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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪女で知られる侯爵令嬢は浄化と再生の力を持っているようです 〜 聖女を虐めた罪で婚約破棄されましたが、全く問題ありません〜

作者: おもち




「アマリリス・ルガシェラン・フェメゲナード!貴様との婚約を破棄する!!」


王立魔法学院の卒業パーティーでこの婚約破棄騒動は起きた。



* * *



アマリリス・ルガシェラン・フェメゲナード侯爵令嬢。学院においてこの名を知らぬ者はいないほど、彼女は有名だった。



それは王国の宝と言える聖女を虐げていたからだ。



聖女の私物を盗むことから始まり、私物の破壊や廃棄、そして聖女を噴水へと落としたり、足をかけて転ばせたり、あまつさえ階段から突き落として聖女を殺害しようとした。


学院の生徒は全員、聖女の味方だ。だからアマリリスは学院の生徒から嫌われていた。いくら聖女が元平民で正当な貴族ではなくても、アマリリスが高貴な令嬢で青い血が流れていようとも……。


けれどアマリリスは一度もその現状に対して何かを述べたことはなかった。それは全て真実だから否定することができないと皆が考えていたが、事実は違う。


アマリリスは聖女を虐げたことなど一度もなかった。なのに周りの話を否定しなかったのは、己の育った環境から、この王国から、逃げ出したかったからだ。



* * *



(はあ……、今日もご飯は食べられなさそうね……)


侯爵令嬢という身分に釣り合わぬ薄汚れた服に同じ年頃の令嬢よりも小さな発育の悪い身体。アマリリスは家族から虐げられていた。


父親である侯爵の愛する妻を殺して生まれてきたアマリリス。そんな妻にそっくりのアマリリスは侯爵の仇の対象だった。屋敷の人間も侯爵夫人を敬愛していたため、アマリリスの存在を認められなかった。


そしてアマリリスのローズピンクの瞳。侯爵にも侯爵夫人のどちらの色でもない人外のような美しさを持つその瞳は整った容姿を持つアマリリスを気味の悪い少女へと変えていた。

それも相まってアマリリスは小さな頃から嫌われていた。


更に侯爵夫人の喪が明けてすぐに侯爵は再婚相手を連れてきた。儚げな雰囲気を纏っていた侯爵夫人によく似た、緑の瞳が特徴の義母を。そして義母の娘である義姉を。


あからさまに義母と義姉はアマリリスを虐待した。正統な血筋のアマリリスは義姉の側仕えとなり、屋根裏部屋へと追い払われた。けれどそのことを咎める者など、この屋敷にはいなかった。父である侯爵が傍観していたから。


『……あらアマリリス、その服とても似合っているわ。薄汚れていて、あなたのための服のようだわ。ねえ、お母さま?』

『ええ本当に。卑しいお前にピッタリだわ』

『あははっ!───そういえば今日、ボーヴェン様が来る日じゃなかったかしら?だとしたら早く準備しないと!こんなのに構っている暇なんてなかったわ!』

『使用人には既に準備するように言ってあるわ。あなたは部屋に戻っていなさい』


微笑ましい親子の会話、などではない。アマリリスを貶める低俗な会話。ニタニタと笑う顔は上品さのかけらもない。


(侯爵はどこが好きになったのかしら。感性を疑うわ)


けれどアマリリスはいつものように無表情だ。下手に相手をするとこちらの精神が磨耗する。これはアマリリスの防御反応なのだ。


『あなたはいつものように裏庭の掃除でもしてなさい!私はボーヴェン様とお茶をしているから』


義姉はそれだけ言うと部屋へと戻っていく。義姉付きの侍女に舐められた態度を取られるのにももう慣れた。義姉の指示通り、いつものように裏庭へ行こうとすると、義母がアマリリスに近づき釘を指した。


