定食屋にて
さらに変わり果てた池袋の街並みを見ながら、浩次に先導されて定食屋へと向かった。
駅の東口から車道を挟んで向かい側にグリーン大通りがある。池袋最大のサンシャイン60通りに繋がる道で、それなりにチェーン店やビルが立ち並ぶ繁栄ぶりを見せていた通りだ。
しかし、今俺のいる10年後のここではそれは面影すら残っていない。アスファルトの道は崩れてざらついて、しかもところどころめくれて土が見えている。道の両端は見るからに貧しそうな木製の、いや、ボロボロの木の板で出来た家が点々としていて、大部分が雑草の生い茂る空き地となっている。
空を見上げると相変わらずただひたすらな闇が包んでいた。
その光景に唖然としながら、夜でもないのに煌々と光る外灯と浩次を頼りに歩いていく。言葉が出なかった。そんな俺の様子を察してか、黙って歩いていた浩次だったが、細い路地に曲がって100メートルほど歩くとようやく口を開いた。
「ここだよ。なかなか気に入ってるんだ。店内の空気が軽くて話やすいんだよ」
そう言った浩次の目線の先には、木でできた、何の洒落っ気もない建物に『田中定食』という看板をぶら下げられていた。さすがに食品を扱うだけあって、周りの家よりいくらか綺麗だった。
浩次は俺のよく知る笑みを浮かべて店に入っていったが、その心の奥が曇って見えたのは、浩次のやせた顔に尖った頬骨のせいだけじゃない気がした。
浩次に続いてのれんをくぐり、横引き扉を抜けると、ガラガラの店内に汚れのひどい作業服を着た中年の男2人がカウンターに座っていた。
「こんな昼前じゃほとんど人もいないか」
浩次はそう言いながら、ヘアピン状のカウンターをぐるりとまわり、客のいない席に座る。それを追って浩次の隣に座った。
カウンターから少し離れたところにテーブル席が2席あり、ぼんやりとした照明に純日本風の音楽が流れている様子は、浩次の言う通り落ち着いて話をするにはもってこいの店だった。
とりあえずテーブル横にかけられていたメニューを見て驚いた。ほとんどのメニューが300円代なのだ。その様子を見ていたのか、浩次が言う。
「今はどこ行ってもこのくらいの値段だよ」
「…半分以外の値段じゃん。」
そうこう言ってるうちに店員がやってきた。店員というより、食堂のおばちゃんといった感じだ。小太りの体に白エプロン、頭には三角巾をつけていて、しわだらけの笑顔は快く感じた。
浩次がすぐに日替わり定食を頼んだので
「俺も同じので」
と注文を済ませ、食堂のおばちゃんが置いていった水を一口飲んだところで、本題を切り出す。
「なぁ浩次、今が2020年ってことはよくわかった。教えてくれ、この10年で一体何があったのか、それに8年前の空襲のことも」
「…うん」
浩次はしばらく水の入ったコップをテーブルにコツコツ当てていたが、考えがまとまったのか、話し出した。
「ちょっと長くなるけど、順番に話すよ」
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