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月の欠片  作者: 宇月潤
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約束はいつまでも

微睡む意識の中で、僕はいつも君のことを見ている。

微かにルビーの色が走る髪の毛に、目を奪われる。

ああ、覚えている。まだ、ちゃんと覚えている。その輪郭、瞼、声。

眩しいな。なんだろう。

朝か。朝日だ。執拗なまでの光がとても白々しい。

世界が照らされる。僕の存在を明らかにしている。

あれ、なんだっけ。ついさっきまでなにかを見ていた。そうだ、とても良い夢を見ていた気がする。なんだったかな。

もどかしさに身体をゆらされて、目を開く。

そうして朝目覚めると、いつも君のことを忘れている。

君という、惜しくも消えきらない余韻だけが、枕元で日を浴びる。

掬いあげようとするが、手は雲よりもずっと儚い何かを掴んで、それで終わる。

洗面所に経つ頃には、跡形もなく蒸発している。

またか。これで何日目だろうか。あの日から僕は、妙に確かな喪失感を抱えて呼吸することを強いられている。

朝夢。

僕はそう呼んでいる。

昔はよく見ていた。仕事が忙しくなってからは見なくなった。そして最近、また姿を現すようになった。

朝夢。

なんとやりきれないことだろうか。世界の誰一人として、それを思い出せる人はいない。目を開いた次の瞬間には、それを世界に記録する術は取り上げられている。

この虚しさを何が埋めてくれるというのか。

少なくとも今口に含んでいるこの食パンでは無いと思う。この穴を塞ぐのは、彼にとっては荷が重すぎる。毎朝きまって淹れるホットミルクはそれなりにこの穴を満たしてくれる。案外大した傷では無いのかもしれない。

それにしても、と思う。

今日の日射しはやけに強い。窓際で日を浴びるサボテンは欠伸をする僕の阿呆顔を嗤っている。

朝は嫌いではない。僕の肉体は朝日という生命の共有物からそれなりに恩恵を受けていると思う。

ただし早起きは嫌いだ。朝の身支度の全自動代行マシーンが欲しい。僕の全身に貼られた電気パッドが神経に電気信号を送り、勝手に洗顔や着替えをさせるという画期的なマシーンだ。今のところはこの世界に現代のトーマス・エジソンの出現を期待する他ない。

とは言っても、今の世界のどの国を探したって、そんな者はきっと見つからないだろう。

人間の度重なる愚行による環境破壊と核戦争。現代のユーリイ・ガガーリンがいれば、「地球は黒かった」と言うかもしれない。大半の文明と人口は戦火に炙られ、灰色の瓦礫の元に葬られてしまった。

そして僕が住むこの場所は、そんな焦げた地球の復興を目指す、いわば開拓地のうちの一つだ。元々はひとつの大陸を丸ごと統べる大国の首位都市であった。

世界で最も忙しなかったあの喧騒を、今となってはもう思い出すことが出来ないでいる。

サボテンへの水やりもそこそこに、僕はすっかり老いたスニーカーを踏んで、重々しい扉を開けた。

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