『───決して娘たちの茶会には近づかないことね。いくらおまえの婚約者だと言っても、それは昔の話。あの子たちの邪魔をしたら明日の食べ物に困ると思いなさい』

『……心得ております。私がここで暮らせるのは奥様たちのおかげですから』

『ふん、分かっているならいいのよ。さっさと消えて』


アマリリスは一礼するとその場を離れた。1度屋根裏部屋へと戻り、必要な道具を持っていく。本来なら庭師の道具を借りられるが、借りられた試しが一度もない。これは運良く街に出かけた時に買ったものなのだ。



裏庭へと出て生えている雑草を一つ一つ抜いていく。力任せにブチッと抜くと根が土に残り、また生えてきてしまうため、アマリリスはいつにもなく慎重だ。


今回はあまり雑草が多くなかったため、ものの30分程度で、思ったよりもすぐに終わった。そうなるとアマリリスは更に奥へと進み、屋敷からは見えない死角を探してそこに身を隠す。



()()()()()使()()()



アマリリスが願うと薄汚れた服はピカピカの新品のように生まれ変わる。普段から多用しすぎると怪しまれるため、こういうときにしか使わないようにしていた。


『不思議よね。生まれたときからこの力がどういうものなのか、誰かに教わることなく理解していたのだから』


アマリリスは浄化と再生の力を持っていた。あらゆるものを浄化させ、あらゆるものを再生させるまさに人外の力。


浄化の力はただ単に汚れを落とすだけでなく、物質そのものを消すことも出来た。それはアマリリスが浄化というものの本質を理解しているからだ。


同じく再生の力も生命体に限らず、無生物にも使えるし、人体の破損の回復や失ったものの再生すら可能にさせた。


『けれどどうしてこんな力が私にあるのかは未だに分からないわ。この力を持つのは私だけなのかしら?』


アマリリスは自分の手のひらを見つめてそう思うことが多くなっていった。



あるとき、今回も義姉に言われて裏庭を掃除していた時、何やら騒がしく庭園が賑わっていた。義姉の叫ぶ声が聞こえ、その声につられて使用人たちが多く集まっている。


(何が起きているのかしら?)


好奇心と興味本位からアマリリスは浄化の力を持って存在を薄くし、義姉たちへと近づいた。


(! あらまあ……)


思わず無感情にも驚いてしまった。一応アマリリスの現婚約者となっているボーヴェンが青白い顔をして倒れていたのだ。パッと周りを見回すと、ボーヴェンの倒れている原因かすぐにわかった。


ボーヴェンは「ジギタリス」の花を摂取してしまったのだ。


ジギタリスは古くからハーブとして使われているが、その実、多くの毒が含まれている。最近では観賞用とでしか広く知られていないため、誰も毒については知らなかったのだろう。


(仮にも侯爵家の使用人が誰ひとりとして知らないのも問題だけれど。───まあ死なれちゃ夢見が悪いし仕方ない)


アマリリスはこっそりと浄化の力を使って、ジギタリスの毒を浄化した。本当なら再生の力も使って体力回復程度させてあげてもいいかと思ったが、義姉と同じくアマリリスを貶し、虐げていたのだ。死ななければ問題ない。


そう思ってアマリリスは毒の浄化しかしなかった。けれど思いのほか浄化の力を強く使いすぎたのだろう。


浄化されたボーヴェンはすぐに意識を取り戻した。そのことに周りにいる誰もが驚いた。ボーヴェンは緩慢に視線を動かして周りの状況を理解しようとしていた。


そして義姉がボーヴェンの手をずっと握っていたことを理解すると、途端に目を大きく開けてがばりと起き上がった。


『!!』

『君が……あなたが私を助けてくれたんだね』

『ぼ、ボーヴェン様……?』

『間違いない。君は聖女なんだ』


ボーヴェンの言葉に誰も反応できなかったが、どうやらこの場で聖女というものを知らなかったのはアマリリスだけのようで……。


『きゃぁっ!私があの聖女!?そうなのボーヴェン様!』

『ああ間違いない。だって君が手を握っていてくれたから俺は目覚めることが出来たんだ。あの清らかな優しい光に包まれていると思ったが、それは君の力だったんだね』

『ボーヴェン様……。ボーヴェン様を思う気持ちで無意識に力を使っていたのかもしれません……っ!』


(いや、私が使ったのだけれど……)


