2. 仲間なんてビジネスの道具だぜ
ぐへへ、オレは下衆冒険者。仲間なんて金儲けのための道具でしかない。
冒険者という職業に夢を見ているやつもいる。だがオレにとってはただのビジネスだ。パーティー内の空気は乾き切っている。ギルド内で一番厳しいパーティーといっても過言じゃないだろう。
「おい、なんで正面からつっこんでるんだよ。たしかにおまえの斧は突破力はあるが魔物ってのは人間を超える力を持ったやつらばかりだ。魔物の特性ぐらい知っておけよ。いいか、魔物の分析ってのはこうやるんだよ」
無機質で冷たい数字と文字で羅列された紙を押し付ける。ギルドの魔物情報だけでは足りない項目も加えておいたものだ。それをテンプレに自分で戦った魔物についても全部埋めるように命令する。やったことを全部振り返れるようにすればクエストがない日だって復習できる。こいつは暇があると斧を素振りしているらしいから課題を与えておけば休むだろう。
オレ自身はこいつのことを記録につけ続けていた。具合を見ながらオレ好みに改良してやるぜ。
「おい、覗き込むんじゃねえよ。好きな食べ物とかまでなんで書いてあるかだって? そんなもん遠出するときもあるんだから、好物を用意しておけばおまえのテンションも上がるだろ? おらおら、用意しといてやったからこれ食いながら休憩しとけ」
食えることも才能の内だ。食えないんじゃ戦えないし体力だってどんどん落ちていく。どんな場合でも食える奴が生き残る。こいつ専用につくっておいた特別レシピに付き合ってもらうぜ。後悔しても遅いぜ、好き勝手させてもらうぜ。へっへっへ。
あいつのことをまとめたノートもだいぶ厚さを増してきた。そろそろ頃合いだな。その体で稼がせてもらうぜ。みんなに品定めしてもらわないとなぁ。
オレはいやがるあいつをギルド会館につれてきていた。いつもより混んでいて、無遠慮な視線があいつに向けられている。
「なんて顔してんだよ、捨てられた子犬みたいな顔しやがって。ランクアップ試験のときは臨時パーティーを組むって教えただろ。オレ以外と組んだことがあまりないから不安だって? 今頃になって震えてるのかよ。だったら教えてやるよ。お前も注目株に入ってるんだぜ」
注目されていると知って緊張しながらも喜びを隠せずに口元をニマニマさせてやがる。わかってないな。それは悪い意味でだ。オレについちまったばっかりにこんなことになるんだ。同類かそれとも哀れな被害者だと思われているんだろうな。だがもう遅い。逃げられないんだよ。こんな体にされちまったと見世物になるしかないんだ。もう、オレの言う通りにするしか生き延びる道はのこっていないんだよ。
くっくっく、今日のオレは新人冒険者たちのつきそいだ。初心者を抜け出したばかりの新人冒険者のランクアップの査定を行っている。こいつらが落ちるも受かるもオレの判断しだいってわけだ。それと、今頃はあいつも同じように査定を受けているはずだ。
おいおい、こいつら大丈夫か? 査定用クエストでは顔見知りじゃない相手とパーティーを臨時で組まされるわけだが、その相手とまともに話そうとしない。せめてお互いに得意なことぐらい聞き出せよ。
そういえば、あいつは初対面の相手にはわりと緊張するからな、うまくやってんのか?
イライラしてきたからこいつらに八つ当たりすることにした。
「あのな、おまえら緊張しすぎだ。こんなとこまで来たんだから冒険者として成り上りたいんだろ? 有名になりたいんだろ? いいじゃねえか。どんなふうになりたいか言ってみろ。じゃあ、おまえから」
それぞれが思い思いに話していく。そうしてお互いの内心を知った同士でだんだん交流を始めた。単純なやつらだ。たったこれだけで緊張が抜けてリラックスできるんだからよ。つまんないことでこれまで積み重ねた実力も発揮できないまま終わらせるわけにはいかないよな。
緊張といえば、あいつは試験の前に変なお願いしてきたな。
『手を握ってくれだぁ? おいおい何の冗談だ? 深呼吸でもするとか手のひらに人の字でも書けばいいだろ』
仕方がなく右手を差し出すとあいつは両手で包み込むように握ってきた。そのまま5分以上は握ってたな。まったく、よりによってオレに縋り付いてくるとはな。だましている相手の他にすがれなくなった少女の末路は哀れなもんだ。とりあえずは依存させといてやるか、今のところはな。
クエスト自体は簡単なものだ。森の入り口付近で魔物を一体討伐する。それだけだ。査定表を提出すると、ギルド会館でやたらときょろきょろしている人影を見付ける。オレを見付けるとパッと顔を明るくさせながら小走りになる。
なんだよその喜びようは。結果もまだ見てないのによ。その顔が絶望に染まる落差は見ものだろうな。同情はしてやらねえからな。
「なに? もう結果は出ただと? おいおい早すぎんだろ。まあ、結果は聞かなくてもわかったよ。オレの方のパーティーのことも知りたいだって? 合格だ、合格。花丸つけといてやったよ。そうじゃなくて、女の子はいたかって? そんなこと聞いてどうすんだよ、男ばっかりだったよ。女の冒険者はめずらしいからな」
試すようにこちらをじっと見ていたと思ったら、今度は打って変わって笑顔になる。全部オレのおかげだといいながら抱き着いてきた。くっそ、情緒不安定だな。完全にハイになってやがる。こういうやつらは恐怖を忘れて戦う頼もしい存在だが、終わった後は酔っぱらいみたいにやっかいな相手だ。もう休め、おまえは。
あいつを引きはがしてその姿が見えなくなってから一息つく。
さて、昇格は無事にすんだし、初体験を済ませちまったみたいだな。これで晴れて初心者冒険者から一般冒険者に昇格だ。
これで満足するかっていうと、無理だよな。これで満足するようなやつが冒険者になるわけがない。だけど上を目指して登れば登るほどその先はもっと厳しくなる。
あいつの実力ならそれが可能だ。問題はオレだろうな。そのちっちゃい尻を眺めながらついていけるとこまではついていってやるか。低いところから見上げてやるからよ。へっへっへっ!