ考えた結果、変な質問をしてしまった。

 

「えっと、わたしとパーティーを組んで後悔はしてませんか?」

 

 言った後にすぐにやめておけばよかったと思ったけど、そんな質問も想定済みといった様子で返事はすぐにきた。

 

「オレから説明しないといけないほどおまえの存在は軽くないと思っている。おまえがやったことを後悔しているのもオレのためじゃないし、おまえが楽しいって思えているのもオレのためじゃない。それは全部おまえのものだ。オレはそれを横で見ていられれば、それでいいと思っている」

 

 いつもはそんなに饒舌じゃないのに彼はその内心を語ってくれた。いつもは絶対に口にしないことを話してくれた。わたしはもう何も言えなかった。なにも言いたくなかった。でないと……

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