なんて思ったものの、とりあえずこの状況の行き着く先を見るためにアマリリスはその場にとどまった。


『君がずっと好きだった。アマリリスと婚約している身だが、どうか俺と結婚してくれ』

『まあ!!嬉しい、ボーヴェン様!私もずっと前からあなたが好きでした!』

『なら俺と結婚を……』

『もちろん!ボーヴェン様と結婚しますわ!』


茶番劇のようなこの状況。けれども誰もがこの茶番劇を喜んでいた。


『おめでとうございます、お嬢様!』

『おめでとうございます!』


ぱちぱちと拍手が響き渡る。なにがおめでたいのだろうか。一応アマリリスが婚約者のはずなのに誰もがそれを忘れているかのようだ。


(まあ、ボーヴェン様とは婚約解消をしたいと思っていたし、この状況はこちらとしても願ったり叶ったりだわ。上手い具合にこのまま解消されるのを待つだけね)


アマリリスは気配を消して静かにその場を去った。未だに聞こえる拍手喝采の音だけは屋敷のどこにいても聞こえてきた。



あの日からボーヴェンとの婚約解消を待ち続けていたアマリリスだったが、現実はそう甘くないらしい。ボーヴェンの父親である伯爵は貴族の血が流れていない義姉との婚約を認めなかった。


位はこちらが上だが財政状況はあちらが上。この婚約は侯爵の財政再建と伯爵の有力貴族の血を取り込むことを目的としたものだった。つまりアマリリスでなければ条件に合わない。義姉ではなんの足しにもならないのだ。


けれどそれを義姉と義母は認めたくなかった。愛されてもいない、厄介者の前妻の忌み子。そんなアマリリスよりもこの結果は下だと言われているようで義姉と義母による虐待は悪化の一途を辿っていた。


『……っ!』

『なんで、なんであんたなのよ!私は聖女なのよ!?それなのに血筋ごときであんたなんかに負けるなんて!!』


高いヒールで踏みつけられる。硬い扇子で殴られる。一瞬にして全身痣だらけとなってしまったアマリリスだったが、義姉の沸点は下がっていくばかりだった。


『私の方が、尊ばれる存在なの!あんたなんて誰も必要としてない!生まれてきた意味すらないのよ!』

『………』

『いらつくいらつく!』


あえて人目のないところに呼び出して怪我を負わせる。きれいに手入れされた義姉の髪はアマリリスを叩くことに必死となってボサボサだ。


『はあ、はあ、っ!絶対に許さない……!』


殴り続けて落ち着いたのか、義姉は侍女に連れられて部屋へと戻って行った。その場に1人残されたアマリリスは再生の力を使って身体中の傷を治していく。


(力を持っていたって痛くないわけじゃないわ。それにすぐに力を使って治せるわけでもないし……)


アマリリスは服についた汚れをパンパンと払うと本来の目的地であった図書館を目指す。運悪く義姉に遭遇してしまったせいで予定が少し狂ってしまったのだ。


図書館に着くとアマリリスは目当ての本をサッサっと選び必要な箇所だけに目を通して内容を吸収していく。


(───やっぱり……。お義姉様が本当に聖女か分からないけれど、私の力は紛れもなく聖女の力だわ……。だから誰に教わる訳でもないのに力を知っていたのね)


アマリリスはずっと謎に思っていたことを先日の義姉の一件で本格的に調べてみようと思いたったのだ。


(聖女の力は浄化と再生……。けれど聖女の能力次第では力の差が生まれる、ね。私の力は一体どの程度なのかしら?)


思わず手のひらをグーパーさせる。けれどそんなことをしても分かるはずもなく、アマリリスは続きを読むことにした。そして知りたいことを

知れたアマリリスは本を閉じて本棚へと戻していく。


(どうやら私の力のことは黙っていた方が良さそうね。運がいいことに自ら聖女だと公言してくれたお義姉様がいることだし。この力が知られたら絶対にこの国からは逃げられないわ)


アマリリスは人前では決して力を使わずに過ごし続けた。



* * *



16歳となったアマリリスと義姉は誕生日が少しズレているだけで同い年だ。つまり学院入学も同時期ということになる。暖かな春の日差しを浴びてアマリリスは王立魔法学院への入学を果たした。


この3年間、義姉は正式に聖女として国に認められた。けれどボーヴェンとの婚約は未だに解消されていない。そのせいで義姉からの当たりは酷いものだ。


しかし学院では寮生活となっているため、義姉とはあまり関わりがないだろうとアマリリスは思っている。聖女である義姉は王族が住む特別寮への入寮が許可された一方、アマリリスは貴族専用の寮だ。会うことなんてない。


(ボーヴェン様も私を今まで以上に敵視しているわ。どうせお義姉様の聖女としての価値が欲しいだけでしょうに)


義姉はボーヴェンを本当に好きだと思っているが、ボーヴェン自身は義姉のことを好きだとは思っていない。ボーヴェンは義姉の聖女という肩書きだけが欲しいのだ。


(まあおかげで私はこの国を出たあとのこともゆっくりと考えることができたわ。たくさんの本も読んで、考えて考え抜いた結果、隣国のクルシェード帝国に行くことにしたのよね)


王国よりも大国のクルシェード帝国。治安も安定していて、何よりも女性が働きやすい環境を整えているそうだ。


(一人で暮らしていくことになるからありがたい話ね)


アマリリスは義姉と関わらないようにしながら学院生活を謳歌しようとしていた。成績優秀者しか入れない特別クラスへの編入も果たして、学年一位の成績を維持する。


これ以上ないほど学院では充実した生活を送っていた。



───それなのに



首席として卒業したアマリリスは卒業パーティーで婚約者であるボーヴェンから婚約破棄されたのだ。


「俺はアマリリス・ルガシェラン・フェメゲナードと婚約を破棄し、聖女であるリリーと婚約することをここに宣言する!」

「…………」

「そしてリリーに対して働いた数々の悪行!決して許されることではない!この場において悪女の罪も粛清する!」


その途端、何時ぞやの記憶のように卒業パーティーに参加していた周りの貴族たちはボーヴェンと義姉・リリーを祝うように拍手喝采が巻き起こった。


「ようやくおふたりは結ばれるのね!」

「ええ、ボーヴェン様はあんな悪女と長年婚約をし続けていたなんて……。聖女さまとボーヴェン様は運命なのよ!」


きゃっきゃっする貴族令嬢たちはとても楽しそうだ。ふたりを祝福するムードでありながらアマリリスを見る視線はどこまでも冷たい。


「心清らかな聖女さまと違って、妹であるアマリリス嬢はなんて醜い心なのかしら」

「美しい聖女さまに嫉妬するなんて愚かにも程があるわ。首席の座だってカンニングして手に入れたとか噂があるほどよ?」

「ふたりを引き裂いていた悪女ね」


言いたい放題言いふらす姿の方が愚かだとはこの場にいる誰も気づかない。アマリリスはこれか終われば自由だと思い、この場を耐えた。


「国の至宝である聖女を傷つけた罪は重い!侯爵閣下より許しも出ているため、貴様は俺との婚約を破棄され、国外追放とする!」


リリーの肩を掴んで抱き寄せるボーヴェンにそれを優越感の浮かんだ表情で身を寄せるリリー。演技めいた口調で話すボーヴェンの言葉はあほらしい。


「───しかし、心優しいリリーは義妹である貴様のことを常々心配していた」


その言葉に「なんてお優しい聖女さま……」とリリーを慕う声が大きくなる。


「よって今ここで自らの罪を認め、リリーに誠心誠意謝罪するなら聖女の側仕えとして受け入れてもいいとリリーは言った!」

「あなたは私のたった一人の妹だもの!血の繋がりなんて関係ないわ!さあ、今ならあなたの罪は全て無かったことにしてあげる!」

「おお、さすがリリーだ!」


(なんなのかしら、これ)


アマリリスは呆れを通り越して、何も思わなくなった。けれどここで謝罪するなど冗談では無い。婚約破棄されるために義姉の行動を許容していたのに、やってもいないことを認めるほど、アマリリスは馬鹿ではない。


「さあアマリリス、一言『ごめんなさい』といえば───」

「言いませんよ、そんなこと。大人しく国外追放された方がマシです」

「なっ……!」


今まで何を言われていてもずっと黙ったままだったアマリリスの言葉に少なからずリリーはダメージを受ける。


「やってもいないことを認めるなんて嫌に決まっているでしょう?婚約破棄は喜んで受け入れますが、罪の方は認めません。そもそも学院在学中、私はお義姉様とお会いしたことは片手で数える程度しかありませんよ」

「……っ!」

「だってクラスがそもそも違いますし、寮も違います。お義姉様は普通クラス、私は特別クラスでしたもの」


冷静なアマリリスの切り返しにリリーは戸惑うが、長年猫をかぶり続けていたリリーだ。ちょっとやそっとのことでは剥がれない。


「で、でもっ、現に私は怪我を!」

「それって本当に私なのですか?」

「なに、を……」

「階段から突き落とした、でしたか?お義姉様が階段から落ちた日、私は学院にはいませんでした」


その言葉にこの場にいる誰もが目を点にする。


「とある方の付き添いで王城に行っていましたもの。王城に確認をとっていただければ事実だと分かるかと……」

「………」

「まあ他にもいろいろありますが、正直私が誘導した部分もあるためこれ以上何かを言うことはありません。───婚約破棄の件、しかと受け取りました。これだけの場で宣言したため撤回は不可となりますのでご了承ください」

「………」

「罪は認めませんが国外追放は認めましょう。喜ばしい日がこのようなことになってしまい、心苦しくはありますが致し方ありません。それでは私は失礼いたします」


優雅な礼をひとつすると、アマリリスは堂々とこの場を出ていこうとした。決して後ろを振り向かず、自由になった喜びをひた隠しながら。


そう、聞き覚えのある声がなければ……


「くくく、これは面白いな」

「! クロード様……」


アマリリスが婚約解消後に向かおうと考えているクルシェード帝国からの留学生・クロード。正確な彼の身分は分からないが、高位貴族らしい雰囲気がある彼は玉の輿候補として一部の令嬢では人気だった。


アマリリスと同じく特別クラスに在学していて、先日王城に付き添った相手というのはクロードのことだった。


「何用ですか、クロード様。一連を見ていたのなら私の状況はご存知のはずですが?」

「そうだな、まさかお前の計画通りにことが運ぶとは」

「……それで用件は」

「せっかく自由になったのだからもう少しゆっくりしていてもいいんじゃないか?」

「自由になったからこそ、時間を無駄にしたくないのですよ」


アマリリスは早く寮に帰って準備がしたかった。自分のものは少ないがそれでも私物はある。面倒なことになる前にさっさと国を出たかった。


「そんなに早くこの国を出たいのなら俺と行くか?」

「はあっ?なんでアマリリスなんかが!?」


クロードの言葉にリリーは心底信じられないと言った声を漏らすが、幸いにもアマリリス以外にはその声は届いていなかった。


「……ありがたい申し出ではありますが、遠慮しておきます。クロード様は……なんだか、とても厄介そうな感じがします」

「厄介……。ははっ!そうか、厄介か……!───それも聖女の力でわかるものなのか?」

「!?」


クロードの最後の言葉はとても小さいもので誰も聞いてはいなかったが、アマリリスはしっかりと聞いていた。


「───何を言っているのか分かりかねます。聖女はお義姉様ですよ」

「? ああそうか。これはそっちには伝わっていないのか」

「つたわって……?」

「お前のそのローズピンクの瞳は聖女を示す証だ。だからお前は浄化と再生の力が使えるだろう?」


確信をもった言葉にアマリリスは動揺を隠せない。


(クロード様は本当にこの力のことを知っているのだわ。それも、私の知らないことまで……。ここまで来てバラされたらたまったものじゃないわ)


アマリリスはドレスをクシャッと握って頭をフル回転させた。


「───何が、お望みですか?」

「そうだなあ、…………───俺の婚約者になってくれないか?」

「!? ご冗談を───」

「冗談で言うほど俺も落ちぶれてはいないが?」

「だとしてもいま婚約破棄されたキズものを婚約者にするなど……」


アマリリスは意味がわからなかった。婚約者になって欲しいと言われるほどクロードと親しくなった記憶はない。それにボーヴェンのように聖女だからと言う理由で婚約者にしようとしている雰囲気にも見えない。


(何が起きて……)


「俺はお前を好いている、アマリリス」

「っ!?」

「わざわざ留学しに来て正解だったな。美しい宝石を見つけられるとは……。別に今すぐ返事をしろというわけではない。()()()に来るのだからその間にでも考えてくれればいい。衣食住は保証する」

「でも……」

「働きたければ仕事を与えよう。ぐうたらしてたいのならそうすればいい。お前がしたいことを俺は全力で後押しする」


真摯な眼差しにアマリリスはつい頷きそうになった。そのときアマリリスの義姉・リリーはそれを全力で否定した。


「なんでっ、なんでなのよ!あんたがクロード様の婚約者になる!?そんなこと、あっていいはずがないわ!」

「……俺は名前を呼ぶ許可を出した覚えはないが?この国の聖女様は国王にでもなったつもりか?」

「っ、なんですって!?不敬よ!」

「不敬、か。面白いことを言う。誰が誰に向かって口を聞いているのか」


冷気を帯びたその視線はリリーを震え上がらせるには十分だった。


「下手なことを言う暇があるならさっさと消えろ。───お前の言い分が全て嘘だと、この場で知らしめてもいいんだ。どうする?」

「っ、! 絶対に許さないわ」

「せいぜい足掻けばいい」


リリーは悔しそうにボーヴェンの腕を掴んでその場を去った。残されたアマリリスはどうしたらいいかわからず、オロオロしているとクロードに手を掴まれて会場の外へと連れ出される。


「ちょ、ちょっと……!」

「予定変更だ。このまま帝国に向かう」

「えっ!?」

「その方がお前も安全だろう。どうせ結果は変わらない。早いか遅いかの違いくらいだ」


そう言われて馬車へと乗り込んだ。高級感溢れる馬車はクロードの身分の高さを示しており、ここに来てアマリリスはクロードの本当を知りたくなってきた。


「……クロード様、あなたは一体何者なのですか?」

「まあそうなるよな。帝国に着いたら教えてやる。今は寝ろ」

「そんな勝手に……」

「ほら」


強引に膝枕をされると眠くなくても眠くなってきた。クロードの大きく暖かい手はアマリリスの頭を優しく撫で、それがアマリリスの眠気を促進させていた。


(ねたら、だめなのに……)


「いい夢を、アマリリス」

「ん……」


結局アマリリスは眠気の誘惑に負け、寝てしまった。




* * *




アマリリスが次に目を覚ますと、馬車はクルシェード帝国に着いていた。


「あ、れ……ここは……」

「起きたか」

「クロード様……?」

「ここはクルシェード帝国の皇宮だ」


ぼうっとする頭を軽く振って、アマリリスは窓の外を見た。そこには王国とは比べものにならないほどの活気づいた街が広がっていた。


「うわあっ!すごい!」

「俺の国はすごいだろう?」


(俺の国……?)


ずっと前から気になっていたその呼び方。いくらアマリリスがあの王国の出身だとしても、『私の国』とは呼ばない。


(本当に何者なの……?)


疑心暗鬼に駆られてアマリリスはクロードを見る。するとクロードは肩を狭めるだけで何も言ってこなかった。それが益々アマリリスの警戒心を強めさせる。


「そんなに警戒するな。……そら、着いたぞ」


王城よりも大きくて豪華絢爛な皇宮。アマリリスは呆然と皇宮を見上げた。そこに一人の青年がやってきた。


「お待ちしておりました、()()()殿()()。留学はいかようなものでしたか?」

「悪くはなかった。それにいい拾い物もしたしな」


そう言ってクロードは馬車の方を指さす。青年は釣られて馬車の方を向くと、中にいたアマリリスを見つけ、驚いたように大きく目を見開いた。


「で、殿下?この方はいったい……」

「俺の婚約者だ。───といっても絶賛口説き中だがな」


先に降りたクロードはアマリリスを馬車から降ろすために手を差し出した。自然なエスコートにアマリリスは手を握り返す。


「どうだ、俺の国は?」

「どうだ、じゃないわ!どういうこと、あなた、皇太子殿下だったの!?」

「そうだな。クルシェード帝国の皇太子は俺のことだ」

「な、なんてことなの……。そんな方にぶ、無礼なことを!」


アマリリスは今までのことを思い出し、顔を青ざめさせていく。


「なに、心配するな。アマリリスにならどんな態度を取られてもむしろ喜んで受け入れよう」

「もう絶対にやらかしたりしないわ!──それに、婚約者って未来の皇太子妃になるってことじゃない!」

「そうだな」

「そんな簡単にホイホイと妃を決めちゃダメでしょう!? 」

「アマリリスだから言ったんだが、まあでも仕事に関しては安心しろ。皇太子妃のような無理難題な事では無い」


クロードにそう言われ、アマリリスは安心した。けれどこの話はアマリリスが皇宮に残ることを前提として話しているようではないか。普段のアマリリスならすぐに気づいたが、ペースに飲まれているアマリリスはこのことに気づかなかった。


「どうする?俺の婚約者となるか、それともここで働くか」

「働くわ!婚約者なんて無理よ!」

「くくく、そうか。ならお前今日から俺の秘書官だ」

「ええ!───ん? 秘書官……?」


条件反射で頷いたアマリリスは後々になってクロードの言葉を思い出すと首を傾げる。


(秘書官って……まさか!)


アマリリスはばっとクロードを見上げると、愉しそうな顔を隠さないクロードと視線があった。


「今の会話は録音済みだ、これで晴れてお前は俺の秘書官だな」

「そ、そんな……!」

「まあ、いずれ俺の婚約者となるがな」

「っ、やられた!」




* * *




アマリリスはクロード専属の秘書官となった。元々優秀だったアマリリスはすぐに仕事にもなれ、クロードから溺愛される日々を過ごすようになった。


「アマリリス、さあこっちにおいで」

「っ、〜〜〜!私は、あなたの秘書官なのよ!なのになんでこんなに甘やかされているのよ!?」

「さあ、なんでだろうな」


今日もクロードの膝の上に乗せられたアマリリスはいつの日かクロードの誘惑に負け、婚約者となってしまうのであった。





ここで余談だが、アマリリスのいなくなった王国は衰退の一途を辿っていた。アマリリスがいたことで聖女の加護が王国にあったが、それがなくなり作物も育たなくなった。



リリーは聖女でないことが分かり、偽聖女として国に幽閉されることが決まった。




しかしアマリリスはクロードの甘やかしに対抗するのに必死で、王国がどんな状況になっているのか全く知らなかった。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・この皇太子、3年間「ククク…」とか言いながらアマリリスが酷い目に遭うの見てたんだろうか 秘書官になっても人間というよりモノ扱いペット扱いだし 長年アマリリスが耐えに耐えてまで出国して…
[気になる点] ぼんくら王子と義母と侯爵(?)のその後。あったらスッキリーとは思いました。
[気になる点] 虐げられて冤罪かけられた好きな女が自分で言い返すまで動かない男って普通にクソでは?と思った 主人公の計画を尊重したのかと思ったら皆の前でバラすし勝手に連れ帰って未来を決めるし無茶苦茶し…
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